夕涼み
  (お侍 習作 200)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



暮れる時間やその長さが異なるせいか、
それとも寒さや暖かさという基盤に厳然とした違いが大きいせいか。
春なのか秋なのかで
宵の空気や夜陰の深さ、何より印象や雰囲気のどれをとっても、
その趣きに違いがあるものだから、
同じ夜更けでも、単なる“夜”とひとくくりには出来ぬ。
晩秋の夜陰はつるんとしていて素っ気なく、
真冬のそれはしんしんと総身へ凍みいる鋭さで。
春の宵は何とはなくそわそわと落ち着きがなくって。

  では、真夏の夜はといえば……。




    ◇◇


遠い部屋からのそれだろう、宴の賑わいがかすかに届くが、
よその騒ぎと割り切れば、さしたる障りでもないざわめきで。
むしろ、昼間の深い森にては何故か閑として聞こえる蝉の声と同じよに、
身を置いている部屋の静けさを、さりげに引き立てるから不思議なもの。
開け放たれた障子の向こうには、
こんな言い方もおかしいかも知れぬが、妙に発色のいい夜陰がうずくまる。
上層ではやっとのこと暮れなずんでいる頃合いだろうが、
ここは街の最下層であり、
上空からの陽も限られているがための、損もあれば得もある。
冬場の昼間は、陽だまりも少なく、火を起こさねば寒くてたまらぬし、
その他のいつであれ、季節の情緒とやらには縁が薄いが、
街のあれこれが蓄電筒により機能しているがための排熱のお陰様、
地の底という位置どりだのに通年で温暖なその上、
夏場は陽が差さぬせいか、さほどの酷暑にも襲われぬ。
そして、早々と暗くなるので、
暑さしのぎの夕涼み、
提灯灯しての肝試しに、ロウソク吹き消す百物語などなど、
明るいうちだと白けるばかり、宵にならねば浸れぬ遊興にも
さほど時を待たずに繰り出せる。
街の通りや格子窓の奥、
煌々と白々と灯される行灯や燭台の明かりは、
冬場だとホッと暖かくしてくれる効果を齎すものが、
この時期は不思議と、
なかなか暗くならない宵を
少しでも暗く見せるためのもののように思えるほどで。

 「………。」
 「おや、聞こえましたか?」

特に顔を上げた動作もなかったが、
それでも…少しほど離れた宴席の騒ぎとは別の気配を拾った彼だと。
こちらもそこまで深い詳細を軽々と見通した七郎次が、
お膝に乗っけたふわふかの金の髪をよしよしと撫でてさしあげる。
それがお褒めのご褒美に思えたか、

 「……。(喜vv)」

切れ長の双眸をやや柔らかくたわめ、
頬をくっつけて、半ば抱き込んでいる優しいお膝へ、
ますますのこと懐いて見せるこの彼が、
実は当代随一との誉れも高い、並びなき辣腕振るう若き剣豪と、

 “一体 誰が信じることだろか、だの。”

砂漠の真ん中にありながら、東域随一の商いに沸く街・虹雅渓。
あの大戦のあとに台頭を始めた後進でありながら、
あの大戦を支え、むしろ操ったとさえ噂されていた大アキンドらが、
ちょっとした失速で数を減らし、提携の混乱を見せてもなお、
全く揺るがぬ土台の骨太さを発揮し、
気がつけば大陸最大とまで評されている、そんな交易の繁華都市を、
もてなしの顔として支えているのが、最下層の“癒しの里”で。
お座敷料亭からお茶屋に博奕場、
あいまい宿から遊郭、隠れ宿まで取り揃っており。
長旅の骨休めは勿論のこと、
あきないのための接待に談合、はたまた なさぬ仲ゆえの密会まで。
夜という帳(とばり)の陰で
善くも悪くも人知れず運びたいもの全てが寄り合う、
誰が呼ぶのか、魔窟だったり不夜城だったり。

  そんな癒しの里の大看板、お座敷料亭“蛍屋”の
  特別あつらえの離れの座敷で、
  それは静かに過ごしておいでの影があり。

鼻持ちならぬ大アキンドらを失脚させた騒動にもかかわり、
この里の繁栄に図らずも手を貸した格好になった、一握りの元・侍たち。
厳密に言やあ、まだ帝でも王でもなかった相手、
だのに抗うは逆賊との謗りも恐れず、
当時の驕慢だった若い天主(あまぬし)を誅し。
我身はどうでも、ただただ関わった人々への火の粉を恐れ、
散り散りに消えた彼らだが。
豊かな人徳や尋深き人性は隠せぬか、
隠れ切れずのそれぞれに、
いまだ人々を襲う無頼の野伏せりを狩る人であったり、
大陸中をひとつなぎにするという大望の下、
電信の中継塔を設置しておいでだったりと、
規律にこそ縛られない奔放な身じゃあありつつも、
相変わらず、誰ぞかに頼られ、誰ぞかを支える日々を送っておいでであり。

 そんな君らのうちのお一人、
 紅色の双眸も涼やかな双刀使いで、
 名うての賞金稼ぎでもある久蔵殿が、
 随分と久々に、この地へ戻って来ておいで。

ただただ寡黙で、物欲・色欲・我欲にも薄く。
立ち居振る舞いこそお武家らしく凛然としておいでだが、
一切の無駄を削ぎ落とし、
その身も心も極め尽くしているよなところがあってか、
近寄り難いほどに冷然として見える難物で。

 ただ…

人の血も通っているのか怪しいとまで囁かれるほどの冷徹ぶりも、
この地でだけは…どちらの噂か。
蛍屋の若当主、七郎次の傍らに寄るときは、
それはもうもう、生まれて間もない仔猫のように、
冴えた目許を甘く潤ませ、
引き締まった口許も含羞みに瑞々しく震わせて。
なで肩へおでこを預けたり、いい子いい子と撫でられるままになっていたり。

 「…これまでに畳んだ悪党共には見せられぬな。」
 「いやいや、いっそ悪夢のような情景かも知れぬ。」

同じ座敷に、こちらもいらしたのですよという、
片や、この街の治安を預かる警邏隊の惣領、兵庫殿と、
もう片やは、宿着の浴衣と丹前姿の勘兵衛様とが、
何とも言えぬ苦笑を洩らしたその向背では。
花はとうに終わったアジサイの茂みを明々と照らして、

  どどん、どん・ずどん、
  ぱんぱらら・ぱぱん、と

遠雷のようだった重々しい音に重なって、
弾けるような炸裂音が轟いたのとそれから。
目映いばかりの鮮やかな光の華が、少しばかり遠いお空に咲いており。

 「これ久蔵、せっかくの花火だ、顔を上げて しかと見ぬか。」

もったいなくも綾麿様が、
せっかく貴公らが来ているのならと、
奮発して揚げてくださっているものを、と。
有り難みの講釈をたれたものの、

 「……。」

花火の炸裂音か、それとも説教まがいの講釈がか、
うるさいなぁと眉をしかめた紅胡蝶殿。
ますますのこと深々と、
おっ母様のお膝へお顔を埋める素振りは。
二日酔いの放蕩息子が、
麗しい太夫に甘えている図というよりも、

 “幼子がぐずっているとしか見えぬのが恐ろしい。”

大陸中の名だたる悪党どもの間では、
役者のような風貌ながら、
眉一つ動かさず、数人を一気に屠る手際を
魔物か、いやいや幽鬼の落とし子かと恐れられているというに。
そんな才もつ妖しの君を、
まるきり恐れず手なずけておいでの
佳人の側もまた、恐ろしい君には違いなく。

 “緩み切ったこやつを、こうまで間近に眺むること、
  ちょっとした余興と思える 我らも我らだがの。”

今だけは仔猫の剣客を肴に、
かつては命を楯に切り結んだもの同士が、
きりりと冴えた辛口の冷酒を酌み交わしている。
これもまた、命冥利に尽きる奢侈よと、
男臭いお顔を和ませた壮年殿の、深色した豊かな蓬髪が、
天穹に灯った花火で赤々と照らされた、夏も盛りのとある宵。
とはいえ、そろそろ季節も移る。
堀を飛び交う蛍の灯す、草の影ではこそこそと、
まだ幼い秋虫が、奏での練習 始めておいでかも知れず。
炎暑の夏もゆっくりと流れゆくばかり……。




   〜Fine〜  13.08.19.


  *流れゆくばかりだといいねぇ、本当に。(やけだ)笑
   今年の暑さは尋常ではありませんで、
   毎年、最高気温を更新とか言ってはいても
   ここまで延々と何日も何週間も
   猛暑日が続いたってのは例がないんじゃなかろうか。
   他でも書いててしつこいようですが、
   もーりんの住む辺りでは、
   ろくすっぽ まともな雨が降らなんだので、
   夕立ちもなくのただただ暑いばっかりで。
   朝晩だけでいいから
   早いとこ涼しい風が吹いてほしいものです。

  *…で、これって何と200話目でした。
   神無村篇と足してですが、
   そんでも頑張って萌えてきたもんで。
   これからも どかよろしくvv

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