秋の奏で 
(お侍 習作 201)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



この夏は、
炎天下における灼熱の桁が凄まじく外れていたようで。
何の気なしに吸った息が、
熱いまま胸に至るのが判るよな、
そんなとんでもない酷暑の中では、
頑丈無頼な輩も悪さする気が起きにくいものか。
凶悪で手の込んだという悪事は特に起きはしなかったが、

 『その代わり、素人さん同士が
  ちょっとした諍いから斬った刺したなんて大事を
  引き起こすことが多うございましたねぇ。』

歓楽街でもある“癒しの里”は、
金満家らが金に飽かせて夜更に昼を買い、
太夫をはべらせて宴を張ったり、
なさぬ仲を通じ合う茶屋に妓楼にと、
華やかな一方で脆弱に見えて、
その実は…恐持てのおじさんが
暴れることも織り込み済みの対策、
目には目をという顔触れもしっかと控えているよな
おっかない街なので、
どんなに世間が荒れてもむしろ安泰なはずが、

 『仲見世で太夫に入れ込み過ぎたどっかの若旦那が、
  彼女を殺して自分も死ぬと、
  はた迷惑な騒ぎを起こしてくれましてね。』

肩をすくめた七郎次が、それ以上は語らず、
詰まんない話は辞めときましょうと打ち切ったということは、

  七郎次が仲裁に入って、
  何事も起きなんだのだろう、と

勘兵衛は いとも簡単に言ってのけたし、
久蔵も恐らくはそんなところだろうと察しがついたこと。
一児の父となった今もなお、その容色も衰えぬままだし、
物腰の優雅さも舞いのように嫋やかだけれど。
目の前に白刃閃けば、あっと言う間に侍の顔へと戻り、
久蔵でさえ一目置いた、
それは優れたもののふとしての立ち居も健在。

  なので

優男の顔を装っての平身低頭、
幇間時代の得手だったおべっかなんぞ使いつつ、
間合いを詰めてっての、そこからはあっと言う間に。
か弱い太夫を庇う格好で、
刃物を取り上げたか払い飛ばしたか、
そりゃあ鮮やかに仕留めて…もとえ、
鳧をつけてしまったに違いなく。

 「……。」

りいりいりいと秋虫の声がする宵の口。
槙の樹だろうか、高い位置の葉陰が
少し先の灯火の上へ黒々と浮かび上がっているのが
しんとした夜陰の中にぽかりと望める。
月の光に白く浮かぶは、
同じ庭の向かいの奥に鎮座する蔵の漆喰の壁で。
風の音まで聞こえそうなほど、それは静かな離れの庵。
奥行きも深くて、
数寄屋風の丁寧なこしらえが小粋なこの離れは、
蛍屋でも一番の部屋とされ。
手入れの行き届いた中庭の奥向きに位置するため、
母屋のにぎわいもそうは届かずのそれは静か。

 “………。”

此処からは見えない蒼月を見上げているものか。
背中を覆う蓬髪をこちらへ向けて、
濡れ縁に座し月見酒と洒落込んでおいでの連れ合いの。
彫の深い面差しの稜線が、時折ちらりと覗くのへ、
胸底がちりちりとくすぐられる久蔵で。

 優しい面差しの下、いまだ息づくもののふの勘と冴え

七郎次が消し切れずにいる修羅は、
間違いなくこの男の下で培ったもので。
彼らが生き死にを共にしていたあの大戦が、
それだけの重さや質を持つ壮絶なものだったこと、
久蔵にも理解が及ぶものの、

 「…。」
 「? 如何した?」

足音もなく歩むのは、特に意識しない身のこなし。
そんなもの、この男には通じぬし、
こちらもそんなつもりはないままに。
雄々しき肩へ指先を添えると、
宿着の小袖の裾が乱れるも気に留めず、
前へと回ったそのまま、
泰然と構えられていた勘兵衛の割り座へ
とさり収まるのも相変わらずで。
これ、酒がこぼれると苦笑する壮年の、
頼もしい胸板を両の手で撫で上げ、
そのままお顔を見上げれば、

 「んん?」

幼いもの相手のように、
優しくたわめられた
深色の双眸が見つめ返すものだから、

 「…。///////」

違う違うと思う心と裏腹、
不意を衝かれてのこと、
口許は甘くほころびかかってしまい。
それが癪ぞと、やや乱暴に相手の胸元へ頬を埋める。

 もののふとしての最上の腕と勘と、
 いまだ持ち得る七郎次のような深みある人柄を、
 この男のどこが引き出したのだろかと

そんな“なぁぜ?”に小首を傾げつつ、
眸を伏せ、聞き入るは、
蒼月の光に濡れた庭先の、
秋の奏での清かな調べの音色…。





   〜Fine〜  13.09.06.


  *それはね、久蔵殿、
   このお人は放って置くと
   執務室を腐海にしてしまうからですよ?
   なので、
   七郎次さんがようよう気の回るお人に
   ならざるを得なかったのですよ…と、
   いっそ教えてやれ、おっ母様。(笑)

めるふぉvvご感想はこちらへvv

ご感想はこちらvv(拍手レスも)

戻る