零下寒風
  (お侍 習作 203)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



この秋は相当に駆け足を余儀なくされたようで、
いつまでも暑さが退かなかったせいか、
暦の上では真っ当らしい寒の訪れが、
随分と強引というか急なそれに思えもし。
それが証拠に、山の錦も随分と出遅れの感が強い。
この級の寒さなら、
冬枯れが始まっていていいはずじゃないのかと、
どの樹にもまだまだ緑のところさえ多々居残る、
黄色と赤の入り混じった楓のきゃしゃな佇まいを見上げ、
こそり怪訝そうな顔をしたのがどう伝わったものか。

 『今時分に紅葉狩りも出来るとはの。』

何の獣のそれか、毛皮で襟を詰めた防寒の装備にぬくぬくしつつ、
だのに晩秋の風流を語った壮年の呑気な言いようへこそ。
尚のこと、何をや言わんやと眉を寄せてしまった久蔵だったが、

 「……。」

陽も落ちての夜陰の中での待ちぼうけでは、
そんな壮年殿がまとっていたご大層な外套が、
久蔵の身までも温めてくれており。
いやまったく土地のお人らの知恵や用心は、
馬鹿には出来ぬというか、大したものだというかで。
楓や朴の木、桜に楢に桐にと、様々な木々が混在する、
里山独特な雑木林が放置された末に、
分け入るにも苦労するほどの密な繁茂を遂げた
一種“樹海”のような緑の迷路にて、
近年、得体の知れぬ何物かが徘徊しているそうで。
どこかから迷い込んだ獣か、それとも脛に傷持つ逃亡犯か、
どっちにしたって気味が悪いと、
里人が寄らないことで情報が微妙に封じられてのこと、
近隣の街道を通過する旅人が襲われて、
大きな怪我を負う事態が多発。

 『人なら捕らえるが、獣だったら如何いたす。』
 『そうですね。食えるものなら問題ないのですが。』

咬み合ってない会話の末、
他の同僚らが総掛かりで口を塞いだ中司の言いようが、だが、

 “一番妥当だったな。”

勘兵衛がその精悍な造作の口許だけをほころばせる。
びろうどのようにつるんとした、凍るような夜気の中、
木々の奏でる木葉擦れの響きの中に微かにうずくまる、
微妙に生臭い匂いと、意志をまとわぬ殺気と。

 「…。」

久蔵も気づいたようで、だが、
昼のうち、
この寒い中まだ青々しい紅葉があったのへ見せたような、
複雑そうな顔をするから、

 「うむ。獣であって獣でない、厄介な相手だの。」

恐らく、獣としての弱点を鎧うための装備を
無理から背負わされていて。
食うていくに十分過ぎる強さが、だが、
仲間からも疎まれての迷惑千万。
自分をそんな身にした人間はすべて憎いのだろうよと。
外套の下で、腰に帯びた大太刀を抜きかかったものの、
そんな勘兵衛の大振りの手へ自身の手を重ねて止めると、

 「……。」

視線でかぶりを振り、
自分ももぐり込んでいたその外套の中から、
あっと言う間に夜風の中へと、
残像さえ残さず溶け入ってしまった紅胡蝶。
此処数日の急な冷え込みは、
大気の不安定さから来るものか、
風も強くて木々が震え、
大振りのそれはもんどり打って梢をたわます。
月の影さえ飲み込み躍る、
そんな影たちの中を身軽に跳ねての渡っていって。
背負うた鋼の冷たさへか、
収まることのない苛立ちに気が立っている、
前脚から背中にかけて、
人で言えば肩口を鋼の装備に覆われた、
随分と大きな狼を目がけ。
最後の足場にした梢を大きくたわませると、
その反動も借りての一直線に、
氷を割くよな冷たい音させ、
なめらかに引き抜いた太刀二振りを翼にし、

  「もういい、眠れ。」

呪いをばら蒔くしか出来ぬ業の深さ、
我が終えさせてやろうぞと。
この剣豪には珍しくも、相手へ言葉をかけてやっての、
それは見事な一刀両断。


 『人間の悪党よりもよほど……。』


哀しい眸だったのか、素直に斬られたか、
そんな感慨なのだろう、
何か言いかかったのも思えば初めてではなかったか。
せめて もちょっと早く出会っておれば、
無為に暴れだす前に、その存在を知っておれば、

 『そうですね、
  そんなややこしいもの、
  外して差し上げられたかも知れませんね。』

驕り高ぶるにも程がありますと、
人間の勝手と理不尽へ、彼だとてやはり憤ったらしき、
平八に引き合わせられての、何とか出来たかも知れずで。
そんな慚愧の念が初めて沸いたらしき、
彼もまた兵器扱いで戦場へ投じられた死胡蝶殿。

 “まさか、な。”

まさかまさか、
そんな哀しい獣へ、戦さの間の自身を投影したものか。
だとしたら、瞬殺で仕留めたはせめてもの慈悲か。
自分より一回りは大きい不憫な獣へ、
しばしその傍らへ佇んで、
月光に染まった毛並みから生気が奪われる様、
此処にいた証拠を、せめて見届けてやらんとする、
紅衣紋の賞金稼ぎ殿だったようでございます。







   〜Fine〜  13.11.29.


  *あれを残暑なんて呼ぶのがちゃんちゃらおかしかった、
   九月以来のお話ですね。
   今度は、記録的な寒波襲来の冬ですもんね。
   まあまあ、極端から極端へ。

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