雪原にて 
(お侍 習作 204)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


彼らが足場としている大陸は、随分と広大な地盤であるがため、
北端と南端とでは、同じ時期でも
陽の長さにしても気温にしてもずんと差が出るくらい、
気候には結構な落差があって。
南に位置する諸島郡は、
ほぼ通年で“常夏”と言っていいよな気候であり。
暦の上での真夏ともなれば、
あまりの暑さから逃れようと、
住人らも日の半分以上は木陰で大人しくしているしかないくらい。
それとは真逆にあたろう北領の山麓なぞでは、
緑あふれる夏の時期はほんの四カ月ほどで。
残りの季節はといえば、
止めどなく冷たい時雨が降ったり、
降り積む雪に大地が覆われての、
外界から閉ざされてしまうのが常であったりする。
裕福な者であれば、
夏は北方へ避暑にと向かい、
冬は寒さ除けのため南へ逃げればいいのだろうけれど。
その土地にいてこそという生業に就いている者には無理な相談だし、
そういう事情ではないけれど、
年がら年中 そうそう遠出は出来ない懐ろ具合の者のほうが多いので、
尋常ならざる暑さや寒さであれ、
集落ごとで肩を寄せ合い、じっと耐え抜くしかなかったりするのだが。

  そういう僻地の寒村で、
  人目が少ないのをいいことに
  傍若無人の乱行、
  暴虐の限りを尽くす連中も絶えないから困ったもの。

その多くは、先の大戦終焉直後の混乱に乗じて
乱暴を働いていたのだろ、あの“野伏せり”かかわりの
ならず者だったり賞金首だったりするのだが。
さすがにもう10年以上も経った今では、
どこの土地でも治安維持のための組織も興されていて。
そいった顔触れ相手に下手を踏んだ挙句、
役人から追われたり、
組織から放り出されたりで居場所を失い、
しょうがないからと偏狭へ逃げて来たよな“落ち者”が大半。
盛り場などの裏社会の闇の中とは違い、
裕福な者が汚い手を打つ駒として買ってくれていたような待遇とは程遠く、
か弱い住人らを脅しすかしたところで
得られるものはその日の飯が有るか無きか。
しかもしかも、
近年、こういった辺鄙な土地でさえ
手ごわい守護神が闊歩しているというに、

 『学習のしようがないのだろうな。』

捕まえてしまった者からの伝言も残せぬため、
大して豊かとも思えぬような山間の鄙びた山村だというに、
住人が居続けているということは僅かでも飯や炭があるらしいと目をつける、
次の馬鹿が性懲りもなく現れるのだろうと思うと、

 『此処で何人捕まえましたという高札でも立てましょうかと言い出した、
  中司殿の意見もあながち馬鹿には出来ぬかも知れぬ。』

壮年殿がその大きな手で顎髭を撫でながら
こそりと浮かんだ苦笑を誤魔化していたのを、ふと思い出す久蔵で。
いっそ、冬場は立ち入り禁止とし、
里から住民らを強引にでも撤退させるのが良策なのかもしれないが、
そこまでの手厚い策を実施出来るよな
堅牢な法治国家なり政権なりは 残念ながらまだまだどこにも立ってはおらず。
自治区同士で設立した共同警邏、
州廻りの役人組織というのが関の山なのが現状で。

 「………。」

軍人や侍と無頼の者との違いは、筋を通すというところかも知れぬ。
恣意的にではなく、依頼されて人を斬る。
それが金銭との交換であれ、忠義という絆や心意気によるものであれ、
斬ってくれと頼まれ、承知と頷いたなら、
のちのち何が露見しようと貫くのが侍だそうで。
実は依頼した側が極悪非道な輩でも、
義は通さねばと顔を歪め、善人を斬る修羅となる不器用者も侍ならば、
ものは言いようとばかり、即妙な打開策を捻り出して、
気がつけば色々を収めてしまう勘兵衛のようなタヌキもいるわけで。

 「……。」

自分はどうだったろか。
命を受け、放たれた地で、
殲滅という仕儀をただただこなすだけの兵器。
それが唯一、生きている実感をくれたことだったから、
どんどん手際がよくなったし、手ごたえのある相手には胸が躍った。
侍というのは人斬りで、
山ほど斬って来て永らえている身なのだから、
自身が斬られても文句は言えぬ。
手ごたえのある者と出会うと、血が沸いたものだったが、
それも過ぎゆく歳月とともに久しくなって。
大戦から十余年、半分寝ているような日々が続いていた矢先、
この誰もが安寧を装う御時勢に、躊躇なく太刀を抜いて振るい、
ようよう練られた体さばきを示す 侍と出会った。
年経てのこと落ち着いた重厚さに満ち、
賢人でござると納まり返ったお顔の陰で。
足を踏みつけ、相手の自由を奪うというよな
いかにも老獪な手も臆せず使う。
そんななりふり構わぬ小技も繰り出す、
善くも悪くも油断のならぬ男であるのに、
どんな無理難題でも よしや判ったと引き受けてしまったら、
太刀のみ引っ提げてって、なのに何とかしてしまう策士でもあって。

 『敵からも味方からも、
  いい意味からも悪い意味からも均等に、
  一目置かれておいでという ややこしいお人でしたからねぇ。』

いっそ敵方からこそ畏敬の念で尊ばれていたやもしれぬ。
味方のうちの大半からは、疎まれるばかりのお人でしたよと、
その話になるといつも、あの七郎次が苦笑していた。
作戦崩壊の末、捨て駒として見切った部隊まで
勘兵衛様がぼろぼろになってでも引き揚げて来るものだから。
彼には出来たのに、
卿は何で見捨てたと非難されそで いっそ鬱陶しいと、

 『それほどの辣腕ならば、
  もっと頂上で大きな手柄を華々しく立てりゃあいいものを。
  ちまちましたことを拾いまくって恥をかかせる皮肉な奴めと、
  半端な司令官ほど忌々しく思っていたでしょうね。』

そんな性分をなさっていながら、
侍とは華々しい英雄なぞではない、
単なる業師で、冷酷無比な生き物ぞと、
夢多き若いのへ にべもない態度を通されるのだから、と。
自嘲半分、しみじみと笑っていた七郎次だったなぁと思い出しつつ、

 「……。」

雪を抱えた枝先以外は、濡れて黒々と陰のようになった
ずんと背丈のある槙の古木の梢から、微動だにせず見下ろす雪原。
この奥にひっそりと息づく機織りたちの里を狙う、
懲りない悪党がまたぞろ接近中らしいとあって。
足場も悪けりゃ、そのくせ見晴らしが良すぎで、
普通一般の人間に過ぎぬ捕り方らが、
いつ迫るか判らぬ相手を待って伏せるのは無理と断じられ。
彼らのような、戦いに特化した辣腕の賞金稼ぎへと
一切合切 委ねられた事案であり。
防寒装備として毛皮を裏地とした外套をまとっているとはいえ、
余裕でこんな高みに半日も佇んでいられるのだから、
成程 特化人種じゃあある久蔵が、

 「……。」

どこか遠くを、ウサギだろう小さな生き物が
新雪に足を取られつつ、
ぼそぼそぼそと跳ねて渡っている気配が届くのを聞き流しておれば。

  がさり、と

はっきりとした物音が立った。
それだとて、どこで何が動いたものか、
こうまで何もない白皙の世界だけに、
広大な視野の中、探し当てるのも一仕事のはずだが、

 「…。」

雪原の中ほど、
どごんと盛り上がった雪塊を見つけたとほぼ同時。
その周辺からわらわらと、
慌てふためいて駆け出そうとしている数人ほどの姿が見えた。
それまでは影も形も無かったのは、
雪の白に馴染むよう、晒布をかぶって一丁前に擬態していたらしく。
それが、なりふり構わずかなぐり捨てての、
逃げ出さんと焦っているのが何とも滑稽。
いやに黒々とした風体に見えるのは、
そちらも獣の毛皮だろう、
粗末な端切れを継ぎ接いだ布切れをまとった輩だったからで。
何にか追われているらしく、
足元も定かではないよな様子で、
純白の雪原を出鱈目に駆け出す面々であり。
そんな中の数人が、自分の立つ木のあるほう、
林を目がけての一直線して来たのを見澄ました久蔵、

 「…。」

何もない中空へ、それは無造作に一歩を踏み出し、
そのまま真下へ落下する。

 「ひいっ。」
 「な、なんだお前っ!」

後ばかりを気にしていたその進行方向へ、
いきなり雪の音が立って、
うわと驚いた荒んだ身なりの男が2、3人。
こういう土地だ、てっきり梢から落ちた雪塊かと思い、
はっとして飛びすさったところはなかなかの反射だったが、
頭の反射はさほど鋭くもないものか、
人が降って来たとは思わなかったようで。
挟み撃ちするべく立ち塞がってた追っ手かと、
やはり浮足立ったままに、
腰や背中へ装備していた太刀や槍、
あわあわと引き抜き、身構えるものだから。

 「…そうか。」

戦意ありということだなと、
一方的、且つ 勝手な了解をしてのこと。
氷のような無表情のまま、
背に負うた太刀をすらりと抜き放つ青年なのへ、

 「ひ…?」
 「うあぁあっ!」

死神か何かのような、えも言われぬ殺気と威容を感じ取り、
尻餅ついて後じさったその眼前。
薄紙一枚挟めるかどうかというほどもの間近へ、
鋭い切っ先を突き付ける大胆さよ。
紅色の衣紋も鮮やかながら、
雪の精霊のような淡彩をまとう、
金髪白皙、表情も至って冷ややかな青年の、
無言のうちの迫力に、
直接向かい合ってはない顔触れまでもが、
その場へ へなへなとへたり込んでおれば。

 「わっ、堪忍してくれよぉっ。」
 「こら逃げんな、相手は一人だぞっ!」

雪原のほうからの騒ぎが、
輪郭を得て聞こえて来たと思う間もなく、

  冴えて尖った冷たい外気を ぴりぴりと震わせ、
  わっという喧声がどかんと沸き立って

大戦を生きながらえた辣腕のもののふたちは、
その身に巡る気脈のちゃくらを縒り合わせ、
太刀を経て触れた対象、
鋼さえ打ち砕き、気合砲をも弾き返すほどの威力もつ
“超振動”という秘技を極めており。
何くそとの自暴自棄、立ち向かって来る賊らへと、
そんな意地悪な奥の手を張った太刀を向け。
触れる端から次々と、宙を舞っての後方へ、
薙ぎ倒し続けておいでの壮年殿。
極寒地向けの外套も、やはり白地のそれをまといし彼だったので、
雪原の真ん中に堂々と立っていたのに、
賊らには一向に気づかれなかった“消気術”の凄まじさよ。

 “ああまでの男が。”

そこそこの壮年という年頃でありながら 今もって結構な上背があり、
それへと見合う屈強精悍な肢体といい、
そこへとみなぎる、重厚な剛の気力の練られようといい。
強く念じたその意志をそのまま放てば、
気の弱い相手ならそのまま膝や腰が抜けてしまうだろう、
鋭にして豪の気力の持ち主だというに。
いくら紛れやすいいで立ちをしていたとて、
まるきり気づかれなかったとは、意外にもほどがある。
獲物をじっと待つ、豹や猛禽のようなとは、
久蔵へもたまに冠される言いようだが、
こうまでの気の殺しようには、
却って…それどころではない力、
どれほどの厚みある気脈を制御出来る尊であることかを、
思い知らされもする。
そんな相方の取りかかっている、
修羅場とも呼べぬような乱闘場を眺めやるお若いのなのへ、

 「この…っ。」

気を逸らしている隙を衝こうとしたか、
こちらへ向かっていた数人の賊が、
駆け寄りがてら、大きく頭上へ振りかぶった得物があったが、

  しゃりんっ・きん、と

本人が動いたような素振りは、まるきり見えなかったものの。
何か赤い陰が視野いっぱいにひるがえり、
涼やかで凍りつくよな金属音が閃いてののち。
ある者は、髪を束ねていた髻
(もとどり)がぼたりと足元へ落ち、
またある者は、雑な外套がばらばらと細切れにされたり、
文字通りの紙一重で、その身を切り裂かれかかるような反撃を、
目にも止まらぬそれとして浴びせられ。

 「ひ…っ。」
 「ひぃいぃぃ…っ。」

雪原を吹きすさぶ風よりも、
よほどのこと薄ら寒い殺気に晒され、
生きた心地がしなかったと、後日に紡いだ賊らだったとか…。






   〜Fine〜  13.12.19.


  *相変わらず お元気な褐白金紅のお二人なようです。
   この寒いのにねぇ、ホンマ…見習いたい。(笑)

   『とはいえ、寒いのはお得意ではないのですから。』

   出来れば、雪の多い北領に向かうその前後なぞ、
   蛍屋への里帰りを構えてほしいと、
   七郎次さんとしては
   電信にて急っついておいでかもですね。

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