堂々としたる伏兵
  (お侍 習作 205)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



場所が場所でなければ、
冷たい石作りの殺風景な空間で、
それは森閑とした中、静かに坐すその姿は、
少し眼窩のくぼんだ目許にて
その双眸を静かに伏せておいでなせいか。
徳のある高僧による修行の座禅か、
若しくは、名だたる啓蒙家か哲学者が
至高の真理へ至るための瞑想に耽っている様のようでもあり。
到底若いとは言えぬ、
そこそこの年輪が滲む彫の深い面差しは、だが、
聡明高潔な人格を忍ばせる知性をたたえた厳格さの上へ、
芯の頑健さを思わせる、豪の覇気をも感じさせ。
粗末な台座に腰掛けているその肢体も、
すくと立ち上がれば結構な上背があるようで。
すすけた砂防服にくるまれてはいるが、
それでも 頼もしくも雄々しい肩、
癖のある蓬髪が豊かに降りる広い背中、
重々しい太刀が相応しかろう骨太な双手などを見るにつけ。
世俗から隠遁した年寄りでございと、本人が口にしたとて
誰も信じはすまい強かさや存在感を、
泰然とした佇まいへ静かに染ませておいでであって。

  されど。

そんな彼が押し込められている場所は、
鋼の鉄棒を何本も巡らせて囲った、
まるで猛獣を恐れて拵えられた檻のような鉄格子の中であり。
そんな扱いも意に介さぬか、ただただ泰然としている彼こそは、
この大陸の無頼のならず者らから等しく恐れられている、
“褐白金紅”という賞金稼ぎの片割れだ。
かつての大戦に、侍として参加していた元・軍人にして、
生身のまま、斬艦刀という特殊な空艇に乗り、
遊撃部隊として宙を滑空した顔触れの生き残り。
それが証拠に、とある特殊な技を駆使出来、
それを繰り出されたがゆえ、
名のある野伏せりたちが群れ成して当たっても歯が立たず、
ほんのここ数年で、組織だってた顔役はほぼ姿を消したほど、
次々に狩られて来たとのこと。

 そんな伝説のもののふが、
 では何故、このような場所に押し込められているのかと言えば

 『なに、難しい取り引きではないはずだが。』

武装なぞには縁もなく、用心棒を抱えることも無理という寒村の、
年老いた里長(さとおさ)とその一家を人質に取り、
返してほしくば貴様の身と交換だと言い出した、
野伏せり崩れの賊一味があったから。
冬場は深い雪に覆われ、
その営みさえ外からは不明となる小さな集落を、
だからこそと狙うような小粒の賊をこそ根絶やしにするべく、
厳寒期ほど北領を征す傾向の強い彼らだと伝え聞き、
ならばと待ち構えていた観のあるそやつらは、
前以て占拠した里から人質を取ると、
調伏に訪れた賞金稼ぎへ向け、不敵にもそんな要求を突きつけて来。
既にその場にはいない、仲間と共に捕らえているという身の人質では、
こちらから とやこうと手出しも口出しも出来ぬことゆえ、
唯々諾々、相手方へ囚われの身となった壮年殿だったという流れ。

 「…でもよ、捕まえてそれからどうすんだろ。」

こうも上手く行くとは思わなんだ破れかぶれのデタラメか、
いやいや頭目(カシラ)には考えがあるんだ。
こいつさえ動かぬならば、
警邏の役人なんぞ幾ら出て来ても取るに足らないって暴れもんはたんといる。
そういう連中と盟約を結び、
今の今からこの大陸を端から端まで略奪して回れもしようって。
そういう大きな話をつけるための、
言わば“見せ金”のようなものなんだと、と。
見張りの手下らが、こそこそりと上の幹部らの思惑を紡ぎ合う。

 『倒そうとするから返り討ちに遭うんだ。
  どこから来るか判らぬから怯えにゃならぬ。
  だったらいっそ、手元へ置いて飼い殺しにしちまえばいい。』

 約定どおり、人質の里長は返してやった。
 ただ、その娘までは約束には入ってなかったからな、
 返す訳にはいかねぇと、脅えているのを見せつけて、
 この子への手出しをされたくなけりゃあ、大人しくしているこった、と

そんな卑劣な理屈で縛った格好、
義理だの誓約だのにより、その行動を縛られてしまう
“もののふ”の意志の根幹を知っていればこその
卑劣な策を巧みに打った頭目らしいと。
途轍もない大手柄、含み笑いをしつつ語る賊連中であり。

 「じゃあ、あの隣の房にいんのがその娘か。」
 「ああ、そうだ。」

結構な上玉だ、売ればいい金にもなろうに
約束なんて守る必要はねぇんじゃねぇかって兄貴が言ったが、

 「頭目が言うには、そんなセコい金なんざに左右されんなってよ。」

ああやって目の届くとこにおいた方が、
動きを取れないお守り代わりになるんだと。

 「そういった最後の詰めを誤るから、
  どんな一味もたった二人にやられたんだとよ。」

俺らみてぇな小者は、小者なりの桁をわきまえて、
慎重さの上に慎重を重ねてあたらねぇとな…だとさ、と。
まるでそこまでの周到な策が、
自分の頭から出たとでも言いたいかのような、
何とも鼻高々な言いようをする手下らだったが。
現に、手も足も出ないものか、
重たげな鋼の手枷を嵌められ、侭を封じられた手を膝に、
肩を落としての悄然と…してまではないものの、
どこを見るでなく、ただただ黙然としているばかりの偉丈夫殿とあって。
しかもしかも、頑強な石作りの房の外でもあり、
それを肴にどんな居丈高な言いようも通じるというもの。
ざまあないぜと、下卑た輩らのせせら笑う声が、
実はかすかに届いてもおり、

 「…お武家様。」

自分ら身の無事と引き換えとはいえ、
何とも いたわしや、申し訳なやと、
そちらも囚われの身の娘さん、
哀しげなお顔をし、頬を涙に濡らしておれば、

 「……。」

窓さえない薄暗い房の中、
ふとお顔を上げた、壮年のお武家様。
何か聞こえたものだろか、いやいや、
寒風吹きすさぶ その風籟こそ
絶え間なく鳴り響いている中にあって、
外の見張りの ぼそぼそという、
時折 何がおかしいか引きつったような笑い声の絡む、
曖昧な話し声くらいしか届かない場所だというに。
そこに何が見えるものか、
凛々しい横顔をふと天井へ向けて上げてみせた彼であり。
互いの獄舎それぞれに嵌まった、格子の重なりが邪魔で、
細かいところまではようよう見えぬ。
ましてや、坐しておいでの位置を動かぬ彼でもあって、
何が起きたかも判らぬままだったが。

  かちり、と

堅い音がして、何かが床へと落ちた気配だけはした。
お顔へかかるのがくすぐったかったか、
長い髪を振り払うよに少しだけお顔を揺すぶったそのまま、
何をか爪先で転がした様子であり……





それも連中からの要求のうち、
遠巻きにしていて随分な距離もあった。
電信機を隠し持っていたとしても、
ここいらはまだ中継塔のない区域なので意味がなく。

  なので、
  一体どうやって呼吸を測り合っていたものか

そこだけは誰にも推し量れなんだ点だったが、
他の鮮やかな段取りは、
いやいやさすがは褐白金紅の方々ぞと讃えられつつも、
どこか 当然ごとのように受け取られた仕儀でもあって。

 「…なっ!」

かつての国境、辺境の古寺の廃墟に立てこもっていた賊一味。
頑強な石塔が幾つかある中の、
どこに収監されているのかも判るまいから、
幾ら凄腕であれ、
残りの片割れによる捨て身の突撃も
出来なかろうと高を括っていたところへと。
どがんっと凄まじい地響きを伴って弾けたのが、
まずはそんな石塔の一つ。
古くはあるが、基礎がしっかりしていたか、
降り積む雪に晒されて幾とせか、
それでも原型を崩さぬ建造物だったというに。
内から弾けてのガラガラ…と、
呆気ないほど他愛なく崩れた一角へ、

  ひゅんっ、と

雪の白への陰さえ落ちる間がなかったほどの素早さ、
疾風をも置いてく勢いで宙を翔った存在があり。
廃墟を縁取る古木のどれかからの滑空者は、
狙い違わずで破壊された石塔へ飛び込むと、

 「…シマダ。」

短い一言ともに、そこも崩れ去った格子の中、
鋼の枷を足元へ振り捨てつつ立ち上がる壮年へ、
いかにも武骨な意匠の大太刀を手渡す。
手枷と一緒くたに足元へ捨て置かれたは、
その蓬髪の中へこそりと紛れさせていたらしい、短いが鋼の楔釘であり。
打ち合わせた刻限に、それを足元へと振り落とし、
爪先で立てると手枷へあてがい、まずは拘束をやすやすと粉砕。
そのまま格子と壁の境目へもクギの先をねじ込み、
その身の芯に ちゃくらを練り上げ、超振動の波動を起こしての
あっと言う間に砕き去ったる威力の物凄さ。

 『人質にと攫われているのは、里長ひとりではあるまい。』

連中の言いようを借りれば、役人らの犬でしかなかろう、
賞金稼ぎのもののふを、
拘束してとはいえ、自軍へ連れて行きたいとは豪気なことを言い出す輩で。
ただ監禁するだけでは到底御せるはずもなかろう存在を、
手元へ置くための策も、それなり構えているに違いない。
そういった切り札を何人も用意しておき、
意のままに操ろうという姑息な手段の用意があるなら、
いっそ乗ってやって本拠に赴き、塒を内から崩壊させる方が手っ取り早い。

 『聞けば、
  近隣の賊らに暗黙の号令をかけてもいるとか。』

他の人質の身を保護しつつ、それらの一掃も構えてのこと、
根城となっているその廃墟、行き掛けの駄賃に叩いてしまおうぞと。
大胆にも得物を一切持たぬまま、
相手の陣営へ囚われの身となった島田勘兵衛であり。
想定通り、まだ娘御という人質があったことを確かめの。
手ごわい用心棒、もとえ賞金稼ぎを収監しようとするならば、
一番頑丈な房を充てることだろうからと。
それをこそまずは粉砕してやるべえという、底意地の悪い策を抱え。
太刀がなくては手も足も出ませんという素振りを通し、
そのくせ気位だけは崩しません的な人格を装ってのこと、
せいぜい取り澄まして大人しくしていたまで。

 里の長老らの云わく、
 昼前に一刻ほど北風が凪ぐ間合いがあるとかで

ならば、その間合いに作戦執行とするべしと。
隠し持ってた鋼の楔釘にて、それはあっさりと枷を解きの、
突入の目印代わり、最も強固な石塔を砕きのと、
敵陣の中にいながら、戦端を切って落とした軍師殿。
天蓋が落ちて来たのへは、さすがに
無防備な娘さんを庇って身を屈めもしたけれど。
軍旗よろしく、その紅色の衣紋をばっさとひるがえし、
廃墟を取り巻くと言っても結構な距離があったはずの
古木の梢から凄まじい飛距離を稼いで軽々と、
破邪の一矢か弾丸もかくやと飛び込んで来た、
久蔵により齎されたる愛用の太刀を手にしたからには。

 崩れ落ちたる巌に取り巻かれた空隙に、
 すくと立ったその威容も頼もしく

重たげなその手へ、太刀のいかつい柄を握り込み。
引き抜いたそのまま、
雄々しき上体にぎゅうと溜めたバネを搓り絞り。
力強くも ぶんと繰り出した重き一閃のみにて、
首魁の居場所、奥向きの坊を
遠当てという奇跡の技にて、あっさりと突き崩した恐ろしさ。

 「うわ〜、相変わらず恐ろしいお人だー。」

武器も装備も持たない身のまま、
しかも虜囚扱いで閉じ込められていただろに。
手際の意を合わせるための通信機もないまま、
それでも、真っ先に崩れたところへというそれだけの手筈に合わせ、
迷いなく飛び込んだ久蔵殿との呼吸も即妙に。
あっと言う間の一気呵成、
廃墟のあちこちを触れもせで突き崩しの。
わっと慌てふためき飛び出す賊らは、外を固める捕り方に任せ、

 「お主が頭目だの?」

早々と勝利の酒に溺れての宴を張っていた、
月代頭の野盗の大将の居座る、屋根の吹っ飛んだ広間へと。
隣りの塔だったのへ、軽やかに宙を飛んでの踏み込むと。
太刀の切っ先 突き付けて問いただし、
何が起きたかも判らぬままの身を、あっさりお縄にした見事さよ。

 「手早く方がついたからには、
  今日明日にも駆けつけるだろう、
  盟約相手の賊の方へは この騒ぎは伝わるまいから。」
 「さよう。のこのこと馳せ参じたのを一網打尽。」

と、するからにゃ、
この場に溢るる雑魚どもを、
一切合切、漏らさず捕らえねばならぬのだ。
だからお前も働けと、
上司の役人頭にせっつかれ、あわわと駆け出す中司殿だったりし。


 さても、またまた芝居がかった手管をしいて、
 それを見事に成功させたる仕儀のうち。
 草紙になっての広く遠隔へまで知れ渡り、
 芝居の筋書きにされて持て囃されるも時間の問題。
 褐白金紅の勇名、またもや上がりし一幕に、
 とある街でも、
 美貌の料亭主人や警邏部隊の隊長殿が、
 困ったように苦笑して、
 彼らのいるだろ北の空、ついつい見やった浅き春……。





    〜Fine〜  14.01.25.


  *ちょっと弁士風に綴ってみました。
   つか、勘兵衛様のみの殺陣は久し振りじゃないですかね。
   ついつい久蔵さんにばかり、
   派手に飛んだり跳ねたりしてもらいますもんで。

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