春がゆく 
(お侍 習作 207)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


判っている中で最も広大とされているこの大陸は、
その広さゆえ、
各地の気候や風土がずんと異なるのだそうで。
例えば 南端の諸島群域と北端の山岳地帯では
同じ日であれ、
そのまま春と秋ほども体感温度に差があるくらい。
とはいえ、そうまでの距離を
あっと言う間のほぼ同時に右と左で把握出来るものでなし。
ゆっくりと巡る四つの季節を、
その土地のペースにて体感するのがせいぜいで。

 「……。」

ちょっとほど昔、大きな戦さがあった頃合いは、
戦域凌駕という無体を目的に、大軍勢の移動に対応させるべく、
巨大で高速な空艇を用いもしたそうではあるが。
ただし、運用には途轍もない大きさの保管庫や発着場、
純度の高い燃料や 質の高いメンテナンスの人員と、
それらを保全するための基本的な予算などなど、
それはもう国一つを買えるほどの巨額な費用が伴われるため。
平素の生活にそのような効率の悪いものは必要なかろと、
今のところ再興される気配もないまま、
人々も物流も、よほどの窮状への対処を除き、
自前の足かせいぜい牛や馬に車を曳かせての移動が主流の現在。

 “窮状への対処というのも、
  昔の設備を覚えておればという転用だがの。”

式杜人のような かつての工部らしき生き残りが、
蓄電筒を作り出し遠隔地へまで移送する必要があって…という
極めて特殊なケースのみの話であり。
戦さそのものにしても、
個々に憎しみ合いがあったでなし、
逆らえば身内から白い目で見られたという順番で
携わるしかなかったようなものだった人が大半の、
ただただ忌まわしいばかりな世相でもあったせいか。
思い出したくもないとする風潮も強く。
それで尚のこと、
生まれ育った土地からそうそう離れぬまま、
遠方のあれこれは話にしか聞かぬという人も珍しくはなく。
それでも、春先という今時分だと、
どこの地でもまずはと話題に上るのは
待ち遠しい春をもたらす使者、桜の花の咲きようだったりし。
これがまた、微妙に特殊な種であるためか、
南であれば早いとばかりも言えぬ。
徐々に暖かくなっているさなか、
不意を突くよに
ギュッと身を縮ませるような寒さが割り込まねば、
花の芽は目を覚まさぬと言われており。
そんなせいだろか、あまりに南方すぎると、
似た花はあっても本土と同じ桜は根付かぬそうで。

 『上手いこと出来てるもんですよねぇ。』

北領生まれだった元副官の美丈夫殿も、
そりゃあ長く続く冬が終わったよと人々に触れて回る、
言わば“春告げ”の花だったと懐かしんでいたものだった。

 “…厭うてはないようだの。”

今年は春が随分と駆け足でやって来たそうで、
中央部や平野部の街や里では、
既に花も終わりつつあるというその桜だが。
やや北領に間近いこの辺りでは、
陽辺りの良さげな街道筋でさえ、まだ花も多くついており。
時折 吹きくる風になぶられ、
重たげな枝が たうとうように ふさりと揺れると。
まさに満開の盛りも盛りなればこそ、
縁すれすれまで満たされてあった水が たまらずあふれ出すように、
はらり ひらひらと、白い花弁が宙を舞う。
今はまだ、いかにも耐え切れずにこぼれ落ちるという風情、
まだまだその初めなもだろなと思わせるそれだが。
これが進めば、どこか寂寥を誘うほどの止めどない散華となって、
人々の足を止めさせるに違いなく。

 「……。」

そんな桜花の房枝がたわわなまま、
結構な距離を延々と織り成す見事な並木。
眸の先にはらりと降った一片に、道の半ばで立ち止まり、
やっと気づいたそのまま梢を見上げるは。
白い横顔がそれは繊細透徹な趣きの、
当の本人もまた、どこか花のような、
少なくとも武骨で雄々しいとは言い難い印象の、
だがだが、これ以上はない辣腕ふるう、もののふの青年で。
赤い裾長の衣紋にくるまれた痩躯は、
軽やかな金の髪を冠した端正な顔容との調和も相俟って、
それは華やかな見栄えだというに。
修羅場以外の場では、
本人の途轍もない寡黙さもあってのこと、
不思議と音なしの静謐さをたたえた大人しいもの。
そんな彼が清楚寡黙な花と向かい合う図はなかなかの眼福で。
桜という花もまた、
空間すべてを塗り潰す勢いで、
そこにある一群すべてが一斉に咲き競うところから、
奥深い花闇を織り成しての、華麗な印象が先に立つものの。
間近に立てば いかにも可憐な小さな花であり、
特に、盛りを過ぎれば大人しいもの、
風に撫でられただけで梢から離れてしまう嫋やかさよ。

 『ああ、この辺りの桜は今が盛りでごぜぇますよ。』

この先の北領はまだまだ雪も残っておりますが、
それでもここいらでの桜を見て、
ああとうとう春が来たぞと胸躍らせて里へ帰るという、
北から降りて来ていた渡り職人や商人の方々も少なくはないと。
ゆうべ世話になった宿の女将が語っていたのだが、

 “ちいとも聞いておらなんだな。”

日頃は何へであれ あんまり関心を寄せないで、
淡々とした顔しか見せぬ君が。
視野をよぎったことで今初めて気がついた存在へ、
おおと眸を見張りつつ、
すっかりと意識を取り込まれてござる。

 “決して慎ましい身ではないのだがな。”

牡丹や芍薬のように、
それ自体が富貴な風貌をした華麗な花々と同じく、
彼もまた、どちらかといや
鋭にして冴え返る印象を滲ませた、
それは風雅な容姿をしているというに。
小さな花の集まりが、
なのに それはそれは凛然とした存在感もて、
観る人を圧倒するこの桜と、
その佇まいがどこか似て思えるから不思議。
淡色だのに 見る者の視線を吸い込むように華やかで、
重なり合った奥行きの深さが、誰をも魅了し圧倒し、
観た者すべてを その場へ釘付けにしてしまう蠱惑の深さ。
殊に、月夜に佇む満開の桜の、妖冶な艶は特別で。
やはりやはり凛と冴えているにもかかわらず、
健やかな緋が陰ってのやや青白い様が、
月と同じで妖艶この上ないものだから……



  「…………シマダ?」

ふと。
梢を見上げたままの自分の傍らへ、
同じく無言のまま立つ供連れに気がついて。
先を急ごうと促すでなく、
同じように桜を見上げるでなく。
かと言って、
放心しているその隙に この自分へと見入るのでもなくの、
ただ人でも待つかのように立っているものだから。
それで近づく気配にすら気づかなんだというのが癪だったか、
何をまた奇妙(けぶ)なことを…と言いたげな、
判る人にだけ通じよう、眇めた目線で見上げれば。

 「なに。」

大したことではないのだがなと、
白々しくも前置くという、ややこしい仰々しさを構えてから、
それに見合った澄まし顔をした壮年の言うことにゃ。

  お主に迷ってしもうた者が 現れぬとも限らぬからの

無心に桜へ見入る、棘も警戒もなき清楚な横顔を素の顔と誤解し、
実は百鬼をも斬り刻む存在なのに、
儚い精霊のようだとうつつを抜かして見入ってしまっても剣呑だろと。
そこまでの含みが果たして伝わったかどうなのか、

 「………。////」

馬鹿なことをと思ったには違いなく、
一瞬 見開かれた紅色の双眸が、だが。
落ち着きなく揺れたのは、
向かい合う格好になった勘兵衛の、
ちょっぴり楽しげな企みを匂わせる頬笑みが、
何ともいえず小癪で希有だったからだなんて…。

  ああ、それは
  確かにときめきもしましょうよ、と

判ってくれるのは多分、
虹雅渓で彼らを待つ、
金髪白皙のおっ母様しかいなかろて。(苦笑)





    〜Fine〜  14.04.12.


  *今年の桜は随分と駆け足でしたね。
   半端じゃない寒の戻りを、
   寒の戻りすぎと評した予報士の方がいたそうですが、
   まさにそんな感じで、今朝も結構な肌寒さでしたよ。
   こちらでは遅咲きの八重桜が満開ですが、
   ソメイヨシノも もうちょっと観たかったなぁ…。
   これからが見ごろという
   北の名所からの中継を楽しみにしております。

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