星祭の里 
(お侍 習作 209)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



目映い陽の下にて、
緑がますますのこと逞しく茂り、季節は春から夏へと移行中。
陽もずんと長くなり、
夏至を過ぎても 夜明け前やら宵の口の明るさが長いので、
活動しやすい時間は長く。
生き物たちが より逞しくなるようにか、
陽射も強くなり暑さが訪のうのが夏ではあるが、
気候が良くなり過ぎても考えもので。
あまりの暑さにうんざりし、
良いの訪れが待ち遠しくなるのもこの時分から。
明るいうちは仕事に打ち込むというのもあるけれど、
陽が落ちると涼やかないい風が吹くせいか、
宵からこそという楽しみ方も各地に多く。
星を愛でる祭りもそうだし、
川辺で蛍を追うたり、
花火を揚げて暑気払いなんて催しだって、夏だしねぇと。
本格的に暑くなる、まだまだそのとば口だからこそ、
里の女衆らが川岸で洗濯しがてら
“夏と言えば”な話題に沸いておれば、

 「……あ。」
 「おや。」

せせらぎの声さえ掻き消すような、
そりゃあ闊達な話し声のせいで すぐには気がつけなんだが、
視野の中へ入れば それはそれは存在感のある人影が通りがかった。
生活大事で今更楚々としたって始まらないと、
日頃からも男勝りな雄々しさ見せるお母さんがたでさえ、
ふと大人しくなっての髪のほつれなぞ気にするほど、
それは頼もしくも、懐ろの深そうな男ぶりしたお武家様。
ほんの一昨日からお越しで、長の屋敷に逗留しておられ、
何の御用かは明かされないままに、
里のあちこちを歩き回って何かしら検分してなさる。
これから川沿いに上流へとお出掛けらしく、
随分と布の重なった衣紋をまとっておいでだが、
それでも颯爽とした足取りや、小気味のいい所作をしていらっしゃり、

 「…。」

目礼だけを寄越し、そのまま岩場を進んで行かれる鷹揚な態度へ、
お母さんたちも“はあ、どうもどうも”と頭を下げ下げ挨拶を返し。
そのお姿が木立の奥へと消えてから、

 「いやぁ〜、いい男だよねぇ。」
 「本当にねぇvv」

広いお背(おせな)の半ばまで垂らした豊かな黒髪に、
戦時中は相当にご苦労なさったものだろか、
緊張感みなぎる、彫の深い鋭角な面差しをしていなさるのに。
威嚇的でもないし威張りくさるでもない、
不機嫌そうに難しいお顔ばかりなさるでもなし。
むしろ里長(さとおさ)からいろいろと話を聞いていたおりなぞ、
目元を伏せがちにしてらした様子の何とも優しげだったことか。

 「あたしがもうちょっと若けりゃあねぇ。」
 「何 言ってるかな。」

ドッと笑い声が上がった様子がぼんやり届いた、こちらは里のうち。
ここいらの名物らしき丁寧に織られた木綿の織物へ、
鮮やかな藍色の染料で草花や紋様を描いた反物、
竹ひごで張りをつけての長凧のようにして干し出していた干し場では。

 「あ…。///////」

脛があらわな丈の短い着物に、袖をたくし上げているたすきがけは紅の晒布。
陽を避けるための手ぬぐいかぶりをしていた若い娘らが、
そよいだ風に何げなく顔を上げたものの、
そこに現れた人影へハッとし、そそくさを顔を伏せる。
絹糸のような金の髪、軽やかに揺らして歩く所作にも切れがあり。
四肢もしなやかに均整が取れていて、
切れ上がった双眸や雪のように白い肌が醸す雰囲気は、
どこか洗練された町の芝居に出てくる役者のように、
それはそれは鋭にして端正なため。
夢多き年頃の娘さんたちには、
見るだけで頬が赤くなるよな魅惑の君だが、

 「…。」

目礼なんだか、つんというお澄ましなんだか、
ややお顔を振っただけという会釈だけを見せ、
すたすたと通り過ぎて行った、こちらはずんと年若いお武家様。
もう一人のお連れと一体何をしに来られたかは、
やっぱりちいとも判らぬままで、

 「息抜きだろか。」

 「だったら もちっと町のほうが
  至れり尽くせりでゆっくり出来ように。」

見物したいような古刹もなければ、
何かに秀でた名人がいるでもなし。
宿さえないよな田舎も田舎。
此処にこんな里があるとは知らぬ人のほうが多かろう、
取るに足らない集落なのに。

 「誰か貴人様が通るのの護衛かも知れんて、
  馬子のタスケが言うとったが。」

 「こんな山ん中をかい?」

そもそもの世界観も狭い娘らだけに、
想像するにも限度があって。
それでもないならもう判らないと、
お手上げだわねとお顔を見合わせてしまうばかり。

 「…あ。そろそろ三の刻だよ。」

川の流れへ映り込む傍らの崖の影。
そこへの陰のつきようから、
大体どのくらいの刻限かは判るものらしく。
わあいけないと、娘さんたちが揃ってそわそわし始めて。
全部干せたね、うん大丈夫。
じゃあ祠へ出掛けようと、
示し合わせてその場から去り始めるお嬢さんたちで。

 「婆様から袋はもらった?」
 「うんvv」
 「ああ、何かドキドキするなぁ。///////」
 「ククの実はどんくらい摘んだ?」
 「アタシ、袋に入りきらなんだよ?」

子供のような無邪気さいっぱいに楽しそうに。
それでいて年頃の娘らしい華やぎも見せつつ、
ジュウシマツのように押し合いへし合い、
ぎゅうぎゅうと引っ付き合いながら歩みを運んだ先は、
里の外れにある常緑の森の中。
まだまだ明るい時間帯だし、大人数での行動ゆえ、
怖いものとてありもせずで。
梢に木の葉がようよう茂ったせいでだろ、
やや陽も遮られていて涼しい中を、どんどん進み。
やがて現れた小さな泉の前に据えられた白木の祠に、
皆で揃って手を合わせると、
それぞれが懐に入れていた小さな木綿の袋を、
供え物用の台座へと置いてゆく。
口が紐で絞れるようになっていて、
先程話していた何かの実が詰まっているらしく、

 「泉の神様、今日は星の巡りの晩ですだ。」
 「いい人いたらば、逢わせてくれなされ。」

一番前にいた二人が順番にそうと紡いで、残りの娘らが復唱し、
ぱんぱんと柏手を打つと、神妙なお顔でなむなむとお祈りしてから。

 「…さ、帰ろう。」

特に神聖な仕儀でもないものか、
あっさり切り替え、回れ右。

 晩になるのが楽しみだなぁvv
 サヤには スエゾウがいるもんなぁ。
 や…何言ってるかなぁ。////////

冷やかすような言い合いといい、先程のお祈りの詞といい、
どうやら男女の仲を取り持つような神事が今宵あるらしく、
その前に執り行う、段取りの一部ででもあったのだろう。
来たとき同様に何やら屈託なく語らいながら、
里のほうへと戻ってゆく彼女らで。
すっかりとその気配が去って幾許(いくばく)か。

  ぱきり、と

下生えへ落ちていた短い柴を踏みしだき、
別な気配が祠へ近づく。
藍色のかづきを頭からかぶった小柄な人影と、
それへ寄り添う長身の若いので。
小柄な人影は少し蒸すほど暑いのに、
かづきの下には着ならした小袖と袴をしっかと着ていて。
節槫立った杖をつきつき、祠までを歩み寄ると、
供え物として積み上げられた袋へ手を伸ばすものだから、

 「これこれ刀自や。それは供え物だぞ。」

刀自というのは年配の女性への尊称で、
そんなかしこまった呼びかけへ、だが、
慌ててキョロキョロと周囲を見回し始める辺り、

 「刀自に当てはまらぬから判らぬか?
  お主、巫女のフジ殿ではないのかの?」

堂に入った訊きようをしつつ、
祠へ日陰を落としていたスズカケの木の陰から姿を現したのは、
先程、川辺で洗濯をしていた皆の傍らを通った壮年の武家殿で。
落ち着きのある御仁のはずが、だが、
今は微妙に相手を揶揄するような態度を取ってもいて。
何をおかしなことをしておるかと言いたげなその態度へ、
小柄な人物がたじろぐように立ち尽くしたのを庇い、
連れが腰に差していた太刀を引き抜く。

 「失敬なことを言うでなか。
  こんお人はこの里の護り方、フジ様に間違いな…。」

 「お主の訛り、もっと南の人間のものだな。」

皆まで言わせず そうと指摘し、
こちらは腰の大太刀を、だが、抜きまではせず、
柄のところへ肘を引っかけているだけで。
不敵そうに笑っている余裕が、
護衛なのだろ男衆には何とも図り知れぬらしく。
小袖に筒袴というここいらの平民の衣紋じゃああるが、
それにしては刀の構えようが様になっているのが妙なこと。
しかも、太刀を提げていた緒の端、
何か軟石の根付けらしい塊を引き千切ってぶんと投げて来た。
壮年の武家殿の顔辺りを狙ったらしく、
咄嗟に何かで避ければ、
当たった腕なり刀なりの先で爆ぜる代物らしかったが、

 「…っ。」

何をしたのか判らぬほどの早業、
若しくは…信じがたいが何か念じただけにて、
その小ぶりな炸裂岩を弾き返すと
こちらの足元で爆発させた信じられない技を見せ、

 「フジ殿を監禁していたな、お前。」

やはりその手はまだ抜いてもない太刀の柄へと乗せたまま、
壮年殿が語り続ける。

 「今宵の神事の禊斎のため、
  二日ほど社から出ずに過ごす身だから、
  姿が見えずとも怪しまれない。
  そこまでは調べていたらしいがの、
  実のところ、
  夕餉は里長のところで食べる習慣になっておったのだ。」

 「う…。」

そうと訊いて、若いのだけでなく、
老婆に扮していた何物かまでがたじろいで見せ、

 「昨夜から姿を見せぬのを案じた長から、
  仔細を調べてほしいと頼まれたのだが…。」

かづきで姿を隠した人物が手を出しかけた供え物を見やりつつ、
壮年殿が続けたのが、

 「そういや、この里の産であるククの実は、
  素晴らしい薬効から町で高く売れるらしいな。」

娘らが供えたそれも、里の財産として町で換金するもの。
それを掠め取ろうとしたかっただけにしては、
人ひとりを監禁するのは大袈裟すぎる。

 「宵になれば、若い男女がこの林の中を散歩するそうだから、
  その中から見目のいいのを攫うつもりででもいたのかの?」

 「…くっ。」

図星であったか、二人ともがその身を震わせ、
もはやこれまでと察したか、

 「貴様ぁっ!」

太刀を振り上げた若いのが突っ込んで来たのへ、
しゅっと鋭く片手を鼻先で振って見せれば。
先程の炸裂弾もそれで払ったか、
小さな小石を鋭く飛ばして来た彼で。
ただの飛礫なら少々痛いだけだろし、咄嗟に払うことも出来ただろ。
そのくらいの腕はあったか、
彼もまた自分の太刀を楯にして、打ち払って見せたものの、

 「え…っ?」

小指の先程もなかった小さな小石だったはず。
だのに、
それが当たった太刀のほうが、真ん中でぱっきりと折れているから

 「な…っ。」

なまくらでも鋼は鋼、
どんな出合い頭でもあり得ないことと、
驚き極まり呆然としているところへ、
続けて飛んで来た飛礫が鼻先へぶつかり。
こちらは加減してあったのだろうに、
同じ目に合うと思うたか、ぎゃっと飛び上がって慄いた男がぶつかって、
老婆に扮していたお仲間と一緒くた、
地べたへ転げたところを
周囲から飛び出して来た役人たちに取り押さえられた。
万が一にも本物の巫女だったら危険だと考慮されての配置であり。
宵には娘らを攫おうなんて
もしかせずとも大掛かりな企みぞと案じての別動隊には、
久蔵が回っており。
やはりというか、底が浅いというか、
稼働に要る揮発油の匂いをぷんぷんさせて、
薮に潜んでいた鋼筒が数機見つかり。
逃げを打ったのを鮮やかに ずんばらりと切り裂いて取っ捕まえた武勇伝、
静かな里には初めての荒ごとと、のちのち末長く語り継がれたそうである。





    〜Fine〜  14.07.08.


  *これも台風の影響だそうで、とにかく暑いっ。
   熱帯夜までやって来たようで、
   湿気の多いまったりした夜風が
   ちっとも涼しくなくてうんざりしつつ書きました。
   これからはこういう季節なんだなぁ。

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