真夏の宵に 
(お侍 習作 210)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



昼の間の酷暑の気配をいくらか居残したそれだろう、
湿気の多い生暖かな夜気が、
暑いからと袖をまくった肌へ貼りつくようでどうにも居心地が悪い。
頭上には冴えた月がいつの間にか昇っていて、
空の高みはまだ涼しいのか、
凛として澄ましているようなのが、妙にいけすかなかったが、

 「…おい。」

仲間内からの小声が聞こえ、
木立の終焉に辿り着いてたと気づかされる。
ここいらは山の麓に小さな里が点在する地域で、
ほんの昨日、この向背にそびえる山の向こうの寒村で、
結構な悪名を馳せてた盗賊団が一斉に捕縛されたとか。
近年の目覚ましい情報流通の主軸、
新型電信の中継器があちこちに設置されつつあり、
そんないい知らせもあっと言う間に近隣の里や村へと伝わったらしく、

 次はウチが狙われるんじゃないか

 大した蓄えもないのにか?

 祭りはどうする?

 そんなもんした日にゃあ
 裕福な里だと目ぇつけられっぞ、と

怯えすくんでいた里だったのだが、
そんな吉報の到来には躍り上がって喜んだ末、

 「いい気なもんだよな、じゃあって祭りを始めてやがる。」

ここいらの祭り囃しか、
軽妙な笛や鉦の音がいい調子で絡まりあっているのが遠くから聞こえ、
合間に太鼓の音がどどんと響く。
随分と手勢のいた一味らしかったが、
高名な賞金稼ぎがそれは手際良く畳んでしまったそうで。
たとえ残党が逃げたとしても

 「お山の向こうの話だと、安心し切っていようから。」

隙だらけだろう里の、しかも祭りで出払ってもいよう家々を漁り、
金目のもんでもくすねようか、
大したものがないならないで、
器量のいい娘を何人か掻っ攫っての、一目散に逃げればいいさ。

 「何せ、辣腕の賞金稼ぎとやらも、
  山の向こうにおいでなのだからなぁ。」

大物退治でさぞやお疲れだろうから、
こんな遠くの小さな里で
何が起きても伸してなぞ来られはしまいと。
呑気な里の人らを笑えぬ、
同じような物差しで悪事の企てを巡らせていたらしかったが、

 「……それがそうでもないらしいぞ。」

手に手に物騒な得物を握り、
見とがめられたらその時はその時、
非力な農民なぞ恐るるに足らぬから薙ぎ払うまでよと、
どこまでも悪辣身勝手な魂胆らしいのが見え見えな奴輩へ、
いやによく通る声が掛けられて。

 「ちょっと昔の年寄りはの、結構足が達者なものだから、
  山の一つや宿場の一つ二つなぞ、ほんの半日で越せるのだ。」

夏の陽による繁茂だろう、
そりゃあもりもりと生い茂った雑草の群れの向こう、
幹へ蔓を這わせた槙だろう木の陰から、
ついと姿を現した人影があり。
盗み聞きのままでは行儀が悪いと思うて姿を見せたか、
この暑いのに、ずるずると布を一杯使った砂防服といういで立ちの、
なかなかに上背のある壮年であり。

 「な…。」
 「何だよ、きさま。」

自分たちが今からしでかすこと、
こうも早くに見とがめられたのがさすがに驚きだったか。
十人ほどの野盗崩れ、ギョッとしたままそちらを見やったが、
相手が一人と見て取るや、笠に着てか卑屈に笑い、
さっそくにも得物を抜き放つと遠慮のない殺気を垂れ流し始めたものの、

 「ここで見られたんじゃあ生かしておけん。」
 「運のなさを恨むんだな、おっさんよ。」

無礼な口を利いた一人が、だが、その語尾の余韻が消えぬうち、

 「…っ、ぎゃあっっ!」

獣がくびられたような声を出す。
他のメンツがギョッとしてそちらを見やったが、
力なく崩れ落ちるところだったため、姿が掻き消えたように見えたのか、

 「なっ、何だ どした、ヤスっ!」
 「どこ行きやがった、ふざけんなっ。」

浮足立ったそのまま、
下生えを踏みしだいて進みかかった別の賊が、

 「が…っ。」

やはり妙な声を上げると、その場へずでんどうと倒れ伏す。
今度は姿どころか倒れるところも丸見えだったので、
どうしたのかは、周囲へも伝わったものの、

 「な…。」

何が起きたかが依然として判らないのが不気味で、
荒くれたちの足がすくむ。
唐突に現れた謎の壮年は、
距離をおいた反対側にいるのだ、手も刃も届きようがないし、
何より腕を胸高に組んだままでいる。
まさかに怪しい術を操る陰陽師とかだろかと、
あり得ないこと、だがだが真夏の月夜なだけにと、
雰囲気に飲まれたようなことを思っておれば、

 「…大人しく縛につけ。」

頭目格の男の首元、
よほどに切れ味がいいそれだろう、
触れる前からちりりと総毛立つよな殺気を孕んだ刃が当てられ。
一体いつの間に回り込んで来たものか、
今の今までどこにも姿のなかった、
紅蓮の長衣紋をまとった金の髪した若い侍が、
冷ややかな表情のまま、そんな文言を太刀とともに突きつけて。

 「ひ、ひぃいいい…っ。」

あまりに無表情な白い顔が、
月光に照らされて幽鬼のようにも見えたのか、
残りの賊らも一斉に、その場へへたり込んでしまったそうな。




     ◇◇



冗談抜きに、別の山裾の里での盗賊退治の後、
半日で山を一つ越して来た褐白金紅のお二人で。
ややこしい野盗らがいたところへ行き合わせたのは単なる偶然だったが、
電信で呼ばれた役人の中司に言わせれば、

 『悪い奴が何かしようとする気配に
  呼ばれてしまう相性のようなものでもお在りなんじゃあ?』

こんな連中の侵入を事前に収めてしまわれるなんて、
これはもう神憑りとした言えませんと、
彼にすれば褒めたつもりだったのかもしれないが、

 『………。』

約一名、不機嫌になってしまった剣豪から、
射殺されかねぬ一瞥を向けられてしまいもしたのが気の毒で。
これと視線で窘められて、
ふいとそっぽを向き、夜陰の中へ素早く姿を消した久蔵だったのへ、
やれやれと肩をすくめるのは常のこと。
そして、存外と肝が太いのか中司の側が

 『?? どうかされましたか?』

気を遣われたことにも気づけなかったらしいのへ、
お仲間うちの役人たちがコケたのはともかくとして。

 「…久蔵。」

実のところ、単に宿を取ろうと近づいた里。
祭りの最中だなんてことも知らなかったため、
遠く近くにお囃しの音が聞こえるのが、
人の気配を感じるような、それでいてうら寂しいような。
そんな夜陰の中に、すっくと佇む細い背中を見つけた勘兵衛、
へそを曲げた連れ合いへ、ゆったりした歩調で歩み寄ると、
ほれと小さな巾着包みを差し出した。

 「?」

ちりめんの端切れを接いで作ったらしい、
お守り袋ほどの小さなそれだが、
何だかいびつなものが入っているらしく。
手のひらに乗せられたそれと、
向かい合う勘兵衛の顔とを交互に見やっていた久蔵、
月の光の下、目顔で促されて口を開けば、
中に入っていたのは、
松や梅、椿などをかたどった、小さな干菓子が幾つもで。

 「この里の名産だそうだ。
  冬場の乾いた空気ときれいな水があってのこと、
  和三盆を用いた逸品だぞ?」

ほとんどをもっと都会の町へ卸すのだが、
余り物でもてなし用の菓子を作りもするらしく。
それを分けてもらったと言う勘兵衛なのへ、
もう一度視線を投げてから、
うむと頷いたの見届けて最初の1つを口へと運ぶ。
小さな梅の花をかたどっていた干菓子、
堅い歯ごたえは一瞬だけで。
ほろりと崩れると
そのまま あっと言う間に
サアッととろけてなくなるなめらかさであり。
ほんのりと冷たい感触が舌の上へ残るのが何とも不思議。

 「…。」

上品な甘さといい、不思議な食感といい、
久蔵には初めての菓子だったようで。
口の中にはもうないものか、再び顔を上げてこちらを見やるのへ、

 「訊かずとも好きに食うがいい。」

甘いものが苦手なのは知っておるだろうにと苦笑する勘兵衛なのへ、
月を負う格好で立っていた久蔵、そのまま静かに歩み寄ってくると、
別な子粒を指先へと摘まみ、

 「…。」

ほれと、勘兵衛の口許へ延べてくる。
いやいや話を聞いていたかと言いかかり、
だが、曇りなき双眸にじいと見つめられては逆らえず。
乾いた口許寄せてやれば、
干菓子をくいと押し込んですぐ、どうだ?と感想を聞きたがるのが、
やはり幼子のようで可笑しくて。

 「うむ、美味いな。」

そうだ、七郎次への土産に分けて貰うか?と
わざとらしく言い足せば、

 「…っ、」

それはいいと思うたか、何度も頷く屈託のなさ。
この態度も含め、土産話が増えたぞと、
勘兵衛の側でも優しい笑みを頬張って、
見上げた夜空には
ちょっと前の自分たちみたいな、孤高な月が佇んでいるばかり。






  〜Fine〜  14.08.15.


  *いやもう暑いので“やっとぉ”を考える頭も回りません。(こらこら)
   時代考証が難しいのですが、
   アイスクリームとかはなかったのかな。
   冷蔵庫くらいありそうなんだけど、贅沢品としてはあったんだろうか。
   こういう考証を考えるのは、
   わんぴーすの時代劇Ver.と同じだなぁなんていつも思います。

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