夜長の底にて
  (お侍 習作 211)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



ふと、夜半の底で目が覚めた。
眠りが浅いとかいうものではなくて、
逆に、身の危険に直結するものが何もないような場であるなら、
どんなに騒がしくとも熟睡も出来るのだから、
これはもう そういう性だとしか言えない代物で。
何かしら気になる気配や匂い、温気なぞを感じると、
意識がさくりと開いて、それは呆気なく目が覚める。
とはいえ、今宵感じたそれは、
それほど物騒なものでもなくて。
少なくとも 実際に身を置く空間や間合いには、
殺気に通じる物騒な存在も居なければ、
そんな状況でもなくの ただただ静か。
曖昧な何かを拾いはしたが、
その身を跳ね起こすまでもないほどに 遠い遠い何かだったようだと。
身を伏せたままで断じ、それでも一応、周囲の気配を大まかに探ってみる。

 “……。”

秋寒の夜陰はしんと静かで、
鳥の声だったのかな、いや待て夜更けだぞ。
梟が居そうなほどにも草深い土地じゃあないし、
むしろ のほのほのと長閑で人の心根も豊かな土地のようだから、
どこかで放し飼いの猫が 連れ合い恋しやと鳴いたのやも知れぬ。
そんな何でもない気配さえ届くほど、それは平和で安寧な土地。
実際、通りすがりに等しい逗留で、
何か厄介があってと請われて呼ばれた自分たちでもない。
きっと雨戸の外はただただ静かで、
蒼い月光が石灯籠を濡らす庭には、風が揺らす梢の陰が動いているだけ。
里の皆も安らかな眠りに落ちていて、

 “……。”

ああ、そうか、
自分はそんな安寧とは相容れられない身だから、
落ち着けないのかも知れぬ。
こういう静かな世界は、
死んでからゆくのだろう 何もない虚無の地獄くらいしか
縁がないものと漠然と思っていたのに。
そこへ旅立つこともなく、戦さが終わって生き残り。
しばらくほどは雑然と荒れた世界が続いていたがため、
世情の流れが変わりつつあることにも気がつかなんだ、
刀以外へはとんと意に介さない
ある意味 豪気というか、考えなしな自分だったようで。

 “……。”

衾の中、もそりと寝たまま身じろいで、
そのまま くんと、間近い匂いを嗅ぐ。
ほのかに汗の匂いもするようだが、
それより深くに潜むのが、自分と同類のあの匂い。

 “…。”

こうして懐ろへ埋まることへ、不思議と安堵するよになったこちらへ。
洗ったくらいじゃ そうそう落ちはせぬと、
何をどう見透かしてか、そんな言いようをする勘兵衛であり。
腹が立つより ああそういうことかと腑に落ちる。
そして、この男と自分は、
見栄えから信念から何もかも異なるというに、
根っこの部分が同類なのだと思い知る。

 “…よう寝て。”

寝入る前に整えたか、
屈強な身へゆったりと着た寝間着の小袖はさほど寝乱れてもおらず。
雄々しいまでに張り出した頼もしい胸板が、
だが、今は静かな寝息に僅かほど上下するくらい。
あの七郎次も
どんな場面で負うたかは教えてくれなんだと苦笑していたほど
古い古いそれだという大きな傷跡は。
だが、よほどに深手だったのか、
肌の地色へ紛れることもないままで。
それを痛々しいとか哀れと思うより、
これほどの手練れでも、至らぬ若かりし頃はあったのだなぁと、
ついつい感心してしまう。

 “……。”

軍人は用無しとなったはずが、
まだまだ身を立てる術はあったもので。
金や権力のある者の護衛か、
機巧軍族の成れの果て、野伏せりと呼ばれる無頼の輩に属するか。
その野伏せりも、実は天主(あまぬし)という最高権力者の手駒で、
それを双方ともに滅ぼしたそのまま、
野盗を退治する賞金稼ぎとなろうとは。

 “…。”

そうまで生き延びようとは思わなかったものだから、
先行きが何も見えぬままなのが、時に覚束なくもなるのだけれど。
茫洋とした風景を前にして、頑是ない童のように立ち尽くしておれば、

 『儂を斬るのではなかったか?』

共におらねば、その約定を果たすは叶わぬぞと、
くつくつ微笑う小憎らしい奴で。

 ああ、そういえば

もはや このごろでは
宛処が判らぬと立ち尽くすこともなくなって久しいなぁと
ぼんやりした思いが何とはなくの結論へ至る。
歩み続けることが当たり前で、
どちらがどちらを追うておるのやらなこの旅が、
すっかり“日常”と化していて。
だが、それが甲斐のあるものでもあって。
少なくとも、虹雅渓のあの大きな屋敷で、
ほんのたまにどこかに匂う殺気を探知するべく、
押し黙って控えていた、
生きているのか死んでいるのか、
もはやどっちでもいいと
半分眠っていたよな日々とは比べものにならぬ。
今が秋で、野には春に見たヒナゲシに似た花がたなびき、
ああそれは秋明菊だと連れから教わり、
七郎次も好きだったぞとの付け足しへ 覚えておこうと肝に命じる。
ヒナゲシを覚えていたことからして、
かつての自分にはなかったことであり、

 「……眠れぬのか?」
 「…っ。」

もはや聞き馴れている声でも、
この不意打ちはさすがに驚きだったよで。
何においても冷徹な、そこを“死神”とまで揶揄されていた彼が、
ギョッとして息を引いてしまった他愛のなさ。
特に もそもそと身じろぎし、輾転としていた訳でもないのに、
何で気がついたのだ、熟睡していただろうがと、
胸のうちにてあれやこれやを思う暇さえ与えずの強引さ。
合わせていたはずの互いの肌、やや剥がれていたのが不満だったか、
頑丈な腕を背中へ回し、
開いて伏せた手のひら あてがい、
そのままぐいと、自分の側へ力任せに引き寄せる大胆不敵さよ。
優しいお人だなんてどんな冗談かと、
それこそ らしくもなく、その胸中でごねる久蔵だが、

 “二度寝が出来ぬのなら、起こせばよかろうに。”

静かが過ぎて目が冴えたらしいと、
だから再び寝かせろと甘えればいいのに。
起こすのは忍びないとでも思うのか、それとも、

 “いまだ、儂まで向かい合う対象でもあるまいに。”

例えば窓の向こうの、自分とは一線を画した存在だとでも思うのか。
それこそ今更それはなかろうよ、
借りて来た猫でも もうちょっと、警戒という格好でも関わりを持とうぞと。
こんな夜陰の中、独りで立ち尽くし掛かっていた連れ合いを、
そんな独善は許さぬと、
見開かれた紅の双眸、強い眼差しで射貫いて対す。


   秋の更夜の月明かり
   静かに見守る、やさしい望月は
   口数足りない壮年殿をも
   ほほえましいと見やってござる。





   〜Fine〜  14.10.12.


  *常に余裕余裕の勘兵衛様ですが、
   恋人があまりにつれないものだから、
   ちょっと駄々こねちゃったみたいです。
   まま、たまにはねvv

  *ところで、
   来年一月、お侍がミュージカルになるって知ってた?(う〜ん)

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