秋の錦に 目も眩む 
(お侍 習作 212)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


これも空気が澄んでいるからこそだろう。
夏場のような濃厚な青ではなく、やや淡い空は、
だが どこまでも高く見え。
見晴らしも遠くまで利いてのこと、
この頃合いの趣きある風景を堪能するに都合がいい。
此処は 片側がやや傾斜の強いなぞえ(斜面)となっている道が、
次の宿場まで続くらしい、大きな木々の連なる並木の街道筋で。
かつては川に沿っていたらしいのだが、
水が涸れたか潅漑の果てか、
今は何かしらの畑と代わっている地を足元へ見下ろす格好になっていて。
そんな平坦なところが広く開けた見晴らしの先には、
赤や黄色の秋の錦を装う山々が、
遠く近くと重なっているのが見通せて なかなかに綺麗。

 「おお。」
 「見事ななぁ。」

商用の荷の搬送なぞは別として、
牛や馬に引かせる輿や、
お急ぎなら早亀というのにまたがってという手もあるが、
まだまだ徒歩による移動が主流なのが当世の旅事情。
かつては大空の高みで
艦隊同士が真っ向から衝突し合っての戦さを繰り広げていたのだから
駆動系の技術がないでなし、
実際の話、小型の空艇なぞがないでもないが、
精製された燃料、もしくは大量の蓄電筒などを揃えるのに、
それはもうもう費用がかかるので、あまり割が合う手段でなし。
まして、そうまでして急ぐ要件が そうそう誰へもあるでなし。
特に遊山の旅なぞは
至ってのんびりした調子で歩いての道行きが当たり前とあって。
歩きやすいような足元にいで立ちで、
夏のうちなら陽除けの綾藺笠、寒いころなら毛皮の外套なぞ用意して。
黙々と淡々と寡黙に歩む人もおれば、
または広がる景色にいちいち立ち止まり、
ほおほおと連れと 感嘆しつつの旅を楽しむ人もあり。
こちらの街道は秋の見晴らしが有名で、
粋を好む旅好きが遊山で通るのが常。
今も丁度、渋めの色合いの羽織に小袖、旅袴といういで立ちの、
書か俳諧が趣味ででもあるような 宗匠風の初老の御仁が、
柔順そうな供を連れ、塚石代わりの松の根方に立ち止まり、
今が盛りの錦景を目許を細めて堪能しておいで。

 「ほほぉ。これが噂に聞く“お宝の錦”かの。」

この街道でも名のある展望だとのこと、
これはなかなかに眼福よのと。
歳相応に渋くも彫の深いお顔をほころばせる主人へ、
供の青年も 短めの髷(まげ)をふるんと揺らすと、
さようでございますねと、おっとり頷いて見せる。
周囲をゆく他の皆様も、
眺めのよさこそ見物というのは有名な土地と御存知か、
彼らにつられて つと立ち止まりもするようだったが。
も少し先には張り出し席も据えた茶屋があるので、
おおかたはそちらへと向かってしまうようであり、

 「大殿様、我らも向かいましょうか?」
 「いや、今少し此処で。ほれ、ヒタキが飛んでおるぞ。」

空気の澄んだ秋の空、
ちきぃきぃと鋭く鳴いて飛び立った小鳥を目で追うて、
それをも楽しんでおいでの御主であるらしく。
それを察した供の青年、
物慣れた様子で折り畳み式の床几を荷から取り出し、
どうぞと甲斐甲斐しく開いて差し上げる。

 「いい気なもんだな。」

そんな街道沿いの並木の一角、少し土手下へ降りた位置に
それぞれ しゃがんだり伏せたり低い姿勢でたむろして、
道をやや見上げつつ、行き来する旅人らを見聞している一団がある。
土地の農夫にしては陽のあるうちから ぶらぶらしている挙動が不審だし、
祭りか何かの打ち合わせにしては、
互いなぞ ろくろく見ずのよそ見が過ぎるのがやはり怪訝。
身なりもどこか砕け過ぎており、
岩を咬み砕いて鍛えたような いかつい顔付きやら、
たばこのヤニに黄ばんだ歯を剥き出しにしての
乱暴な物言いが、いかにも粗暴な品性を感じさせ。
そちらは正真正銘、農夫か馬飼いらしい大人しげな人物が、
大きな竹籠を負うて下の道を通りかかれば、
じろじろ見てんじゃねぇと威嚇をしつつ邪険に睨ねつけるあたり、
やはり怪しい一団には違いなく。

 「ありゃあ、どっか大きな街の大店の隠居か何かだな。」

どちらかといや目立たぬ装い、
楚々と歩んでおいでの二人連れであったのだけれども、
それでも見る者が見れば判るのか。
華やいだ美貌の娘と母親という取り合わせや、
三味線を背に負うた、流しの女芸人でもあろうか、
小粋に広げたままの手ぬぐいを吹き流しにかぶっておいでの、
婀娜な美人も幾たりも通るのに。
そんな麗しの存在には目もくれず、
朴訥そうな二人連れから目を離さぬ彼らであり。

 「そうか? でもな、腰に差料下げてなさるぞ。」

主人だろ壮年殿の側のいで立ちのうち、
微妙に道中羽織の陰となっていた
腰に差した太刀をきっちり見拾っていたクチもいたけれど。

 「あんなもなぁ金子を積めば手に入る。」

どうせ、道中で奇禍に遭わぬようとの装備じゃああっても、
それを振るう武装というより、
こちらは武家だぞよと思わせるためのお守り。
要はお飾りだろうから。
実際には鯉口切って抜いたこともなかろうよと、
鼻で嘲笑うよにしてのこと、そうと決めつけているようで。

 「それだけ金満家の楽隠居が、
  供を連れての俳諧の旅ってところじゃねぇのか?」

大戦時代ならどうだったものか、
今のご時勢じゃあ、武家にしか許されてねぇ待遇があるでなし。
あんなの提げてるくらいじゃあ、身分を偽るうちにも入らんだろう、と。
そこまで丁寧に推察した上で、

 「いいカモだ、手持ちがなくとも実家へ文をやれば、
  結構な大枚の身代金が取れそうだぜ。」

壮年の隠居の物見遊山、
男二人を攫う物好きもおるまいと、せいぜい地味に作ったつもりだろうが、
お守りに太刀とは豪勢なと受け取られたようで。
野卑なひげづら、魂胆秘めた眸と眸を見交わし、
せーので一斉に土手を駆け上がってゆく。

 「な…っ。」
 「きゃあっ。」

突然、わらわらと道を塞ぐように溢れ出たは、
見るからに無頼の輩の一団で。
荒々しい飛び出しように、襲い掛かられたかのよに驚いた人々だったが、
次には関わるまいと思うのも自然のこと。
逃げるように足を速め、
さっさと通り過ぎて行く人々のほぼをそのまま捨て置いて、
当初からの狙いだった二人をそれは素早く取り囲み、
あっと言う間に退路を断ってしまう手際のよさよ。

 「やあやあ、そこなご隠居。」
 「本家を離れての、優雅に旅の途中と見受けたが、
  俺らにちぃとばかり恵んでくれめぇか。」

立ち上がれば、どの輩も上背もあって大柄の、
荷役夫でもやってたような、いかにも頑丈そうな連中。
俳諧が趣味としているような文人では、
ちょっと大声で威嚇しただけでもすくみ上がると心得ているような、
そういう意味での場数は十分踏んでいそうな面々であり。

 「ぶ、無礼であるぞ。
  こちらのお方は、さるお武家の宗家筆頭、」

ひのふのと数えるにも間がかかる、十人でこぼこという頭数に取り巻かれ、
お供の青年が、ややとほんと間延びした面差しをさすがに青くして、
それでも主人を庇うように前に出つつ、そんな言いようで牽制をしたものの、

 「ああそうかい、お武家様なのかい。」
 「それにしちゃあ、
  腰の太刀がいやに重たそうだがなぁ。」
 「ちゃんと自力でぶん回せるのを借りて来たのかい?」

やはり“どうせお飾りなんだろ?”と決めつけているらしく、
わざわざ言われずとも そんな把握と判るよな
賊らの へらへらにやにやとした態度は、
それこそ慣れのない一般の文人や商人などなら、
それだけでも萎縮させるに十分な威圧となっただろう乱暴な横柄さ。

 「旅の空で持ち合わせが無いなら無いで、
  二代目でも若旦那へでも手紙を書いてもらうまで。」

次の宿場には早亀の店もあるから、
電信には負けるが飛脚を飛ばせると続け、

 「それとも、
  何ならお前様が届けに帰ってくれるかい?」

主人への忠義はご立派だが、腰が引けてるぞ、おいと、
揶揄するように言って、
身を乗り出し、ちょいとおでこをつつきにかかる手合いもあり。
がらがらとした声で がははという攻勢たっぷりの笑い声を上げるに至り、
食いつかれるとでも思うたか、
ひぃと肩をすぼめる供の青年だったのへ、

 「…致し方ない。」

やれやれという吐息をついた、宗匠姿の御主殿。
束ねもせぬ深色の髪を、広い背中へ流す総髪にした態も、
いかにも聡明賢人風のこしらえでござったが。
やや非力な供の怯えようを哀れと思うたか、
主人としてのお返事を示そうということならしく。
だがだが、

 “お…?”

無頼の連中が“どうせお飾りよ”と決めてかかった
腰に据えたる大太刀の把に手を伸ばし、
鯉口挟んで両手で握り込んだのが、意外や意外。
一縷の迷いもない、むしろ堂に入った所作態度であったし、
大ぶりの手は、小袖の袖口に半分隠れている分には
それほど目立ちもせなんだ筈が、
随分と代わった意匠の把をぐっと掴んだその力強さは、
どうしてどうして、なかなかに頼もしい。
しかも、

  単なるお守り、実際には抜いたことなぞなかろうよ、と

勝手な見得(けんとく)で決めてかかっていたものが、
なんて力みもしないで すらりと引き出されの、
やはり手慣れた様子で手首を返し、
宙にギラリと銀の輪を描き、
ぐるんと切っ先を大きく回した末に、
ちゃり…と鍔を鳴らしもって中段に身構えた、
その座りのよさと来たら、

 “お、おいおい、これって…。”
 “ちょっと待てよ、どこが素人。”

例えば、少しほど譲って、
ようよう見やれば 彫の深い面差しの
男ぶりもなかなかに良い偉丈夫なところから、

 “もしかして 剣を使いこなす芸人あがりの壮年だとか…?”

などという、悪あがきにも似た無難な言い訳を
自分へ言い聞かせようとしたクチもいたようだけれど。

 「いかがした。
  儂とこやつと、
  脅しすかして言いなりにしたかったのではないのか?」

 「う…。」

響きのいいお声も存在感に満ち満ちた、
何とも重厚な雰囲気を
いつの間にやら総身へまといつけたる不敵な御仁。
鞘に収まって腰にあったうちはそれほどとも思わなかったが、
こうして引き抜かれた太刀までも、
それを手にして構える存在の覇気のせいもあってか、
随分と躍動して見えるから恐ろしく。
想いもよらぬ展開へ、息を飲んで動けぬ輩を尻目に、

  宙を軽やかにピョンと撥ねたその切っ先の先で

ひらりと舞い降りて来ていたやや大きめの堅い木葉が、
まずは 何もないそこへ貼りついたようにひたりと止まり。
次に、さくと刻まれたらしい“逆への字”を描かれて、
上と下へ別々に分かれて舞ってゆく。
手首をそれは小さく振るっただけという、
最低限の動作だけでそれを成したということが、
途轍もない達人である証明となるのは明白で。

 「ひえ…。」
 「嘘だろ、おい。」

そこは こういう修羅場の瀬踏みが出来ねば
長生き出来ない世界の住人だからこそだろう、
きっちりと読み取った上で、
ひょえ〜〜っと息を飲んでしまったところへ、

 「このまま取り囲まれているばかりでは埒が明かぬし、
  まさかに大人しく連れ去られる訳にも行かぬでな。」

この街道筋で頻繁に
分限者ばかりが攫われると聞いての張り込みのようなもの。
婦女子が攫われるなら女衒の仕業、
飛脚が狙われるのは手形が目当てと察しもつくが、
通りすがりの相手を、難無く力づくで連れ去って、
自宅や息子に譲った店などへ、
助けを請う旨の文を書かせるという強引さ。
しかも誘拐にはありがちなことながら、
顔を知られたのでと、人質をそのまま殺める非道も稀じゃあないと来て、
物見遊山の客で潤う街道がこれでは寂れるとの悲鳴に、
相手を釣り出すためのオトリ、
一見 人数でかかれば苦もなく取り囲めそうな物腰の、
それなりの分限者風の隠居に化けたのが、
言わずと知れた“褐白金紅”の片割れ、
特に凝って化けずとも
そのまま 学者のような枯れた聡明さを醸せる、
壮年の勘兵衛であり。
騒ぎの中心となったこの場から早急に人払いをしての さて。

 「このまま大人しく縛(ばく)につけ。」

今度は容赦なくそちらを刻むぞと、切っ先ちゃきりと据え直し、
腰の安定感も玄人達人のそれにて身構え直した壮年を、
忌々しいと睨み据え、

 「しゃらくせぇっ!」

鞘をどこぞかへ放り投げるように ぶんと振り抜き、
返す所作にて 壮年目がけ、
横薙ぎに太刀の切っ先浴びせかかったは、
こういう荒ごとの先鋒専任なのだろう、
風貌もガタイも一番目立つ 入道頭の大男。
膝までしかない下馬に、
腰にやっと届いているよな丈の着物をまとい、
その袖が短いのは身動き優先としたからかと思わせたほど、
一気に駆けて間合いを詰めると、
勘兵衛よりずんと大きな身の丈に宿る、
渾身の力を振るったのであろうが。

 「…っ。」

蓬髪の壮年殿が 体の前に真っ直ぐ構えていたはずの剛の太刀。
それは柔らかな動きでくりんと切っ先を動かすと、
自身へ向けられたデタラメな太刀筋をあっさり読み拾い、
飛び込んで来た刀の切っ先、ひょいと合わせたそのまま釣り込み、
頭上へ持ち上げた刀で軽々と、
剣に乗ってた力ごと受け流してのくりくりっと翻弄しつつ、
すれ違ったそのまま、
街道わきの土手の下へ それゆけと押し出してしまったから、

 「…今のは。」
 「何がどうした。カンタ、何してんだお前。」

何をあっさり躱されてんだ、それどころか投げ飛ばされてね?と、
神憑りな手妻でも、見せられたような気がしたらしい
残りの面々が心からの呆気に取られる。
文字通りの何が何やらと呆然自失。
しかも、そこへと何処からか、

  ひゅんっ、と

飛び込んで来た弾丸のような影一つ。
どれほどのこと、全身が刃物だったものなやら、
飛び込んで来た側にいた面々が、
ほぼ全員 ぎゃあと背をのけ反らせ、次々に倒れ伏したは
正しく悪夢というより他はなく。

 「ややや、久蔵殿。」
 「おお、突入の手勢が揃うたか。」

どれほどの頭数の一味かも不明で、
付近を行き交う無辜の旅人に とばっちりがゆかぬよう、
野次馬も含め全て退かせてからでなけりゃあ本格的には畳めぬと。
オトリの役目は、ただ単に標的となるのみならず、
現場規制を気づかれぬようにすることまでもが含まれており。
そういった時間稼ぎも考慮した上で、
勘兵衛の連れへ白羽の矢が立ったのが、
彼らに馴染み深い、中堅どころの役人、中司だったという運び。

 『……。』

相変わらずに口数が少ない“本来の連れ”殿が、
作戦の刷り合わせにて何か言いたげだった気配は、
連れ合いの勘兵衛でなくとも
何とはなく…いやさ、結構な重圧つきで察せられたほどだったのに、

 『そうでしょうとも。
  そもそも、あれって時々 困ってたんですよね。
  全員を仕留めてしまわれると、
  下手人の素性さえ曖昧に記さにゃならぬので、
  どうにも調書が偏ってしまって。』

問答無用とするほど腕の差が逼迫しているものでなし、
当て身で伸してくださいと注意しといても、
人事不省から目を覚ますまでに1週間とかかる容赦のなさで…と。
肩をすくめて“やれやれ困ったお人だ”なんて、

 『ご本人を前にして言い切れるなんて、』
 『中司、恐るべし…。』

そういう意味からだけ、役人仲間の皆様から一目置かれていると、
果たして本人はどこまで気づいているのやら。(う〜ん)
度胸があるというより、向こう見ず…。(笑)

 「島田。」
 「うむ、一人くらいは居残せよ。」

ここまでお預けを食ってた、手加減知らずな相方も駆けつけて。
お仕置きとはいえ、せっかくの錦の景色が穢れぬ程度にしてくださいねと、
後から駆けつけた捕り方の面々の祈りがどう届くものか。
軽く背と背を合わせたのも一瞬、それぞれの得物を手に構え、
取り巻く賊らの刃の盾へ飛び込んでゆく、
それは頼もしき賞金稼ぎのお二人であった。





    〜Fine〜  14.10.24.


  *この程度の級の相手では、
   それこそ 十人越えてる頭数であろうと、
   どちらか一人でも余裕で殲滅出来ますが。
   周囲への側杖を食わせていてはいけないし、
   悪い評判を残すのも不味いという条件つきの代物だけに。
   こういう顔合わせで仕組んでみた軍師様だったようでございます。
   …つか、発案者はお役人の側の方々だったのかもですね。
   勘兵衛様が案じたならば、もっとスマートに片付けたはずですが、

   「なんの、
    はっきりと誰が誰に畳まれたかを喧伝するも
    今後の治安を考えれば重要だからの。」

   「……?」

   まだまだ防犯という観念は
   育ってない紅胡蝶様なようでございます。(う〜ん)

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