錦景 冴え映えて
(お侍 習作 213)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 




秋の深まりはそのまま冬が近づくことでもあって。
朝晩が徐々に冷え込むようになり、
木々が色づき、小鳥の立てる声が鋭く響けば、
それもまた 風や空気の冴えようが張り詰めて来た証し。
まだまだ息が白くなるほどではないけれど、
そのうち この冴えた空気が刃のような凍てつく代物へ変貌し、
あらわにした頬や耳朶なぞへ
容赦なく斬りつけて来るのも そう遠くはないなと
下働きの少女なぞは、水仕事がつらい季節へ思いが至る。

 “あ…。”

だがだが、そんな憂鬱も あっと言う間に掻き消えてしまう。
だって今日は、お店(たな)のお嬢様の輿入れの日だから。
まだ幼い年頃の 末のお嬢様が、そりゃあ愛らしい振り袖姿で
襦袢の赤い蹴出しをちらちらさせるお転婆っぷりで、
何とはなく浮き立った空気にあおられたか、店中を駆け回っていらしたが。
それも今は影さえ残さず、お澄ましの陰へと押し込められていて。
丁稚の坊やが何度も何度も掃き清め、それはそれは綺麗にされた店の前、
まずはと出て来て、小さな手で緋色の紙吹雪をパッと散らし、
花嫁御寮の行く道を清めれば。
それへ続いて 傍つきに手を引かれ、
開いた扇を向かい合わせたような形に
真ん中はくっつけたまま ゆったり布を垂らして左右へ振り分けた格好の
屋号の紋が白く抜かれた濃紺の大暖簾をくぐり。
綿帽子という真っ白なかづきに頭とお顔を覆い隠し、
純白の打ち掛けの合わせ辺りを、
おしろいを塗らずとも真っ白な手で ちょいと摘まんで。
用心しいしい、とはいえ 晴れがましさへの含羞みにか、
僅かに覗く 紅に濡れた口許を軽く噛みしめて。
今日本日の主役が、厳かな足取りで店の前へと出て来られる。
途端に、ご近所の皆々様からはおおという感嘆の声が漏れ、

 「まあまあ、立派になられてまあ。」
 「ほんに。この町内の小町娘だったもんねぇ。」
 「お輿入れ先も いいご縁だっていうじゃないか。」

初々しい中にも、厳粛な風情をしっくりと身にまとい。
花嫁としての衣装の純白に負けぬ、それは色白な手を取られ、
店が面している通りをしずしず進めば、
先へ待たせてあったは、大きな二輪に黒塗りの立派な人力車。
細かい砂利の敷かれた道へ、恭しくも片膝ついて待っていた車夫は、
よその殿御が直接お顔を見てはならぬ風習からだろ、
綾藺笠と呼ばれる小さな笠を頭に載せていて。
うつむいているから尚のこと、その風貌は見えないが、
がっしりと頼もしい四肢をしていて。
お付きに手伝われて乗り込む嫁御には見もせず触れもせずながら、
棹をさりげなく押さえて支えたり、
やや斜めの席なのを、
座る所作に合わせてそおと加減をしつつ倒したりの手際もなめらかなら、
さあと先導の仲人が乗る別の車が動き出すのへ付き従い、
すっくと立った所作も切れがよく、駆け出すまでの段取りも何とも鮮やか。

 「あれまあ、あの車夫は ここいらでは見かけぬお人だねぇ。」
 「おめでたいときだけの雇われじゃあないのかねぇ。」

婚儀や神事のときしか呼ばれぬ役柄。
それもこうまでの格式あるそれでもなけりゃあ
わざわざ仕立てるお家も少なくなりつつあるからねぇと、
見物に出て来た女将さんたちが見送って。
さて、どんな祝いのおすそ分けが届けられるものかと、
こちら、送り出した側の話題としては そんなもの。
大きなお店から送り出された花嫁を慕ってか、
小屋根が庇のようについた塀の上、少しほど覗いていた庭木の楓が、
どうか幸せになりなねと手を振るように、
赤く染まった手を揺らしておいで。
そんな囁きを乗せたそれか、
さあっと吹いた秋風が追いついて、
うつむいたままの花嫁の横顔をひやりとくすぐる。
すべらかな頬は真っ白で、形よく紅を指した口許がいや映えており。
軽快な走りが、それでも怖いか、
席の両側、くるんと巡る手摺りへ小さな手を載せておいで。
甲は抜けるように白い肌だが、
指先のほのかな緋色がハスの花の蕾のようで何とも可憐。
さぞかし緊張しきりであろう、
でもでも新しい生活に様々な夢を抱いてもおろうと、
もう片やの手で胸元押さえる所作から窺えて。
軽快に駆けてゆく二台の車へは、
通りすがりの人々も あれ目出度やと視線を向けるが、
颯爽とした足取りには追って来る酔狂もおらずで。
やがて町外れへと差しかかり、その先にある船着き場から、
嫁ぎ先の隣町までを渡ることになっている段取りを、

 「ようも調べたものよの、お主ら。」

こちらで先んじて待っていた、
乳母や仲人の夫人などなど一同が
そわそわしつつ嫁御が来るだろうほうを見やるのを、
これまた少し離れて見やる一団。
枯れてカラカラと乾いた音を立てて鳴る茅の茂みの中へ、
結構 無難に紛れていたのは、
いやに殺気立った若いのが幾たりかと、
ややくたびれて酒やけした赤ら顔、いかにもな無頼者らという珍妙な顔触れで。
これでも息をひそめて身を隠していたらしく、
だというのに見抜かれたのが意外だったか、
ギョッとして周囲を見回せば、

 「…ヒッ!」

その中の一人の鼻先へ、銀色に濡れた切っ先がひたりと寄り添い、

 「な…っ。」

そんな彼を遠巻きにして、周囲の面々が身を後ずさらせる。
予定外の何者かという顔が、
いつの間に しかもこんな内側に紛れていたことへの驚きへだろう、

 「な、何奴っ!」

若い衆らは腰に手をやり
次々に太刀を抜き放つ立ち居の鋭さからして、
多少は刀の扱いに覚えのある顔触れであるらしく。
片や、

 「お、おいおい。相手を確かめてからじゃねぇと。」

役人だったら あんたらがどんな筋の者でもお縄になんぞと、
慌てたように助言するのが無頼の輩だというのが、何だか珍妙な順番で。

 「世慣れていない連中か。
  どこぞかの道場の 若いのというところかの。」

こちらも茅へ紛れる迷彩にでもしたものか、
深編笠を目深にかぶっておいでのその人物が、
響きの良いお声でそうと問い。
図星であったか、周囲の者共がますますのこと身をこわばらせた気配を察し、
ふっと息をついたは、ついつい鼻先で笑ったのだろう。

 「輿入れの日に嫁御を攫えとは、何とも非常識な話だが。
  それへ従う主らもまた、尋常ではない奴輩よの。」

 「うるさいわっ、何も知らぬ素浪人が偉そうにっ。」

そちらも長々とした砂防服の陰、腰の辺りへ
大太刀を一本だけ差していたのを見て取って、

 「ここいらの領地を治むる、
  多賀佐井家の御子息の寵を袖にして、許さるると思うてか。」

その多賀佐井とかいう旧家に仕官する者らは、
大太刀と脇差しと、二本を差すのが習いであるらしく。
そうでない相手、流れ者の浪人と決めつけ、
恐れるに足らぬと気勢を盛り返した一人、
恐らくはこの連中の首謀格らしかったのが息巻いて見せたものの。

 「はて。多賀佐井といえば、様々な商家へ多大な借財を抱え、
  もはや虫の息のご一家とも訊いておるがの。」

それでも清貧を通しての、
いっそ潔い暮らしようをなさっておればともかく。
家の格ばかりを偉ぶる次男だか三男だかが暴れ者過ぎて、
当主様もほとほと手を焼いてござるとか。

 「金さえあればと目が眩み、
  誰ぞに入れ知恵されて、危ない騒ぎを起こさねばいいがと、」

そうと滔々と語りつつ、最初に刃を添わせた無頼、
大柄で肩やら背やらも屈強なのを、
ほんの瞬時に刃と峰を入れ替えた太刀にて押しやり、
とんと突き飛ばして人垣へ追いやれば、

 「ぎゃあっ、斬られたっ!」

勘違いしたままの男がひいと震え持って強引に後じさり、
その勢いに押されて、そちら側にいた面々が総倒れとなってしまい。
それを見届けるまでもなく、太刀をぶんと振り切って、
チャキリとまたまた太刀を持ち替え。
逆方向から飛び掛かって来た、これは武家の若いのだろう、
腕押しばかりの太刀を がっきと鍔近くで受け止めると、
睨み据えてくる視線にこちらも目線を合わせたそのまま、
澄まし顔のままで…相手の脛を横へと蹴り払い、

 「うがぁっ!」

不意打ちについつい力が緩んで浮いた太刀、ぐりんと刃を添わせて吊り上げ、
倒れかかった方へ薙ぎ払ってやって、ずでんどうと地べたへ叩き伏せてやり。

 「こいつめ、卑怯な手を…っ。」

 「待ち伏せは違うのか。」

罵倒しかかった別の若いのが、その言葉尻を取られてしまい。
目の前にいる存在からとは思えぬ方向、
自分の後方を 何だなんだと振り返れば、

 「…っ、うわぁっ!」

もう少し男ぶりがよくて鼻筋が通っていたらば、
鼻の先が触れ合っていたようなほどの ほんのすぐの真後ろへ。
一体いつの間にか張り付いていた存在の無表情に、
幽霊でも見たかのように跳ね上がっており。
よほど驚いたか、その手へ刃物を持ってたことも忘れたらしく。
わあと放り投げられた太刀に周囲のお仲間がやはり わあと驚いていたが、

 「…っ。」

その太刀へひゅんっと何かが放り投げられた気配がし。
風を切って飛び立ったその気配が、
実は…その寡黙な御仁がただ腕を振り上げただけだと
気づいた者が果たしていたものか。
カキンともガシャンとも聞こえた金属音のあと、
ぱらばらばらっと降って来たのが、細かく砕かれた金属の雨あられ。

 「ひゃあっ!」
 「眸に、眸に入ったっ!痛てぇっ!」

大騒ぎとなってしまっては、もはや隠れてなんていられぬと、
儲け話にならぬかと見越して入れ知恵したのだろ無頼の輩ら、
真っ先に飛び出した先にて、

 「御用だっ!」

いつの間に取り巻かれていたのやら。
たっつけ袴に短めの羽織といういで立ちの、
州廻りの同心衆らが突き出した武具、
“指叉(さすまた)”に片っ端から取り押さえられ、

 「お主らをどう言って動かしたかは知らぬがな。」

それは飄々と男らを翻弄していた砂防服の男、
深編笠を節の立った大ぶりの手で落ち着いた所作にて脱ぎ去ると、
様々な修羅場を踏み越えて来たことで絞られたそれ、
深みのある鋭角な男ぶりも冴えたる風貌をあらわにし、

 「首謀の次男坊、
  今朝方 父上からとうとう縁切りを言い渡されたからの。
  もはや武家には籍もない勘当息子に
  それでも従う忠義をとやこうは言わぬが。
  そうともなれば、お主らの親御らこそが
  義理を立てる先を怒らせかねぬと困りはせぬかの。」

親不孝と馬鹿息子への追従なぞという迷走と、
二つも人の道から外れるを厭わぬとは、豪気なものよのと。
太刀を鞘へと収めつつ、鼻先で笑って背を向けたのへ、

 「くうっ!」

進退窮まったか、首謀らしいのが憤りに真っ赤に染まった顔のまま、
肩から腕から憤怒に強ばるその腕を、ぶんと堅く脇へと振り抜いて。
もはや棒振り状態の太刀、それでも渾身の力を込めて
憎っくき相手の広い背へ向け、叩きつけんと仕掛かったれど、

 「…っ!?」

そんな卑怯を許しはせぬということか、
ほんの一歩もあったどうかという間合いへ、
スルリと滑り込んだ痩躯があり。
急な乱入へギクリと身が強ばって、
そのまま竦んでしまった程度の覚悟だったのへ、

 「下らぬ。」

冷然と言い放った紅胡蝶。
こちらも既に抜刀していたその太刀を、だが直前にて峰打ちに返し。
片手で真横へ薙ぎ払う、何ともぞんざいな殴り倒しという扱い、
とはいえ、足元からその身が浮くほどの威力を浴びせかけた見事さよ。

 「…っっ!」

あえて描写するなら、はがっと掠れた声を喉奥から絞り出した猛犬が、
あえなくも どうと茅の足元の泥地へ倒れ伏したのを。
飛びすさって避けたお仲間の若い衆らも、
そのまま わあと散り散りに駆け去ってしまい。
何とも情けない、花嫁強奪の仕儀はあっさり頓挫した模様。
捕らえた無頼を番所へ送ったり、
逃げ去った連中の素性を追ったりという後始末に
役人らがばたばた奔走するのをお背に聞きつつ、
視線の方はやや遠い清流へ投げられている壮年の傍らへ。
砂利を踏む音もなぜか聞こえぬ、達人の若いのが歩みを運べば、
気配をしっかと拾うてだろう間合いで、

 「情けをかけるとは珍しいの。」

お髭の壮年がそんな声をば掛けて来て。
娘御を攫おうというよな卑怯愚劣はさておいても、
勘兵衛を斬ろうとするよな のぼせた連中、
百年早いと言わんばかりに、問答無用で斬り捨てるのが常の久蔵が、
わざわざ太刀を翻し、殴りつけるに止まったのが、
それで良しと安堵しつつも 意外なことに違いなく。
何がどうとは絡めず、大雑把な訊きようをしたところ、

 「……。」

勘兵衛が眺める流れを自分もうっそりと眺めやり、

 「色彩の綾は 紅葉で十分ゆえ。」

ぼそりと呟き、伏し目がちなその眼差しが見やった先で。
濃色ゆえに鏡のような水の表へすべり出す、
刳り彫り作りだろう、素朴な木舟が一艘あって。
川べりに居並ぶ紅葉の錦が、
高く低く出鱈目に降ろされた幕のようであり。
そんな中をなめらかに泳ぎだした木舟には、
水の表にも白く映えたる、綿帽子の花嫁御寮が座ってなさり。
誰かを守る仕事は特に珍しいことじゃあなかったが、
自主的にその本旨を意識してのこと、
せっかくの無垢な白なのに、
詰まらぬ輩の立てる埃や血しぶきで汚すことはなかろと、
思ったらしい久蔵なのへ、

 “……ほほお。”

心持ちにゆとりが出来たのか、
いやいや余裕なら前から持ってた彼ゆえに、
そこへと尚の何かしら、新たな袖斗が生まれつつあるものか。
周囲にあふるる赤や黄色、木々の紅葉が織り成す錦の中、
以前であれば、意識する前から気配を消してのこと
埋もれてしまっていただろう存在が、
今はそれらを従えるよにして 堂々息づいているように見えさえし。
そんな連れ合い様の冴えたお顔を、肩越しに見やりつつ、
こそりと頬笑んだ壮年殿の横顔もまた、
白夜叉と呼ばれし殺伐さは見受けられず。
広い背中と、そこへ降ろされた深色の髪が、
ただただ晩秋の陽に暖められてござったそうな。





   〜Fine〜  14.11.23.


  *夫婦の日に何かと思って手をつけ始めたのですが、
   やはりというか…世間様は連休だというに
   週末に思い切りバタバタさせられてしまい、
   しっかりと時機も外した、何だかな代物となっちゃった次第です。
   花嫁御寮や車夫のどっちかへ
   誰かさんたちが扮装しているのではと
   慣れた方々に思われることが見越されましたので(笑)、
   残念でしたと持ってったところ、
   結局は無為で初心な流れになってる辺り…。
   じたばたしただけ見苦しかったですかね。(とほほ)

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