桜花の如くに
(お侍 習作 214)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



春は名のみのと歌われる時期はさすがに越えた。
陽も長くなったし、空の青も軽やかになり、
そうともなれば、
そこに相応しい可憐な花々も順次お目見えする頃合いで。
地を覆う雪の切れ間から顔を覗かせる
柔らかな色合いの小花たちもそれなり健気だが、
この大陸の春の使者と言えば、
淡い緋白も優しく、それでいて圧倒的な存在感を醸す、
桜花の群生に他ならず。
川沿いや街道沿いに延々と連なる並木や、
山野辺に低く高く配されたそれぞれが
それはあでやかな幕を織り成す様も見事だし。
はたまた、樹齢を重ねた大木が、
その枝々にみっちりと分厚い花の房をまとわせ、
いづれ名のある一本桜が泰然と佇む姿もまた、
見ごたえがあっての素晴らしく。

 「…っ。」

ただそこに在るだけで自らは動けず、
妖しい文言を紡ぐでもなく、香りだってそれほど強くはなくて。
やさしくそよぐ風にあっさり揺れるほど、
か弱く可憐な存在のはずが、
人の眸や意識をそれは容易く奪って離さぬから不思議。
そして、

 「く…っ。」

そんな桜花の織り成す淡色の陣幕の前、
背条を延ばして立つとある存在に
無言のまま圧倒されている一団がいる。
その彼もまた、
見るからに屈強で大きな いかつい肢体の雄でもなければ、
視線で触れるのも恐ろしい、
やたらと威嚇的な 揮発性の高そうな性でもなさげ。
むしろそんな輩とは正反対、
ただただ寡黙で、無駄に動きもしないまま。
しかも若木のような嫋やかな痩躯をした、
骨太なお武家様というよりも、
売り出しの役者のような風貌をした青年だのに。
そうとしか見えない存在が、真っ直ぐ延ばした細身の太刀、
その切っ先についと指された存在が、
まるで金縛りにでもあったよに、
びくとも動けずにいるのが また不思議。
痩躯に見合った若々しき顔容は、
頬骨も立たぬするんとした細おもて。
だがだが、ようよう見やればその双眸は
玻璃のように透明な中、
深みのある紅の宝珠が冴えた色合いを呈していて。
見ようによっては鬼気迫る凄味さえ孕んで恐ろしく。
淡色の花々が覆う、いかにもな春の風景の中、
足元まであろう裾が時折たなびく真っ赤な衣紋がまた、
芝居がかった装いに見えつつ、
それと同時に…彼がこの世のものではないかのような、
嘘寒い存在のように見せてもいて。

 「…褐白金紅、か?」

春の訪れに沸く近隣の里や村を騒がせて、
ささやかながらも祭りを構えるところへ乱入しては、
見目のいい娘らを攫ってやるべと構えた賊ら。
だがだが、奉納の神事が催されるのだろ境内へ至る直前の森の中、
こんな山里には勿体ないほど豪奢に咲き乱れる、
歳経た桜の主でもあるものか、
金の髪に色白な肌した不思議な存在、
きりりと冴えた面差しをし、
切れのいい所作には一分の隙もないままに、
双刀構えし存在が、彼らの前へと立ち塞がったのであり。
一見しただけでは恐持てという風情でもない青年一人、
何だ旅芸人かと決めつけて、邪魔だと蹴散らしかかったが、
突っ込んだ先鋒があっさり伸された。
何をどうされたのかも判らぬ素早さで、
脇の桜に叩きつけられ、ずるりと地へ落ちた若いのは、
仰向いた顔が白眸を剥いて泡を吹いており。
何だなんだと焦った後陣、
息を飲むとそれぞれに立ち止まり、各々で得物を抜いたれど、

 「…っ、てめっ。」

最初の奴は不意打ち食らっただけだろと、
高をくくって飛び込んだ二番手が、だが、

 「はぐっ!」

今度は背に負うていた刀を抜いたのが判ったものの。
それをどうやったら、
こうまで短い間合いへ飛び込んだ相手へ連打出来たか、
胴打ちで跳ね上げられた太刀の下、
掻いくぐった二番目の切っ先が
宙を左右のバッテンに交差したのが間違いなく見て取れて。

 「く…。」
 「こ、こいつっ。」

最初の立ち位置からじりとも動かず、
なのに、どこからどう突っ込んだとしても、
あるいは避けて擦り抜けんと構えても、
きっとその切っ先が届くだろうと、
事の前から伝わって来る恐ろしさよ。

 これは本物の剣豪だ
 この風貌は、待てよ確か
 噂に聞く凄腕の賞金稼ぎ“褐白金紅”の片割れと
 そっくりそのままではないかいな、と

気づいた端から震え上がり、
誰からともなく後じさっての、
じりじりと逃げ腰になった一団だったが、

 「そうは行かぬぞ、皆の衆。」

里への突進、防がれたそのまま、
微妙な睨み合いとなった隙を突き、
向背を固めていた陣営は、言わずと知れた自治州廻りの役人ら。
揃いの袷に綾藺笠、武装の具足も雄々しく備えた男衆に、
取り囲まれては もういけない。
安穏な里にてのかどあかしを企んだ一味、
あっさり御用と相成った一幕だったのでありました。





  ……………で。



山野辺の小さな里にては、無事に春の神事が催され。
北領に間近い土地柄からか、
東や西の都では そろそろ終わりの桜も今が盛り。
役人らとの申し送りもてきぱき済ませ、
次の宿を目指して早くも発った老若の二人連れ。
街道沿いの桜花の並木についつい眸を奪われてしまうか、
普段なら何の感慨もないまま
ただ すたすたと歩むのが常の久蔵のその足が、
随分とやわらかな歩調だと気づいた壮年殿。

 「…茶を頼む。」
 「あいな。」

途中の茶屋で足を止めると、
少し咲きをゆく連れを“来い来い”と呼び招き、
朝餉の代わりにと、茶や甘いものを口にすることにして。
赤い毛氈の敷かれた床几にも、
緋色の花びらはひらはらと降り落ちての印象深く。
この季節には他にも客が多いのか、
店先に出された大きなせいろから
蒸したての饅頭を器用にも長箸でつまみ出した女将さん、
そりゃあ まろやかな笑顔で丁寧に盆を運んでおいで。

 「この街道は、これからが見ごろかの?」

いかにも矍鑠とし、
彫の深い男ぶりしたお武家様からそう訊かれ、
へえと愛想よく応じてから、

 「南からこう、ゆるりと上がって来た花が、
  この道を通って北のお山へも上がってゆきますので。」

向こうからこっちと、片袖の袂を押さえながら大きく示す様子が
ちょっぴり優雅な踊りのようにも見えて。
さようかと ほこり、勘兵衛が微笑って見せれば、

 「……。」

何を思うたか、饅頭を頬張りかけていた若いのが、
まだ端を咥えただけなのに、
何が不服か、その薄い頬をやや膨らませるのが正直なもの。
むうと眇めた視線は だが、
頭上の桜をみやるとすぐにも和むのが他愛なく。

 『久蔵殿も、すっかりと絆されましたよねぇ。』

花や風の香りといったもの、
怪しい何かの気配を際立たせる以外に関心なぞなかったはずが。
この頃では そのようなささやかな存在へ
視線や意識を誘われもするし、
最近なぞ ジンチョウゲの香りを覚えていたようで、
宿の生け垣に咲いているのを捜し当てたりもしたとのこと。
それを勘兵衛から聞いた七郎次、
あらまあと綺麗な目許を品よく見開いてから、
そのまま優しく笑み崩れ、そんな一言を嬉しそうに口にしたのだが、

 「…見ほれるのは何故だろう。」

視線は桜の梢に据えたまま、
紅眸白皙、美貌の剣豪が、淡々とした言いようで呟いて。
七郎次は絆され こなれたのだと言ったが、
どうしてどうして当の本人様にしてみれば、
もっとずっと幼い和子のよに、
自身の感じようにさえ、何で どうしてと不可解である模様。
何と声を出すでなし、そこにあるだけの花なのに、
視線が吸い込まれるようになり、
いつまでも飽かず眺めていたくなるのが不思議と。
素直に小首を傾げる彼へ、

 「そうさな。」

勘兵衛もまた、さほどに風流な身でなし、
何と言ったらいいものかと、文言に困りつつ。
凛とした連れの横顔に
視線を据えたままの自身の想いを
伝えればいいのだろうか、
されどそれでは、
結句、怪訝な顔をするばかりの久蔵ではなかろうかと、
我ことだのに苦笑が絶えぬ壮年殿だったりし。

 「…島田?」

大概のことへは、
こちらへ通じようが通じまいが、応じてくれる物知りが
うんともすんとも言わないのへと、
さすがに不審を覚えたか。
どうかしたかと視線を向けてまで来たものだから、

 「いやなに。」

白い砂防服の袖ごと、大ぶりの手を口元へ添え、
んんんっと
もっともらしくも咳払いの真似ごとをして見せてから、

 「素直に魅了されておればいいのだ。」

 「??」

桜花の佇まいも、満天の星も、
漆黒の夜空に冴える望月の影も。
風にさざめく草原も、
秋の夕陽が織り成す茜の空の絶景も。
心奪われてしまう見事な存在であり風景であり。
そういった麗しさを指して、魔性だ蠱惑だと言うむきもあるが、

 “…単なる負け惜しみなのかも知れぬな。”

飲まれた自分を正当化したいか、
若しくは、
誰しもを魅了する存在への負けを認めたくはないものか。
桜の華やかで嫋やかな佇まいへ
自身も視線を向けながら、
くすぐったそうに苦笑を浮かべた勘兵衛へ、

 「………。」

また誤魔化したなと言いたげに、
やはり頬を膨らませる若き剣豪様だったりする、
静かで朗らかな春の一幕…。




   〜Fine〜  15.04.12.



  *北の地ではこれからが桜の本番ですね。
   この春は、こちらでも何だかあっと言う間の桜だったので
   じっくり堪能出来るなんて うらやましい限りです。

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