秋しんしん 
(お侍 習作 216)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



暑いのは苦手だが、寒いのは堪えない。
大気圏の限界すれすれというような高度で、
滑空する斬艦刀の機外という危険な場所に在し。
肺腑が内側から凍りそうな極寒に直にさらされながら、
命を張った太刀捌きをこなしていたからでもあろうし。
そこへと加えて、生まれた土地が北嶺の雪深い里だったため、
寒さへの慣れがあったし、さして苦にも思わなかった。
防寒の仕方を知っていたという方向ではなく、
意識が冴えて都合がいいと
至って無感覚でいられたことが由縁したものか。
凍るような環境下だからといって、
体が固まって動かなくなるというような無様にも縁がなく。

 だからこそ 生き延びられて今ここに在るのであって

足元には早々と冬枯れが始まっているらしい亜麻色の枯れ草。
夏場はさぞかし鬱蒼としていたのだろうが、
今は何とか葉を残すかどうかという様となった木立が
雑然と連なる林の中へと分け入って、
目的の地である山麓の里へ北上中の、褐白金紅の二人連れ。
冬場に北へ向かうのはいつもの習い。
秋の収穫を狙われる山村や、そこから山裾へと至る道程が、
つまらぬ山賊らの横行で きな臭くなるのが常道なので
まずはそういった輩をきっちりと蹴散らし、
弱者を狙って濡れ手に粟なぞという目論見なぞ、
他所では知らぬがこの国じゃあ通用せぬのだと刷り込んでおきたい彼なのか。
依頼がある前から冬支度をし、
路程もこちらへのそれを選ぶ勘兵衛なのも通例となりつつあって。

 「……。」

とはいえ、それほど使命感に燃えているようでもなく。
錦景に気がつけば、そこで地蔵にでもなるつもりかと思えるほど長々と、
広大な眺望を余さず堪能してみたりもする。
足元からいきなり切り立つような、
そりゃあ危険な崖の縁に危なげない態度で立ち、
何にどう感嘆しているものか、さほど表情豊かという性でもない壮年が、
意外なほど繊細な稜線に縁どられている横顔をこちらへと晒し始めると、

 「…。」

以前なら、待たされても特に何をか感じるでもなくて、
気が長い方ではないながら、付き合いよく気が済むまで待っていた。
風光明媚とかいうものへは関心もなく、
風の音だの獣の気配だの、稀に誰ぞが行き来するような匂いなぞを拾えば、
周囲の様子を探りにと軽く一回りを敢行することもあったほどだったが、

 「…。」

これまではどんな風雪の只中で寒かろうと豪雨に打たれて冷たかろうと、
一人たたずむ役回りであれ 何も感じたりしなかった。
その破壊力を買われて単独行が多かった名残り、
全方向への注意を払うのが自然な身となり。
何となればそんな哨戒に都合のいい、
眩暈がしそうなほどの高さを呈す樹木の頂上に、
気配を消したまま立っていたりもしたほどで。
気づかれれば あまりにあっけらかんとその身を晒している格好、
指導役だった兵庫によくこの阿呆と罵られもしたが、
どこから来るにせよ相手もその気配を隠しようがないじゃあないかと、
言いはしないながらそんな自分なりの理屈から
そんな無茶な布陣でも 無理も破綻もなくこなせており。
もののふとしての生き方しか出来ぬ、端的な事例だと、
幼くして所属していた軍でも異端視されていたほどで。
それも端的な言いようになるが、今こうして無事に生きているのだからと、
自分には相応なそれであり、
改善とか、ましてや反省とか構えるつもりなぞ欠片もない久蔵だったのだけれども。

 「……。」

どうしてだろうか、こ奴といると、
その姿へ視線をやらずにおれなくなったし、
このごろでは眺めたそのあと 傍へ寄りたくなってしまう。

 「? 如何した?」

今も、北へと向かう道中であったのに、
木々の隙間から覗く渓谷の向こうの山の枯れた風景と、
それを彩る紅葉の錦景に気づいたそのまま、
布の多い砂防服をわさわさひるがえして
切り立っていることで開けたところまでを伸していった勘兵衛。
そのまま壮大緻密な眺望を、感に堪えたように眺めておいで。
何がどうと口にするでもないのもいつものことであり、
鮮やかに色づいた楓の梢を飽かず見上げていた精悍な横顔を、
こちらも足を止めたそのまま、ただただ見やっていたのだけれど。
不意に吹き付けた風にほんのかすかながら肩をすくめたようだったの、
おっと素早く気付いたそのまま、
足元に何層もうずもれた枯葉をかさとも鳴らさず、
足を速めて間近までを歩み寄っており。
そんな自分の行動へ、どうかしたのかと視線を巡らせてみた勘兵衛だったのへ、

 「…。」

しばし、じいと凍ったままのような玻璃の双眸を向けていた久蔵、
ややあって、襟元や胸元に重なっている布をぐいと掴み取り、
気持ち、こちらへと引き寄せながら。
実際は相変わらずに安定のいい足腰が揺らぐはずもないままな、
それは頑健な相手の懐へ、
こちらから身を寄せると上着部分の中へとすべり込み、
自身の背中で頼もしい腕が回されて、この空間を閉ざす気配、
小さな吐息をつきつつ感じ取る。

 「寒うなったか、すまなんだな。」
 「…違う。」

あやすように背を撫でる大きな手のひらも、
頬をくっつけた堅い胸板から直に響く深みのある声も心地いい。
見栄え風貌も気に入りだが、
目を閉じて感じ入る 匂いや温みも何もかも、
手放せぬほどの執着心を植え付けた憎い奴が、
そんな自覚も勿論ないまま、甘えろ甘えろと甘やかすのが面憎い。
型破りだの奇天烈だのと言われもしたが、
本人にすれば、何のひねりもない単純明快、
桁外れに強いからこその、彼なりの単刀直入で振る舞っていてよかったはずが、
この壮年と出会ってからこっち、剣戟にも巧緻が必要となっての胸躍り。
今は今で、何てことないはずだが彼にすれば異例の接触、
こんなまで密着することで心が和むのが、ちょっとばかり口惜しくてならず。
それでもかすかに口角が上がっておいでの、
単純なのだか複雑なのだか、
正しく微妙な心持ちの紅胡蝶殿だったようでございます。





   〜Fine〜  15.10.29.


 *憎い奴と打とうとして“温い奴”と変換され、
  ぷっと独り吹いてしまった、甘甘な文章でございます。
  サムライなのはこっちの方々ですが、
  大暴れは女子高生たちに任せておけばいいのよという感覚に
  自然となっている辺り…。(おいおい)

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