緑がおおう その前に
  (お侍 習作 218)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


ここいらは大陸の少しほど北寄りで。
山あいほどではないけれど、
それでも冬は深い雪にどこもここもと覆われてしまい、
春を告げる花のいろいろ、
雪割草も梅や桜もずんと遅く訪れる。
とはいえ、暦がこうまで進めば、
それらの使者たちも 盛りはとうに過ぎゆきて。
花の次に萌え始める若葉らが、
発色の良い若緑をまとった梢の先っちょで、
高い高い蒼穹へ届けと背伸びをしているかのよう。
そんな木々の足元では、濃い紫の和蘭が次々咲く中に、

 「おうおう、子供らの出番のようだ。」

こちらの小さな里でも、田も起こしてのその次、
皆で植え付ける稲の苗の生育を待つばかりの頃合いで。
ちょっとだけ手が空くそんな時期、
里の外れの鎮守の社へ、今年の豊作を祈念するいろいろが催され。
体の弱い幼子たちが何とかここまで育ちましたとのお目見え、
愛らしくも華やかに、純白の小袖に袴を揃え、
稚児の装束も初々しく、
同じ年頃の子が皆して舞いを奉納するしきたりがあり。
参道の左右に陣取った大人らが
小袖を透かす絽の羽織も愛くるしい稚児らの行列を待ち受けて。
自慢の我が子・我が孫の晴れ姿を爪先だって探しては、
ほれあれがウチの子ウチの孫と指をさす。

 「さあさ、皆さん舞台のほうへ。」

今日は改まった祈念の日ゆえか、
神主様も とっときの礼装をまとっておられて。
こっちだこっちと導かれた親御らがたどった石畳の先、
境内の社務所の向こう
御神木の銀杏の傍らには、
里の大人らが数日がかりでしつらえられた白木の舞台。
ああ今年もこの時期が来たねぇと、
そりゃあ朗らかにこさえた 春の晴れ舞台であり。
そこに順々に上がった子供らが、
巫女のお姉さんに教わった通り、
手を上げ、鈴を振り、
くるりと回って、も一度しゃんしゃん。
五色の布をひらひら舞わせ、神楽鈴が陽に光って目映い中、
遅咲きの八重の桜が、小ぶりの牡丹のようにほころんでいて。
そんなお花や子供らの小さな手が振る神楽鈴の緒を、
清かな風が時折吹いては ひらひらはためかせていたのだが。

  そんな長閑な催しの裏舞台では
  ほんの小さな小屋一つしか隔ててはないというに
  まるきり別な様相が、冷酷にも展開されていたりする。

子供らの舞いへの神楽を奏でているのは、
こちらの里の若い衆たちだし、
先程皆を案内したのも、間違いなくこの神社の神主様だが。
よしよしと神事の流れを追うてござったその小柄な姿、
影ごとという強引な勢いで
数人がかりで掻っ攫った賊があり。
何をするっと叫びかかった口ごと、顔に頭巾をかぶせられ、
手足を縛られ、あっという間に社務所へ放り込まれてしまわれて。

 「この時期に稚児舞いやら五月女の舞いがあるのは、
  俺らに見立ててくんなましと誘っているようなもんだよな。」

 「おうよ。この里にもなかなか別嬪がおるようだしなぁ。」

がははと下品な笑い声がし、
手入れの行き届いた社務所の板張りの上、
子供らの舞いの後に出番のはずな白拍子姿の娘さんたちが数人ほど、
こちらも後ろ手に縛られて転がされておいで。
どうやらこやつら、ひなびた里から年頃の娘らを片っ端から攫ってっては
にぎやかな街で売り飛ばす算段の狼藉者らであるらしく。
こんな辺境の小さな里ではろくに追っ手もかけられまいと、
勝手に高をくくっての
手荒な力任せな段取りで押しかけて来たらしくって。
舞いの奉納が終わってから振る舞われる
清めのお神酒をやはり勝手に飲みあさり、
いい気分で獲物の娘さんたちを見まわして居たれども。

 そんな輩たちが座り込んでる板の間へ、
 不意に傍らの連子窓から飛び込んで来た物があり。

たんっという小気味のいい音と共に
板の間を叩いた何かしら。
おっ?と気がついた一人が立って行こうとしかかって、だが、
その動きと同じほどぐいと元いたところへ引き戻される。
どうした、もう酔ったのかと揶揄されたが、
そんなはずがないと見やった腰回り、小さな光が見つかって。

 「何だこりゃ。」

柄に籐を巻いた小柄が一本、
ギリギリの狙いを見事に定めた結果として、
賊の一人の擦り切れた綿入れ袷の裾を床板へ縫いつけているではないか。

 「だ、誰だ。」

好意からのもてなしとは到底思えず、
わわっと残りの顔ぶれが弾かれたように立ち上がれば。
自分たちが先程入ってきた木戸が たんっと
やはり軽やかな音たてて外から開き、
赤い衣紋の人影が、風と共にそれは堂々と飛び込んで来た大胆さよ。
何へと怯む様子もない、凍ったような無表情のその存在、
やや前傾姿勢だったのは、すさまじい加速での突進だったからで。
数人ほどでたむろしていた野盗崩れの人さらい連中、
立ち上がったそのまま、触れられもせぬまま
風圧でか はたまた威圧でか、
追い払われる野犬よろしく、後背の勝手口へと追われての出てゆくしかなくて。

 「な…。」
 「なんで、こいつっ。」

自分でもよく判らぬまま、それでも追われて後ずさった面々はだが、
ここまでを手際よく押し込めた自分らの
先鋒を担ってた機甲サムライ、
鋼筒乗りやミミズクと呼ばれる野伏り崩れの仲間らが、
バタバタ倒されているのを目にして、
やっと現状を掬い取り、げぇっと息を飲んでの立ちすくむ。

 「何だ何だ、あいつ州廻りの役人か?」
 「いや、役人たちの手先の賞金稼ぎじゃあないか?」

10年以上前に終わった大戦の後、
大きな都市ほど武装も自衛の法もまとまってはなかった
小さな群や辺境の地を、
近年、それぞれの自警団あがりの役人らが
団結して警邏し、守っていると噂に聞く。

 「ヤカンの胴切りが出来るなんて、
  大戦中に斬艦刀に乗ってた軍人でもないと無理だ。」

 「そういや、噂の“褐白金紅”っていう賞金稼ぎは
  雷電とかいうでっかい機械の侍を、生身の体でぶった切れる凄腕だとか。」

嘘をつけ、そんなことが出来るかよ。
いやホントだって、そこで伸びてる鋼筒乗りの野伏せりが
怖い怖いと肩を震わせて話してたしと、
ぼそぼそと肩を寄で合い、彼らにとっての不吉な話を突き合わせておれば、

 がたたんっ、と

一体どっちが賊なやら、
押し出されたそのまま
追われぬよう、反射的に閉じた木戸が内から揺れたのへ、
ギョッとして跳ね上がり、

 「ちっ。」
 「しゃーない、逃げるぞ。」

守りが薄く見えたのに、別嬪も結構多かったのにと
忌々しそうな顔となりつつ、それでも命あっての物種だと、
踏ん切りはよくての敗走を素早く決める。

 がっちり守っていなかったのは、確かに手配が遅れたからだが、
 鳴り物入りでの追っ手を多数かけなんだのは、
 別な思惑があったせいとも知らないで…



社務所の裏から街道とは反対側の山裾へ向かって、
雑木林と呼ぶには野生の趣きの方が濃い一角があり。
ケヤキだろうか、落葉樹なのが若い葉の茂り始めた
まだまだ若い樹々が数本集まった木立の中。
まるで瞑想でもしてござるものか、
無表情なまま双眸を伏せておいでの壮年のお武家様がいる。
お怒りなわけではないのだろうが、
どれほどの荒波越えて来られた方なのか
頬がややそげている精悍なお顔立ちは、猛禽のような鋭さに引き締まっており。

 「…っ。」

ふと、何かしらを探り当てられたか、
その切れ長の双眸を括目されると、
まだ見えぬ何かを、なのにじっと見据えるように視線を絞り、
腰を落として得物の柄へと大ぶりの手を添える。
無骨な意匠の柄が、だが、その手には随分と相性よく映えており。
がっしと握り込んだそのまま鯉口を切れば、
銀白の光をおびた凶悪な刃が
唯一の主人の手には従順な猛獣のように、
その姿をすらりと現したそのまま、

  ひゅっか、ぎん、と

疾風が渦を撒いてその空間を旋回したような
そんな切迫した気配が、一瞬という刹那の狭間ではぜるように立ち昇る。
陽射しや風への防御力も持つ、
“砂防服”と呼ばれるものだろう、たっぷりした布をまとった壮年殿。
長々伸ばした濃い色の髪ごと、その衣紋を大きくたなびかせ、
大太刀をぶんっと振り抜きて、
やはりまだ何も現れてはない空間を容赦なく引き裂いたらしく。
なにも事情が判らぬまま、一部始終を見ていたものには、
一体どういう独りよがりな舞いだろかと、ただただ怪訝に思えたそれだったが。
すぐ周囲に寄り添う木立には何の障りも与えなかったその一閃、
ケヤキの若い葉をざざんと揺らしたその外側を、
こちらへと駆けてきた一団には、どうやってか襲い掛かったらしくって。

 「え。」
 「ぎゃっっ!」

向こうさんにしてみても、姿の見えない何物かの不意打ちには違いなく。
突然、武装の金物が装束からはじけ飛び、
逃げる手引きにとこちらの裏手で待ってたクチの鋼筒が数機ほど、
無残にも切り裂かれての、搭乗者を放り出す格好、
輪切りになってそこらへ転がる。
何が起きたか判らない者が一部と、あとは、
昔話に出てくる かまいたちというのはこれのことかと、
荒事を働こうと里を襲った無頼たちだというに、
真剣本気で背条を凍らせ、信じた手合いが出たほどで。

 「な…。」
 「栄太、カナメっ、誰にやられたっ!」

一緒にいたのに見えもせなんだ、
化け物がかりの辻斬りにやられたようなもの。
おっかないのは正体が判らぬからで、
それでのこと、誰にやられたと訊いてしまったが、

 「大戦でそれは活躍なさった剛の者だよ。」

そんな声が前方からかかり、
再びギョッとして顔を上げれば、
行く手を埋めて居並ぶは、捕り手装束の役人らの輪。
これだけの頭数にての陣営が、
だがだが態勢としてまだ揃っていなかったため、
独りでも取りこぼすまいとの手はずから、
音もなく彼らの行動を見守った上で
いざと刻限を見澄まし、たった二人で起動したは
やはり噂の“褐白金紅”であったらしく。
役者のような風貌ながら、
疾風のように鋭く動き、眉一つ動かさないで甲足軽を叩き切れる若いのと、

 「おお、島田殿。」

一切姿を見せなんだが、
恐らくは…先程彼らを襲った謎の殺気と鋭い疾風のようだった刃の圧と。
どれほどの大男が踏ん張ったのかと思いきや、
学者か修験者の古参のような静かな風貌のお武家が姿を現して、
役人らに迎えられておいでで。

 ああ、確か本物の軍人で、
 蒼穹を翔る斬艦刀に乗ってた名残り、
 鋼の敵でも一刀両断する腕と、
 物静かで折り目正しい気風を持ち合わす、
 そんな鬼が悪党を狩っているのだと

その存在を知るのが取っ捕まった後という、文字通りの後の祭り。
さわさわと木葉擦れの音がする中、
縄を食って引っ立てられてゆく賊らを見返りもせで、
そちらは縄を解かれた娘さんらが、
ほうと胸を撫で下ろし、何事もなかったように舞いを納めに駆けてくの、
穏やかそうな横顔見せて見送る勘兵衛だったのへ、

 「……

そういう可愛げは出て来たものか、
金髪の若いのが、やや忌々しげに、
だが惚れ惚れするよな男ぶりには素直に陶酔の趣で、
視線を寄越した、初夏前の昼下がりだったそうな。




   〜Fine〜  15.04.24.


 *忘れたころに書きたくなる、褐白金紅の悪党狩りですが、
  特に勘兵衛様は、あまりに崇高に構えすぎてか、
  下手にいじれなくなってるから、自分でも歯痒いです。

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