閑として 
(お侍 習作 219)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


北帰行ではないが、そろそろ山岳地帯の寒村へ北上する頃合いとなり、
その前にと虹雅峡の蛍屋へ立ち寄った、褐白金紅の二人連れ。
溜まっている為替を換金してそのまま預けおくのと、
様々な情報の収集と、それから。
身支度なり 簡易の防寒用品や電信への充電池の補充なり、
最も品揃えの確かな地できっちり整えておくためだったが、

「寒いのは苦手でいらしたのに大丈夫ですか?」

元上司の性分を覚えている七郎次、まずは勘兵衛へそうと案じ、

「それでなくとも手が冷たくなるお人ですのに。」

小さい傷でも逐一お手当てしないといけませんよ?と
寡黙な次男坊へも、おっ母様として案じるのがこれまたいつものこと。
特別な客を案内する離れの中でも、最も特別な庵へと迎え入れ、
手づから温かい茶を供し、
そうそう、携帯の懐炉にいいのが出たんですよ、
携帯食にも不思議と腹持ちのいい、具も多めの干し飯が…などなどと。
物資の流通が盛んな里ならではというだけでは収まらぬ、
居着きの身には縁のなさそうな物品の情報まで、
色々としっかり集めているところが、
顔を見ない日ごろからも彼らを案じ、どれほど意に留めているのかを、歴然と表しており。
ありがたい話じゃあるが、呆れもするものか、
そこのところを、

「そうまで気をもませておるのか?」

歳のいった親御のような案じようだのと、
ともすれば行き届きすぎなところを勘兵衛が揶揄すれば、

「兵庫さんもね、
 寒くなったら北へ向かう偏屈な奴らだと、
 ちゃんと気に留めておいでなようで。」

自分ばかりが…ではありませぬと、
水色の双眸をやんわりたわめ、ふふと柔らかく微笑って。
隣りに大人しく坐す白面の美丈夫へ、
和みの視線を寄越すことで受け流すところがお流石で。
こやつめ、うまく話を逸らしたなと、
思いはしても口には出さぬまま、
湯呑の陰で口角をやや悪戯っぽく引き上げた勘兵衛と違い、

「……。////」

冬になればそれは強い嵐が駆け回る、
広大な荒野や砂漠の真ん中に位置する、こちら流通の中継地ゆえ。
その道中ではさぞかし埃をかぶっていようと、
首尾よく 真紅の衣紋を預かられたそのまんま。
こちらの宿に居る間の常着、淡い赤の半袷と濃紺の筒袴、
深い紅色の羽織という格好で、
痩躯を支える背条をしゃんと伸ばして坐していた、
金髪白面の麗しの剣豪は、というと。
心配かけてはいけませんねぇと揶揄されたのは通じたか、
それとも、この七郎次に気に留められていたことが嬉しいか。
やや視線を下げて、口許をうにむに噛みしめるところが
柄にもない可愛げの発露であり。

 “…兵庫殿が観たら微妙なお顔をされそうだの。”

蒼穹の戦場で孤立し、膨大な数の敵に取り囲まれようと、
一切動じぬ氷のような無表情のまま。
その身を宙へと躍らせ、
何とも無駄のない太刀筋で血路を開いてあっさり帰還できてしまう
鬼のような強さを、味方からも恐れられていた人間兵器。

 今にして思えば、
 自分を躍起にさせるほど、強い奴はいないものか、と

それにのみ反応していた、
それ以外には何の感慨もないまま、惰性で生きてたような奴が。
あのような 灰汁の強い、だが、サムライとしては同類かも知れぬ存在と、
むしろ、ようも巡り合えたものだと思う…と。

 “諦念からとも思えぬような、
  満足そうな苦笑いをなさっておられたが。”

彼も彼なり、旧友の行く末やら在りようやら案じておられたからこそ、
傍らに居ても 心此処にあらずでは却って心配、
手の届かぬ遠方に発っていって、だが、
伸び伸びあるようなら越したことはないと
安堵しておられないでもなかったような。
そんな複雑微妙な心持ちなのが、

 “ようよう理解できるということは、
  アタシも同じ心境でいるということでしょうかね。”

今日は風もない日和ゆえ、濡れ縁の側の障子を開け放っていたところ、

「キュウゾ様っ。」

以前に彼から貰ったという、金の鈴の根付を帯から提げたのリリンと鳴らし、
当家の跡取り、カンナ嬢が庭までパタパタと駆けて来たのへ、

「…。」

わざわざ立ってってやる機微が身についているところも、
さあどうやって説明したものか、
いやいや兵庫さんならそのまま言えば なんとまあとやはり苦笑してくれるかななんて。
お母さん同士のような企みを七郎次が胸の内にて転がした、
閑とした晩秋の昼下がり…。







   〜Fine〜  16.11.17.


 *虹雅峡の変換が出来なくて、あ・そっかとノベライズを引っ張り出しました。
  前のPCでは登録して使ってたんですよね。
  それだけぶりの帰郷です。(笑)
  おっ母様は相変わらず、
  彼らがいつ戻って来ても大丈夫なように、
  お得意先の不意な予約より万全に
  色々なことを準備しまくっておいでのようです。

めるふぉvvご感想はこちらへvv

ご感想はこちらvv(拍手レスも)

戻る