春はそこまで 
(お侍 習作 220)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 




それは厳しい大陸の冬に付きものな、
街を取り巻く荒野に吹き荒れる大砂嵐も何とか落ち着いて。
空へ向けてと地下へ向けてという“縦に”発展した交易の街 “虹雅渓”にも、
待ち遠しかった春がやっと来た。
城塞都市のその周縁にへばりつくよに広がる農作地域の畑にも
まずはの菜の花がちらほらしていて、
他所から来る隊商の人々を柔らかな春の色で出迎える。
豊穣の秋に沢山の実りを抱えてやって来る各地の農耕地の人々を迎え、
商人たちがそりゃあ忙しい“かき入れ時”が過ぎれば、
大陸屈指とまで言われるほど豊かで賑やかなこの里も一旦冬籠り状態と化す。
というのが、里のぐるりを巡る荒野に吹き荒れる途轍もない砂嵐のせいで。
そも、こんな場所に都市が拓けたこと自体がありえない奇跡と言えるほど、本来は過酷が過ぎる環境下。
大戦期に巨大戦艦である とある“本丸”が撃沈の憂き目に遭い、
生き残りの人々がそこで式守人という存在に身をやつし、原子炉から蓄電灯という運搬可能なエネルギーを開発。
様々な駆動への応用が利く汎用燃料として勝手の良いそれを大量に独占生産し、
その秘密の流通の余波として、一つの都市を作り上げる格好になった。
彼らが秘密裏に生きる土地、禁足地のある地下洞窟からの伏流水が流れ込む辺り、
恐らくは同じ戦艦の離れた部位を基礎として発展したのが のちに“虹雅渓”と呼ばれる交易の里。
商いを重ね、外界とのつながりを太くし、
豊かになった者ほど空の高みへ届けと、その財で館を構築し。
効率的な商いの仕組みを織り出して里の差配を築き上げた辺りは、
大戦中もそりゃあ図太かったことを彷彿とさせる知恵者たちの暗躍だったが、
そのように空へ向けてと地下へ向けてという“縦に”発展した虹雅渓の、こちらは最下層。
その日暮らしの者らが住まう旧市街や居住区とは一線を画し、
金満家や分限者、時の人などなどの溢れんばかりの勢力にて、賑やかしくも生気が満たされる花街の。
別名“癒しの里”でも一、二を争うほど有名なお座敷料亭、横文字で言やぁ“オーベルジュ”? 
そんな大店(おおだな)だったりした『蛍屋』では、
新しい活気の始まり、春の到来を前に、
里のあちこちに植えられた桜がほころぶのと競い合い、
商人側が遠来の客人たちをもてなす座敷を請う注文への対応準備に余念がない。

 「ああでも“百彩”の離れだけは空けといとくれよ?」

宴に用いられる座敷の他に、奥行きの深い庭には粋な拵えの離れが多数。
その中でも特に日当たりがよく母屋に近い庵は、
主人夫婦が特に懇意にしているとある方々の自室扱いになっており。
どれほど混み合おうと懇願されようと、
それがどんな上得意が相手であろうとも 他の客には使わぬのが決まり。
それどころか、いつその方々が飛び込みで訪のうても万全にと、掃除や手入れはマメにこなされており。
今も他の離れより先駆けて、冬仕様から春の趣 満たした調度へと入れ替えをしている最中で。

 「桜にちなんだ短冊がなかったかい?
  そうそう、それと床の間の焼き物も味のあるのへ替えようかね。」

もともと小じゃれた伊達男ではあり、風流も多少は齧っていたが、
有り余る金に飽かせて知識や感性を磨いた
生え抜きの趣味人をもてなすような、大きな料亭の主人としては駆け出し同然。
そんな若き主人を支える頼もしい女将がにこにこ笑って、白い手へ一通の文を大事そうに持参してくる。

 「お前さん、お待ちかねの便りだよ。」
 「え? まさか…。」

冬の厳寒期も、雪に閉ざされる北領へわざわざ伸しては、
抵抗できぬ弱々しい者しかおらぬ寒村へ身を隠す、こすっからい悪党どもをからげてしまわれる、
当代きっての有名辣腕な賞金稼ぎのお方々、
白褐金紅のお二人が、花見がてらに参ると、珍しくも先ぶれの文を寄越されたという。

 「こりゃあ、だが怪しいものだね。何か裏があるやもしれぬ。」

いい陽気が降りそそぐ濡れ縁へ腰かけて、
庵の整理は一休み、香り立つ煎茶を満たした湯呑片手に、
これは面妖なと首をひねる亭主の様子へ、

 「何ですよぉ、
  アタシらがあんまり駄々をこねるから
  一度くらいは聞いてやろうと思い出されたのやもしれないじゃないですか。」

艶のある口許へ粋な所作にて小手を添え、くすくすと笑う麗しの女将の言いようももっともだが、
彼ら自身の何かが呼んでか招いてか、
野伏せりやサムライ崩れとの剣劇がらみな騒ぎと供連れが当たり前という物騒な二人連れ。
なので迷惑はかけられぬとの意向から滅多にこちらを頼ってはくれぬ。
この里の警邏担当、衛士を束ねる武装本部の隊長からもやきもきされている罪な人らなのであり。

 「ああでも、息災なお顔を拝めるなら越したこたぁないよねぇ。」

疑ぐってからという順を踏み、
いっそう春めいてきた菫色の空見上げ、
桜の花が散らぬうち、お逢いしたいものだよねぇと、
嬉しそうに精緻に整ったお顔をほころばせた七郎次であったのだった。




   〜Fine〜  18.03.31.


 *うっかり長々とご無沙汰していた原作沿い(微妙ですが…)だったので、
  桜の季節に乗じて書いてみましたが、
  雪乃さんの名前が出て来なくて難儀しましたよ、歳は取りたくないやねぇ。
  肝心なお姿までは書けませんでしたが、
  この冬もやっぱり、わざわざ雪山へ昇って悪党退治に勤しんだお歴々だと思われ。
  何はともあれ、待望の春ですよ。桜を愛でて一休みしてください。

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