立秋を迎えたばかりのある日の昼下がり、竹林に面した八畳間の寝室のベッドの上で雲居龍魅は今は亡き曾祖父の書斎から拝借した古書を開いていた。外では油蝉とみんみん蝉とが競い合うように鳴いており、時折吹く風が揺らす竹の葉擦れの音と共に独特のハーモニーを作り出している。
――今日も、暑そう…。
室内は冷房が効いているため、龍魅の目には廊下のガラスサッシ越しの外が遠い異世界のように見え、思わず目を細めた。
「龍魅様」
と、そこへ廊下の方から声が掛かり、開け放した障子の陰から一人の若い男が現れて恭しく頭を下げた。
「国崎か、どうしました?」
「はい。只今、佐伯様とおっしゃられる方が龍魅様のお見舞いにとお見えになりまして」
佐伯…と口の中で一度繰り返してから、そういえばこの春に関西地方の道場へ招いて下さった方が佐伯姓だったと気付く。
「客間にお通しして」
***
武家屋敷のような広い日本家屋の奥、手入れの行き届いた庭を一望できる客間は大河ドラマや長崎の方でよく見かける、和洋折衷がバランスよく溶け合った御部屋で、和室でありながら、配置されている家具はどれもアンティークなものばかり。
「曾祖父の趣味だったんですよ」
椅子に座り、テーブルの美しい螺鈿細工に視線を遣っていた如月は、背後からの声音に答えるように振り向いた。お久しぶりでございます、と軽く頭を下げた拍子、龍魅の柔らかな髪がさらさらと動きにあわせて揺れる。
「学校に伺ったら倒れたと聞いて驚きました」
立ち上がって会釈を交わして龍魅が席に着くのを見計らって如月が切り出せば、少年は苦笑を滲ませた。彼曰く元々低血圧で貧血を起こしやすい体質で、それに加え暑さに弱いとかで熱中症を発症してしまったらしく、部活中に昏倒してしまったらしい。
「お陰で盆明けまで部活禁止なんです」
皆さん過保護過ぎなんですよと困ったようにため息を吐いて見せ、今は一日中涼しい場所で読書や各科目の課題に励んでいるのだと言った。
「ご歓談中失礼いたします。龍魅様、高梁様よりお電話が」
「来客中とお答えして」
如月の知る龍魅ならば自ら受話器を取って来客中の旨を伝えるだろう。しかし龍魅は素っ気なく指示を出すと如月に向き直った。その彼らしくない受け答えに如月は首を傾げるばかりだ。
「よろしいんですか?」
「ええ、どうせ見舞いのアポでしょう」
思いきりしかめっ面をした龍魅を見る限り余り良い印象の人物ではないのだろう。そんな如月の視線に気付いたか、龍魅は心底うんざりした様子で語りだした。
「何かしら理由を付けては私の所へ来て、強引に見合いを薦めてくるの辟易しているんです」
「見合い、ですか?」
「ええ。高校のうちに婚約して、大学卒業と同時に結婚という運びです」
龍魅が言うには、この高梁家はかなりの名士で製薬会社を経営していたのだが、大手各社の煽りを受けて経営状態が苦しくなってきており、総合商社である雲居グループの資金援助を狙っているらしい。
「まぁ、その高梁様は大層な好色家で娘も息子も沢山おりますから、最初は龍兄上を狙っていたようですが兄上はあの通り女性は余りお好きではありませんし、姉上は『見合い話より睡眠時間が欲しい』だそうで」
「苦労していらっしゃるのですね…」
この些か灰汁の強い兄と姉を持つ少年と同じく、自由奔放な主に振り回される如月青年はその美貌に苦笑を滲ませ、心の底から同情する。
「いっその事如月さんの所へ嫁に行ってしまいましょうか…」
ふふ…と冗談めかして少女のように笑う龍魅に、如月青年はただただ度肝を抜かれる事になるのだった。
〜Fine〜 10.08.22.
*『翠月華』宮原 朔様より頂戴しましたお話ですvv
ウチの小劇場とリンクしております、
貴方を探して私は彷徨うより、雲居龍魅がお越しくださいましたvv
これからも、
心労の多い如月くんの話し相手になってやってくださいませね。(笑)
ありがとうございましたvv
めるふぉvv


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