重ねた唇の、思わぬ温度と柔らかさが後を引く。相手のそれがというだけでなく、こちらの唇も柔らかいことで不確かさが尚増すのだが、そんなことになぞ気づく由もなく。もっとしっかと捕まえて、じっくり味わい尽くしたいのにと。吐息と吐息が絡むほど、躍起になって触れ合わせれば。
「ん…。」
 子供の悪戯でも眺むるかのように、泰然とされるままになっていた相手が、唐突にも。微妙にずれていたか、若しくは故意に…重なりにくいようにと からかっていたものか。言いようはおかしいが、それまで“遠かった”そちらの側からの接しを不意に深めて来ての、どこか手慣れた“翻弄”にかかる。
“…あ。/////////”
 押し潰すように重なった唇は、深く接して熱でも力でも侵食をやめず。吊ったままの右の腕へは圧迫を加えぬようにという冷静さを残しながらも、懐ろ深くへ掻い込みながら、衾の上へころりと他愛なくこちらを転がす手際の良さへは、これが警戒を抱えていた相手であっても抗いし切れたかどうかという、勝手のよさを感じてしまい。
「…。/////////」
 不覚を取られたような気がして、顔や頭へカッと血が昇ったが。
「久蔵…。」
 すかさずのように名を呼ばれ、ああ、この声だと。常にない柔らかさでくるまれた、静かで甘い呼び声と、それから。
「…っ!」
 軽くその身へ乗り上げられた、相手の重みの甘い苦しさから。先だっての折の何やかや。不意に脳裏へと掠めたらしく、

  「………ゃ、あ。」

 小さな声にて、ついつい洩れたのが…そんな声。首の裏へと回された大きな手が、腕を吊る装具のベルトの合わせにかかったが、
「…いや、か?」
 咄嗟に洩れたそれだろうと思いもしたが、そこはこういうものを着けている身の相手。あくまでも強引な真似はしたくないのでと、低めた声でそぉっと訊いてみれば、

  「………。/////////」

 どういう意味合いの沈黙なのか、薄闇の中に輪郭以外が没したお顔は、ためらうように唇を震わせており。だが、

  「…こういう時の否やは、そのまま釈
(と)るでない。」

 おや言うようになったものだと、くつくつ笑い。誰かさんの手になるマメなお手入れのお陰で、同じ匂いが だが微妙に違う、ふわりとした髪へと鼻先を埋めて、こめかみからまぶたの縁、そこから頬へと、触れるだけの口づけを落としてゆけば、
「…。/////////」
 侭になる方の手が、こちらの衣紋の懐ろにするりともぐり込み。脇を通ってのせっかちにも、背中の肌へとすがりつく。昼間の素っ気なさが嘘のように、温みや肌へと触れたがり、そのくせ、
「…っ! あ…っ。」
 舌の先が耳朶の縁を掠めただけ。それだけで撥ねる薄い肩が何とも愛おしくて、
「暴れるでない。」
 更に痛めたらどうすると、なだめるように囁けば、
「〜〜〜〜。////////」
 ああ、すまぬ。これも堪
(こた)えたか。判っていながらの稚気が出て、それでも…そんな隙にも装具を外すと。大事にせねばの右の腕、身体の側線に添わせるようにと、そろり、避けて差し上げて。こちらも脇を通した腕で背を抱いて、衾からその身を軽々浮かせ、夜目にも白い首条へ、顔を埋めると血脈を探る。それでなくとも薄い肌目が、こくりと息を飲んだ動きを伝えて震えたのが、可憐にも艶で。僅かほど浮き出していた血脈の上へ、唇をあてて無造作にすべらせれば、
「…あっ。」
 よほどにぞくりとしたものか。足元で白い膝が立つほどその身が震え、夜着の裾が大きに蹴りはだけられる。細身なその上、飛行中の斬艦刀の上に立っていて揺らがぬ強靭さも秘めた脚だというに、内肢はまだまだ若さにやわらかく。その温みが、男の下肢へと擦り寄るように触れると、
“…猫のようだの。”
 しなやかで懐っこいその動きは、確かに…小さな猫の背や尾が見せる、愛らしくも妖艶な動きにも似ていたか。そんなはしたない所作を見せた内腿へ、男の武骨な手のひらがするりと入り込めば、

  「ぁ…っ、ん…あぁ…っ!」

 直裁な温みと明らかに他人の意志を帯びた肌目の感触とが、いきなり深みへ触れて来たことへの反射が…その身を驚きで撥ねさせつつも。熱くて甘い、淫靡な痺れがそこからじわりと広がったことを、認めたくはないとしつつ、なのに享受しもする自分がいて。一気に鼓動と呼吸の速度が跳ね上がり、体中の血脈が音立てて力強くも流れ出す。ああ、こうなったらもう止まらないのだった。相手の雄々しき筋骨がまとった肌へと、直に触れているところが熱い。鞣した革のようにしたたかで、ひやりと冷たかったはずが、今や互いが発する熱でその境も曖昧になりかけており、
「あ…ゃ、ぁあ…っ。」
 不意に下肢から背条へと駆け登り、熱くもたげて来た感覚へと全身が震える。何処へもやらないでと、目の前の存在へしゃにむにすがりつけば。
「ああ、此処におれ。」
 背中へ余裕で回されし、屈強強靭な腕が、一回りは尋の差があろう、幅の頼もしき肩や深い懐ろが、温かくくるみ込んでくれて、それから………。


  ――― 目の前へと広がった闇へと向けて、
       声にならない声が秘やかに放たれて。
       小さな胡蝶が攫われてしまわぬよう、
       闇の覇王は 存外優しい腕を伸ばす。
       もう何処にもやらないからと、
       涙をぬぐって おやすみなさいと…。




  *一応、晩までは我慢したらしいです。
(笑)



 (窓を閉じてお帰りください。)