お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

    “不思議ふしぎな大冒険? ”


師走からこっち、ちいとも手を緩めぬ厳寒は、
強風つきで猛威を奮う豪雪込みで、
やっぱりそのまま居座り続けだった年末年始ではあったれど。
こちら様には例年のこと、
今年も 勘兵衛の知己である小早川のおじさんの温泉旅館にて、
のんびりと骨休めしつつの年越しをと構えた
島田さんチの皆様であり。
その年頃には珍しい長身とかっちりとした体躯に、
豊かな深色の髪を背まで垂らした精悍な風貌の壮年という、
ちょっと見“判じ物”みたいな作家せんせえの勘兵衛と。
そんな彼の、執筆活動から身の回りのお世話に家作の管理までと、
三面六臂の働きで完璧に支えておいでの敏腕秘書であり、
実は実は…恋女房でもある七郎次の二人連れ。
それからそれから そんな彼らには家族も同然の、

 『みゃっvv』
 『にゃうvv』

キャラメル色と漆黒の、
小さな小さな毛玉みたいな仔猫さんたちも、
勿論のこと 一緒にお出掛けしておいで。
近年はやりの“旅亭”というの、看板へ付け足してもいいほどの、
それこそが自慢だという山海の珍味を盛った御馳走三昧に、
ペットも一緒にという拵えの温泉へも浸かっての、
文字通りヌクヌクとしたお正月三が日を過ごしたそうで。

 『みぎゃっ。』
 『あ・こらっ。
  久蔵、そんなとこへ登っちゃダメって。』

それがおウチであっても
入浴というと一暴れするキャラメル色のやんちゃ坊主。
着いて早々は、風情もゆかしき岩風呂の中、
毛並みをぶわっと膨らませ、
七郎次おっ母様の手から逃げんと、
そりゃあお元気に駆け回って下さったれど。
相棒のクロちゃんがそりゃあ大人しく、
手桶に張った湯にちゃぷんと浸かったものだから。

 『……にゅう?』

ザッとで済むおウチのシャワならともかく、
お湯の中に入って へーき?なのと。
好奇心半分、ちょろちょろっと戻って来ての
お鼻とお鼻をくっつけての仔猫同士の問答の後は。
暴れん坊さんも観念したか、
浅めの木桶に大人しく収まってくれて。
ふわふかの毛並みをぺちゃんこに張りつかせつつも、
じんわりと暖かい湯加減、じいと堪能してくれて。

 “ああ、でもでも。
  家のお風呂じゃあ、
  相変わらずなんでしょね、きっと。”

着替えや洗濯物、デジカメにお土産にと、
持ち帰った荷物のあれこれを片付けつつ。
帰りの車中では転寝していたものが、
家へとついた途端に
あちこち確認を兼ねての探検だとばかり、
お元気に駆け出した仔猫さんたちを見送りながら、
そんな想いで苦笑した敏腕秘書さんでもあって。
宿の皆様には、
胸元にふんわりとした毛並みを盛り上げの、
お耳がちょこっと大きめな、
ぽあぽあした綿毛の塊みたいなメインクーン、
小さな仔猫でしかなかった久蔵だったのだろうが。
こちらの家人二人にすれば、
5歳くらいのやんちゃな坊やに見えており。
金のくせっ毛に色白でふわふかな頬、
紅色の双眸と瑞々しい緋色の口許という、
そりゃあ愛らしい坊やが、だがだが。
お風呂は嫌々と大暴れしちゃうのを追っかけて、
シャワーで濡らしてシャンプーし、
大急ぎでゆすいで乾かして…という
慌ただしいばかりなお風呂と打って変わって、
桶にゆっくり浸かってくれた入浴風景に、
あああ…vvと、そりゃあ萌えつつ感動していた彼だったらしい。

 “まま、無い物ねだりをしてもしょうがないか。”

そこは大人で、物分かりもいい七郎次おっ母様。
やんちゃなところも あの子の魅力なんだしと
あっさり割り切るところは 親御の贔屓目か。(笑)
お片付けを終え、洗濯ものを脱衣場まで運んでの、
リビングまで戻ってみれば。
大きな掃き出し窓からやわらかな陽のさし入る、
広々とした冬場のリビングの主役。
おコタ周りへのんびり落ち着いていたのは、
お膝へクロちゃんを載せた勘兵衛だけであり。
あれれぇと周囲を見回し掛かった秘書殿の、
青い双眸が見つけるより先、

 「にゃっvv」

聞き慣れた愛らしい声が立ち、
どこだどこだと視線を巡らせれば、
大窓の前にちょこり立っている影が一つ。
頭の上への猫耳もなければお尻に尻尾もないけれど。
向かい合うガラス窓には、
本人の足元辺りという小ささで、
坊やと同じく愛らしい、メインクーンの仔猫が映り込んでおり。

 「異状は無かったかな? 久蔵。」

帰ってそのまま、家の中のあちこちを嗅いで回るという行為自体、
いかにもニャンコの縄張り確認のようだったのにね。
にゃあvvと無邪気に微笑うお顔は、
目許を細めての笑顔といい、
小さなお口から覗くお米粒のような白い歯といい。
こんな可愛いなんて どうしてくれようかと思うくらいの
愛おしさ炸裂という愛くるしい坊やっぷりで。
陽に暖められた輪郭は、甘く明るいそれながら、
まだまだか弱くも幼い存在であるせいか、
淡雪のような儚げなところもたたえておいでで。
小さなお手々を持ち上げて、
やや覚束ない所作にて“おーいおーい”と
こちらへ振って見せているのが、

 “うああぁぁぁ……………vvv//////////”

おっ母様の“惚れてまうやろ”もまだまだ健在のご様子です。
本家の芸人さんたちの方では
もはや使ってないネタかも知れないのにねぇ…。(おいおい)




     ◇◇◇


毎年恒例のお出掛けから戻って来た我が家は、
空気にも気配にもどこにも変わりはなくて良かったことだったが。

 「……。」

変わりがあって欲しかったところが、
実は実は1つだけあったりする仔猫様なようで。
車に乗っての遠くまでのお出掛けは、
数日ほどのお泊まりという格好のそれでもあったので、
誰もいなかった島田さんチへ、その間に誰か来なかったのかなというの、
念入りに気配を嗅いで確認していた仔猫様。
最後には七郎次さんへ“窓開けて”とお願いしたのだが、
残念ながらそれは通じず。
さぁさおやつにしましょうねと、
リンゴのデニッシュ・パイの 甘酸っぱいによい込みでのお誘いに
やすやす折れてしまった…坊やも坊やじゃあったれど。(笑)

 「みゅう…。」

窓のそばからおコタへ引きはがされたのは、
お外は寒いからねというのも理由じゃああったようで。
テラスポーチの向こう、
少ぉし冬枯れして見える芝生の一隅には、
枝から落ちたそのまま枯れて乾いた葉っぱたちが、
時折吹く風に遊ばれてかさこそと踊っているのが見えて。
一応は緑色を保っているサツキの茂みも、
冬の陽の弱さのせいか、どこかくすんで見えるお庭にて。
そちらもすっかりと葉を落とし、
白っぽく乾いた樹皮を陽にさらしているモクレンの、
細かい細かい枝振りが重なっているのがようよう望めて。
冬の間でも、以前は時々遊びに来てくれたのにね。
雪深い土地のこととて、あちらの入り口へつくまでも大変なことだろうに、
大好きなお友達だもんと、
骨惜しみをしないでお招きにとわざわざ来てくれた、
お隣りだけれど遠い遠いところに住んでいる、人猫のお兄ちゃん。

 『俺、サムライになるって決めたんだ。』

とっても優しい気性じゃあるが、
真っ直ぐ真面目で、
芯の強い子との定評も集めていた彼であり。
強くなりたい、誰か何かを守るための力がほしいと、
そうと切望したことから、
一緒にお住まいのお武家の二人から、
修養の手ほどきを受けるらしいと聞かされていて。
…となれば、そちらへ集中しているからか、
こちらへのお越しがぐんと減ったのも致し方なく。

 『大切なお勉強のためだもの。』

久蔵はキュウゾウお兄ちゃんのこと大好きだろう?
だったら、お邪魔をしちゃあいけないよ?
今はちょっとだけ我慢して、
お兄ちゃん頑張ってって、応援しなくちゃねと、
七郎次からも優しく説かれたのじゃああるけれど。

 「……みゅう。」

だって、キュウゾウお兄ちゃんはとっても優しかったし、
鬼ごっこや木登りもね、
おいでおいでってそりゃあ上手に誘ったり支えたりしてくれて、
一緒に遊ぶのすごく楽しかったの。
それに、どこまでもお空を遮るもののない、
原っぱとか緑の広がってるカンナ村に行くのも楽しくて。
冬場もね、どこもかしこも雪が覆ってる
そんな真っ白な世界なのがそりゃあ綺麗で。
寒い寒いだけれど、そんなの後から追っかけてくるもの、
追いつかれないほど楽しくってしょうがないところだったから。
冬になっちゃった今、
余計に“来ちゃあいけない”と厳重に言われていたのが
思い出されるのもまた、
逢いたいよぉ、行きたいよぉという気持ちに
拍車をかけてしょうがなく。

 「みゅ?」

書斎へ何か取りに行ったか、
おコタから勘兵衛が立っていってしまったので。
どしたの?と窓辺の方まで駆け寄って来たのがクロちゃんで。
ガラス窓の向こうには、誰の人影も見当たらぬ。
七郎次は先程取り込んだ洗濯物を畳み終え、
クロゼットへと片付けに立っているしで、
広いリビングには仔猫たちしかいないまま。

 《 どしたの?》

小さな頭をひょこりと傾げたクロだったのへ、

 《 キュウ兄ィニに逢いたいの。》

細い首を埋めるよに うつむきがちになって。
はふぅと吐息をつく様が、幼いながらも何とも切実。
そもそも幼い身には我慢の要領だって限られているのだ。
言葉も通じぬ乳幼児に
“待って”とか“順番だよ”と伝えるのがほぼ不可能に近いと
覚えておいでのお母さんは…読者の中にどれほどいるやら。(こら)
それをこうまで“いい子”で我慢し続けたのは、
こちらの久蔵坊やが、
七郎次もキュウゾウも大々々好きだったからだが。
兄ィニとまで呼んでいたほどの“大好き”を
ぎゅむと押さえ込むのはなかなかに辛いこと。
触れてるだけでも冷たいガラスの嵌まった大きな窓は、
小さな久蔵では何ともし難い まずはの障害で、
それを透かして望むお庭が、とっても遠く見えていたのだけれど。

  ―― それは一体 何がどう重なった奇遇か奇跡か

小さなお手々の両方で、
お指を開いて ちめたいガラスに当てていた仔猫さん。
いつもだったらどんな力が加わろうとびくとも動かぬ大窓が、
力加減が斜めになっていたものか、
それとも…不在だった間に隙間へ降り込んだ雨水が
少し凍ったまんまで挟まってでもいたものか。
半分は凭れかかる格好で、
その小さい体を預けていたお窓が からからからと。
横へ横へすべり始めたではないか。

 「にゃっ?」

あれあれ?と、当初は何が起きているのやら、
意味が判っていなかった仔猫らだったが。
少しほど開いた隙間から外の冷たい空気が入り込み、
はややぁと細い肩をば震え上がらせたのも一時。

 《 ………………あ。》

これって もしかしてもしかするのかなぁと。
お手々を離しての
隙間を見上げたり見下ろしたりを
何度か何度も繰り返した仔猫さん。

 《 ………。》
 《 兄ィちゃ?》

窓から遠ざかるように にじにじと、
それも…どこか忍び足のような足取りで、
後ろへ後ろへ下がっていった久蔵坊や。
おんもへ出たいようという切望だったが、
実現しちゃうとは思わなんだのかしらんと。
実は中身もそうとう大人で、
お子様仔猫の内心の機微も把握していたクロちゃんが、
見た目は愛らしいまんま、
ますますと小首を傾げてしまったところが、

 「みゃっ!」
 《 あ…。》

小さな坊やなりの考えあっての所作だったと気がついたのが、
そうやって後じさった先にあったのが、
お出掛け先から帰って来たおりに羽織ってた、
編み目の詰んだニット製の
小さなブルゾンがお目当てだったと判ったから。
いつ七郎次や勘兵衛が戻ってくるものかとの警戒をしつつ、
最初は実にそろそろと。
だがだが、お目当ての防寒具へ飛び込んでのまとってからは、
あっと言う間の早業で、
大窓へと戻って来てのそのまんま、お外へ飛び出してった久蔵で。

 《 兄ィちゃっ!》

咄嗟に弟分が張り上げた、引き留めるようなお声も何のその。
さすがは猫の仔で、沓脱ぎ石へのワンクッションも鮮やかに、
とん・ちょん・とんとの
そりゃあリズミカルにポーチへまで飛び降りてしまうと、
そのまんま…向こうの世界へと通じている、
モクレンの木の根方へまで真っ直ぐ突進してゆくものだから、

 “…いかんな。”

本来の大妖狩りとしての意志を、とある咒で封印されてる小さな仔猫。
なので、後先なんてきっと考えてはいない行動に違いなく。
とはいえ、その折に…という注意事項、
直には訊いていなくとも、察することなぞ簡単で。
まだまだ、こちらの世間さえ把握してない幼さの仔猫、
景色を真っ白く埋め尽くすほどの豪雪地帯と聞いているからには、
迷子になってしまううことも必至だろう…と。
それこそ あっさり把握出来た“クロ殿”だったものだから。

 《 吾が連れ帰って来るぞ、主よ。》

この場にはいなかったけれど、
相手は 式として仕える自身がこうやって実体化していられる
生気の源でもある存在。
念は届くと見越しての一声だけ残し、
自分もまた、サッシの細い隙間から外へ飛び出すと。
小さな兄貴分が突進してった細身の庭木を目がけ、
漆黒の弾丸のような勢いで、
庭の芝の上、駆け抜けていったのであった。







NEXT


 *お久し振りな猫キュウ噺ですね。
  これも入院中にネタとしてひねってた代物なんですが、
  あんまり膨らませると…キリがないんだけどもなぁ。(う〜む)
  何とか頑張りますので気長にお待ちを。
  それと、これはあくまでも、
  Morlin.サイドからの一方的なお話ですので、
  『
Suger Kingdom』の藍羽様は何も御存知ないです、念のため。
   


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