秋とは言っても体を動かすと汗ばみますねなんて言っていたものが、さすがにキンモクセイの匂いがしてくる頃合いにもなると。朝晩は袖のない恰好ではいられないし、夕食のメニューにも、汁ものやスープ程度の温かいものが毎度のようにほしくなる。
「…っと、もうこんな時間ですか。」
間近い市民バザーの執行委員なんてのを引き受けたものだから。同じく広報担当になった隣家の片山さんチの居候、林田さんと二人、居間に広げた大きめの座卓の上でポスターなんぞを描いていた、こちらは島田さんチの居候にして、ご近所からもそれと公認されている立派な“家政夫”の七郎次さんが。ふと壁の時計を見上げやっての呟いた。当家の主人がそうであるせいで、観たいとする番組がないならテレビは点けない性分であり。そこへ加えてBGMさえ掛けないでいたものだからか、時間への感覚が鈍っていたのは否めない。
「何だか小腹が空きませんか。」
「そうですねぇ。」
「何か軽く作りましょうか?」
「お夜食ですか?」
夕飯の栗おこわが残ってますよ。
おや、それはまたvv
ヘイさんがおすそ分けにって持って来てくださった丹波の栗で作りました。
でも、食べちゃっていいんですか?
たくさんありますから。
たくさん?
「勘兵衛様、今宵は急な残業だとかで。まだ帰って来てないんです。
でも、そろそろお帰りだろうから温めといたら丁度いいかなと。」
「な〜んだ、ついでですか。」
いやそんなつもりはと、ちょこっと焦る色白二枚目の働き者さんへ。こちらだってそんなつもりじゃなかったので、こっそり“くすすvv”と微笑った、小柄なお隣りさんだったが、
「…あ、そうだ。ウチもゴロさんがそろそろ帰って来るんだった。」
はっと思い出したことがあったらしく、他人を笑ってもいられないというお顔になる。
「え? お出掛けだったんですか?」
「はい。新しいキッチンワゴンの納品です。」
童顔だから年齢不詳、いつお伺いしても片山さんチに在中の不思議なお兄さん…という彼ではあるが。こう見えても車輛関係の凄腕技術者でもある平八は、注文を受けての完全オリジナル、特殊なワゴン車を作っており。手作りパンやランチ向けの小型厨房車から移動式の図書館や児童館。出張相談室や、果ては販促用プレゼンテーション向け移動ステージまでと。仕掛けのユニークさや完成度の高さから、その筋からは引き合いも多いらしくって。そして、それを注文先まで移送し、納品して来るのが、工房も引っくるめての家主である五郎兵衛さんの仕事。単に大型車両の運転免許があればいいってものじゃあない。乱暴な運転をして商品である車を傷つけてはいけないし、珍しい車両だからと、やんちゃな筋からからまれることへの対応も必要とされる。納入先が遠いなら帰りは電車の始発を待っての泊まりにもなるので、その手配だって必要となり、そうそう誰にでもこなせる役目じゃあない。
「あ〜あ。ゴロさんが横浜コロッケ買って来てくれるって言ってたんですよ。」
「あらら、そんな遠くに出掛けておいでですか。」
「お腹減らして待ってますねって言った以上、何か食べてちゃ不味いです。」
「お風呂の支度とかもあるんじゃありませんか?」
あんまり咬み合ってない会話だなと思ったかどうだか。二階から下りて来たらしい、この家のもう一人の住人が、小首を傾げもっての、ひょこりと居間を覗いて来たのと目が合って。
「おや、久蔵殿。あなたも小腹が空きましたか?」
アーガイル柄の薄いカーディガンを肩に羽織った次男坊の姿へ、やんわり目元を細めての、おっ母様が声を掛ければ、
「…。////////」
ほんのり頬を染めた若い衆、ゆるゆるとかぶりを振ったれど。
「じゃあ、カップスープでもどうですか?」
だって今宵は少々寒いほど。スリムなシルエットのデニムパンツの足元、うっかりと裸足のままだった爪先が、すっかり冷えていると気づいたらしいおっ母様に、
「ほら、頬っぺがこんな冷たい。」
てことこ、傍らまで寄ったところを捕まっての、白いお手々を頬へと当てがわれたその途端、
「〜〜〜。////////」
細い肩が上がるほど息を吸い込んでの緊張しちゃったらしい次男坊へ、
“今ので一気に温ったまったかもですねvv”
相変わらずの相性ですねと、かあいらしいお二人へくすすと平八が苦笑する。
「じゃあ、皆でスープといきましょうvv」
テーブルの上を片付けて、湯沸かしポットの湯を再沸騰で熱くして。少し大きめのマグカップとそれから、口当たりがひやりとしない、丸い木のサジで飲むのが何となくおしゃれ。
「ポタージュとコーンクリームがありますよ、あとキノコのと緑野菜のも。」
「あ、わたし2袋使って濃く入れていいですか?」
「構いませんけど、お腹ふくらませてもいいんですか?」
「大丈夫ですようvv 定量を2杯飲むわけじゃなし。」
くるくる丸く掻き混ぜるのではなく、サジをベルでも振るように縦に揺すって混ぜるとダマにならないそうですよ。あ、それって『伊東家』でしょう? あはは、ご存知でしたかvv こぽこぽと湯気の上がるテーブルに弾む、会話の声は二人分なれど、
「あ、久蔵殿。今夜はコーンでいいですか?」
「…。(頷)」
家事一般は、たとえカップに湯をそそぐだけのことでも、おっ母様にその全般をゆだねているらしい次男坊。訊かれてそのまま頷いたので、動き惜しみをしない七郎次さん、キッチンまで立ってゆくと、冷凍庫から取り出したらしい冷凍のコーンを持って来る。ビニールパックの端を輪ゴムで閉じていたもの、手際よくほどくと袋ごと傾ける大胆さは、いつもお作法を守って丁寧な彼には似つかわしくない態ではあったが、
“…まあ、たかだかカップスープへのトッピングですしね。”
そこへまで…小鉢を出しの、レンジで温め直しのと、わざわざの手間暇をかける方が大仰が過ぎるというものかも。よくある光景だと何の気なしに眺めていた平八だったが、
「………ちょっと、シチさん。」
よくある光景じゃなくなったのへと、お米大使の眉が寄る。
「あんたそれはちょっと、入れ過ぎじゃないですか。」
「は?」
普通はせいぜい小サジ1杯くらいのものだろに。何に気を取られていたものか、七郎次は結構な量のコーンを投入しており、
「冷めたんじゃありませんか?」
冷凍されてたんだからして、氷をぶち込んだようなもの。せっかくの温かさが台なしになってやしないかと案じた平八へ、
「いえいえ、これで良いんですって。」
至ってにこやかに笑って、サジでくるくる掻き回した赤いマグカップ。さあどうぞと、お隣りにちょこり腰を下ろしていた久蔵へと手渡される。
「〜〜〜。」
もう十分に冷めてるはずだがと平八が見守っておれば、なのにも関わらず、ふうふうと吹いて恐る恐る口をつけた次男坊、
「…っ。」
ちょっぴり逃げるように唇を離して見せたから………あれれぇ?
「おや、まだ熱かったですか?」
「…。(頷)」
「どれ。」
おサジに掬ってそぉっとふうふう、手づから吹いての冷まして下さるおっ母様であり。伏し目がちになったやさしいお顔。品があっての、されど嫋やかな柔らかさで縁取られた横顔を、
「〜〜〜。///////」
白い頬をほのかに朱に染め、うっとり眺める次男坊もまた。含羞みを滲ませた口元や潤みの強まった目元が何とも愛らしく。再び、微笑ましいことよと平八が見守っていたところが、
「はい。あ〜んしてください。」
「〜vv」
“は、はいっ?”
「薄くはないですか?」
「…。(頷)」
「じゃあ、もう少し入れればよかったですね。」
おサジに掬っての“さあお口開けて”と食べさせてやるところまで。どこの風邪ひき坊や相手ですかというような、甘やかし上等な場面へと、あくまでも自然に転じたのへは、
「…っ☆」
さすがに…テーブルへと突いていた肘がずり落ちかけた平八だったりし。
「シ、シチさん?」
「どうしましたか? ヘイさん。」
お構いしなくてすみませんねと、手を伸ばしてのカップを自分で手にした久蔵からやっとのこと注意を離した七郎次が、何事もなかったかのようににこやかに笑う。
「あ、そかそか。ヘイさんも入れますか?コーン。」
「そうじゃなくて。」
「美味しいだけじゃない、猫舌の久蔵殿には冷ますのにも丁度いいんですよね。」
「………はい?」
「ラーメンとかシチューとか、おみそ汁にも入れてますよ?」
「ははぁ…。」
「あと紅茶やホットミルク、ココアなんかには、アイスクリームを1さじ。」
だって、頃合いのいい温度へ冷めるまで、一人だけ一緒に飲めないのって詰まらないじゃないですか。ねえと目顔でお隣りの金髪紅眸の青年へと笑いかけ、ご本人は湯気の立つカップをふうふうと冷ましつつ口にする。
“なるほどねぇ。”
だから、わざと多めに投入していた彼であったらしい。
「アイスクリームは甘党だから出来る手ですよね。」
「ええ。勘兵衛様なんて、最初のころは目を丸くしてらした。」
蜂蜜やジャムを入れるというのは聞いたことがあるが、なんて仰有ってて。あれは可笑しかったですよねと、ねえとお顔を見合わせてくすくす笑い合う。金髪白面、いずれが春蘭秋菊かという美人さんたちへ、
“勘兵衛殿も、両手に花で 眼福な…ってだけじゃあない日々を、
送っておいでであるらしいですね。”
ちょっぴりユニークな若い同居人たちに、時にはこういう恰好で引っ掻き回されてもおられたのだなと、彼らとは ちと意味合いの違う苦笑が止まらない、平八殿だったみたいです。秋の夜長、あんまり大騒ぎはしないようにねvv
〜 どさくさどっとはらい 〜 07.10.11.
*猫舌対策?なんつって。(笑)
まだちょっと時期としては早いネタかもですが、
昨夜久々に飲んだカップスープが、美味しかったけれど熱かったので。
同じことをやってみてました。そう、実は実話です。
ちなみに、筆者は“チキンクリーム”が好きだったのですが、
随分と昔に絶版となったそうで。
美味しかったのになぁ。(とほほ)
*お侍では現代Ver.パロは書けないようなことを言っといて
その舌の根が乾かぬうちにこんなの書いてすみません。
他のお部屋でのパロとしても書けなくはなかったようなネタですが、
ウチのキュウゾウさんって、
思い切り“猫舌”が全面に出ているキャラなもんでつい。
ちなみに、ゴロさんヘイさんへはごちゃごちゃ書きましたが、
ホントに思いつきの突発ものなので、
島田さんサイドへはあんまり細かい設定は考えておりません。
勘九、勘七のオーソドックスVer.
島田さんチに遠縁のシチさんとキュウさんが同居中ということで。
あと、ここのキュウさんは幼児ではありません。(笑)
………いや、続かないから。(苦笑)
めるふぉvv
 

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