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東北百名山 三岩岳(2065m)
登頂年月日 1994.06.25 天候 晴れ 同行者 単独 マイカー利用
小豆温泉(3.50)−−−黒桧沢(4.10)−−−ブナ平旧道分岐(5.00)−−−休憩5分−−−避難小屋(6.10)−−−三岩岳(6.40-7.00)−−−避難小屋(7.15)−−−ブナ平(7.45)−−−アンテナ(8.17)−−−小豆温泉(8.25)

三岩岳
大嵐山へ登ったあと、三岩岳登山口の小豆温泉窓明荘へ移動。建て替えのため取り壊された跡地にテントを張って一夜を過ごした。

薄明のときを待って出発。  
残月の照らす自動車道の雪よけシェードの屋根上に上ったところから登山道が始まった。 まだ夜は明け初めたばかり、薄明の中を黒桧沢に沿った新道コースを行く。登山道に入ると、早々にブナ林となる。手をつけられずに残されたブナ林は、ふた抱え以上もあるみごとな大木かいくらでも目につく。
黒桧沢をまたぐころになって、夜はすっかり明けた。透明な青空が広がっている。朝陽を浴びた山の稜線が、眩しいほまどに明るく映え ている。残雪がまだら模様の稜線は、三岩岳から西に派生する尾根だ。
黒桧沢を離れると本格的な登りとなる。早朝、気分爽快、体調も完璧だ。軽快に高度を上げて行く。登山道すべてがブナの中である。やがて傾斜が緩んで、清冽な小沢を三つ渡ってからもうひと登りすると旧道と合流するブナ平だった。

ブナ平からは尾根道となる。どこまでもブナの林がつづくブナの並木道。だが街路樹のように直線的、等間隔ではない。登山道の両側に、出たり引っ込んだり、間隔に微妙な変化を作りながら、そこには心地いいリズム感さえ感じる。体で感しる素直な喜びがある。
早朝の陽光は若葉のフィルターにかけられ、なおも透明感に満ち満ちて森を鮮やかに染め抜いている。
ブナに圧倒される道を、ブナに同化し、心を染めながら歩く。これはゆらゆらと漂う逍遥そのもの。急な登りも苦にならず、ブナ酔いの心地で高度を稼ぐうち、いつしか樹相はシラビソが混じる針葉樹林帯に変わって来た。樹間から三岩岳の山頂も望めるようになり、既に胸を突く急登は終わっていた。
登山道に残雪が現われ、雪解けのぬかるみ道となってきた。木道の小湿原はまだ枯れ草色だが、間もなく高山植物たちが花を咲かせるだろう。

窓明山との分岐に、予期しなかった立派な避難小屋が建っていた。小屋に泊まったらしい二人と、気持ちいい挨拶を交わす。小屋の前には手のきれるような清流のもある。
小屋からはたいした急登もない針葉樹林帯をたどれば、また小湿原に出会う。池の周囲にはイワウチワが密生し、湿原らしい雰囲気も漂う。
湿原の半分は、まだ残雪の下である。木道から再び低潅木の道を踏み、最後に大きな雪田を渡ると、そこが三岩岳山頂だった。三角点は二等、シャクナゲ、ハイマツが植生する小さな山頂だった。当然ながら私がこの日一番の登頂だった。
北側の展望は樹木が遮断しているものの、まさに山頂に立ったことを 実感させる眺めが広がっていた。
会津駒ヶ岳から中門岳の稜線はまだ雪の方が多い。その後ろにちょこんと燧岳が頭を出している。消え入るような山並みは越後三山。帝釈山と田代山の背後に日光連山。那須連峰も淡いシルエット。霞に浮く遥かな飯豊連峰。会津朝日岳を中心として、高幽山、坪人山などの会津秘峰群。

山頂をきわめた後、下山するきっかけが難しい。無意識のうちに下山しているようでも、それなりのタイミングというものがある。山頂に立った喜びに包まれ、ひとときを充実感に身を委ねている。気持ちが充ち、ゆらいでいるうちに、余韻を残して「さぁ」とつぶやいて腰を 上げる。5分のときもあるし、1時間のときもある。

しばしの展望に満ち足りて山頂を後にした。 ブナの並木にかかるころから、ぞくぞくと登山者が登って来る。この日は三岩岳の山開きだった。
ブナ平からは旧道を下った。あまりに急な登山道のため、今ではほとんどが登り降りとも新道利用になっているという。しかしこの旧道のブナ林はさらに見事であった。
砂地状の滑りやすい急坂を一気に高度を下げ、下り切ったところから、自動車道の擁璧を垂直の鉄梯子で降りると小豆温泉だった。  

木賊温泉の広い浴槽にゆっくり浸かってから帰途についた。

(1994年6月記)


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