その日も、嫌味なほどにディアルゴ諸島は晴天だった。
ジリジリといった感じの朝日の陽光を浴びながら、ガレオン自由軍(海賊団)キャプテン(船長)カシュルールは、その胸板を惜しみもなく晒していた。
この見事なまでのマッスルボディーを晒せられる場所が限られるのも、見てくれるレディーがいないのも、彼にとっては不幸である。
本当は、どこぞやの大富豪も羨むようなハーレムを築きたいのだが、何故だが、彼の下にはむさ苦しい男が餓鬼しか集まらない。
何とも言えずにそれが口惜しい……、武将であるパロパロ(通称、パロちゃん)はかわいくて、将来は美人になりそうな感じだが、その時まで待てるほど、漢――カシュルール――は気は長くはない。
「ムゥ……、どこかで美女が俺様に助けを求めているような……」
「何言ってんですか、キャプテン?」
突如、現れた人影に、カシュル−ルはドキッとした。
そこには、いつの間にやら副船長のレットが立っていた。
ゴブリンのくせして温厚で、極度のお人好し。
海賊の風上にも置けないが、それが気風とも言えるガレオンでは、案外、相応しい人材かもしれない。
しかし、毎度、孤児を拾ってくるのは止めて欲しいと、カシュル−ルは常日頃、思っている。
最早、海賊だがボランディアだが分からなくなってきた。
まあ、それはともかくそんなレットに対して、カシュル−ルはいつになく真剣な顔付きで言う。
「レットよ……、我等に足りぬモノは何だと思う?」
やっと、君主としての自覚に目覚めたか?……、と、期待の眼差しを向けながら、レットはカシュルールに尋ねた。
当然、立派な答えを期待して、だ。
「さあ? 何でやんしょ?」
「花だ! 美人でナイスバティーの姉ちゃんが、我等には致命的に欠けている!!」
レットの期待は、毎度ながら見事に破られた。
真剣な顔で、しかも大声で叫ぶキャプテンことカシュルールを見て、レットの呆れっぷりは朝っぱらから頂点に達する。
このエネルギーを戦場に使えれば、と、惜しまれてならない。
つうか、真面目に戦えと愚痴れてならない。
「美人だ! ボインだ!! 早く会いたいぞ、美人と評判のパロちゃんシスターズ!!」
「気の長い夢でやんすねぇ……、てか、死んで下さいキャプテン」
レットは発情しかけのカシュルールを見て、ますます呆れる。
ちなみに、パロちゃんシスターズとは、美人と評判のパロパロの10人の姉がいるらしく、それに対してカシュルールは過剰なまでの妄想を抱いている。
だけどそんな事はどうでも良く、救いようのないキャプテン・カシュルールは問う。
「おい、レット。お前、今、死んでくれとか言ったか?」
「気のせいでやんすよ、親分」
「親分じゃねぇ、キャプテンだッ!!」
カシュルールは口癖になりかけている台詞を吐いた。
議論のすり替えを図ったレットの言葉は、功を制する。
こういう単純なところは、ある意味、素晴らしい。
「陸の上では親分なんじゃないんですか?」
「それは……、その日の気分による」
そういう風に、いつものように漫才っぽい会話を馬鹿で愚かなガレオン・ブラザーズがしている時、これまたいつものように可愛らしい挨拶が聞こえる。
「あ、カシュル−ル様、おはようございます」
「オゥ、パロちゃんおはよう!」
眠たい眼を引きずりながら、パロパロが二人に朝の挨拶をしにやって来た。
いつも被っているアライグマらしき毛皮が、どういう民族のどういう風習なのかは分からないが、かわいいさが倍増するのは確かだ。
しかし、カシュルールはロリコンではないので、それは楽しめない。
「ん? ピロリンはどうした?」
「ピロリはまだ……」
ピロリンというのは、ガレオン自由軍の武将(といっても、まだ幼い少年だが。そして、あまり役にも立っていない)のピロリのあだ名である。
ピロリとパロパロは許婚の関係にあるらしい……、といっても、パロパロの押しかけ女房の感じは否めないが。
「ムゥ……、寝ぼすけさんめ。低血圧か、あいつ? まあ、いい……、ゴミ山」
「ウィ〜ッス」
ゴミ山とカシュルールが呼ぶと、近くの漂流物らしき物体が動いた。
武将ならぬ不精野郎、むさくるしさNO.1グレイプである。
この頃は、身体に海草を生やして、ますますゴミとの一体化が進んだようである。
漂流しているのをカシュルールが見付けて保護してやった時から漂流物と一体化している感があったが、今ではそのものとなっていると言っても過言ではない。
「ピロリンを起こしてこい、優しくな」
「イェッサーキャップ!」
海賊外れの敬礼をしながら、グレイブはトボトボとピロリの寝床へと向った。
それを見守ってから、カシュルールはレットとパロパロの方向を振り向く。
「ガレオン自由軍、朝礼開始!」
「へい」
「はい」
カシュルールの声に呼応して、レットとパロパロは返事をした。
それを満足気に見下ろしながら、カシュルールは声高に叫んだ。
「今週は、美人の姉ちゃん強化月間だ!!」
レットとパロパロは思い切り、しかも露骨に嫌そうな顔をした。
カシュルールはそれに不満気に応える。
「諸君は分かっていないぞ! 男のロマンは、飽くなき美女の追求だ!」
「それは、親分が勝手にやって下さいよ」
「そうですの。私も、そういうの好きじゃありません」
レットとパロパロに諭されて、カシュルールは頭を掻きながら、
「ムゥ……、ナンセンス!」
と、言って欠伸をした。
君主の威厳もへったくれもない。
『こんな男を様付けで呼んでくれるなんて、何て良い子だろう』と、レットはパロパロを見て思った。
「諸君には聞こえんのか!? 俺様に助けを求める美女の声がッ!!」
「勝手に妄想膨らませていて下さい……」
「な!? 聞こえるだろう、かの美女の喘ぎ声! このカシュルール様に助けを求める、か弱い声が……!!」
『お〜い、誰かぁ〜。助けておくれぇ〜』
「……」
本当に聞こえてきた助けを求める女性の声に、一同は声を失う。
「入り江の方でやんすね」
「ウ、ウム……、どうやら、俺の正義を求める心が、本当に助けを求める女性を呼んでしまったらしい……、流石、我が熱きソウルよ!!」
「勝手なこと言ってないで、早く行きやしょう」
カシュルールの発言を無視して、レットとパロパロは入り江の方へと向った。
カシュルールは顔を赤らめながらも、それについていった。
一人きりは、寂しくてならない……、そして、何よりも助けを求める女性の声が、彼を阻止限界点へと突き動かしていた。
まだ見ぬ美女との対面……、カシュルールの心は踊っていた。
10分後。
カシュル−ルは夢も希望も潰えていた。
「また餓鬼かよ……」
「ガキで悪かったね。いいから、助けておくれよぉ……」
どうしてか岩の下敷きになっている少女は、そう言ってカシュルール達に助けを求めた。
尻尾があるところを見ると、獣人か猿人であるらしい。
黒い髪で毛皮を被っているが、丸顔で可愛らしい顔をしている。
パロパロと同じくらいかわいい……、が、しつこいが、カシュルールはロリコンでは断じてない。
「要はこの岩をどかせばいいんだろ? なぁに、ちょちょいのちょいだ」
「あのさ……、何て言うか、この岩……ただの岩じゃないんだ」
「何を言っている? 岩とは固いが、動かぬものだ。いいから、俺様に任せとけ!」
「親分、男らしいでやんす!!」
「やれ、レット!」
カシュルールは意気揚々に……、レットに岩をどかせるよう命令した。
「ええ!?」
「俺は持病の椎間板ヘルニアが痛くて痛くて……、という訳で、お前の仕事だレット!!」
「その若さでッ!?」
「そうですわ、カシュルール様! ここは君主らしく、男らしいところを……」
「パロちゃん!!」
いきなり名前を呼ばれ、おまけに肩まで掴まれて、ドキドキするパロパロに、カシュルールは最悪の言葉を投げ掛ける。
「正直、面倒臭い!! 帰って寝る!!」
「うぉい!!??」
岩の下敷きになっている少女が絶叫した。
恐らく、自由な身体であればコークスクリューの一発くらいかましてやっただろう。
それが出来ないのが、少女としては非常に口惜しいところであった。
「おま、それが一国の君主の言う台詞かよ!? アンタ、それでも一国一城の主!? なに、その胸板、全部ハリボテ!?」
「敢えて言おう、餓鬼に興味ナッシング!!」
「(うわぁ……)」
断言した、というよりも宣言したカシュルールを、汚物でも見るような眼差しでレットとパロパロは見詰める。
カシュルールもそれに気付いて、眼を細める。
「何だその眼は!? 諸君、正直、俺は……」
「(どうせ、ろくでもない事だ……)」
半ば絶望しつつも、レットとパロパロはカシュルールの戯事に耳を傾ける。
そして、案の定、後悔した。
「ボン・キュッ・バンの人妻とフォーリング・ラヴ出来なくて、心が氷河期ドンドコイ」
「死んで下さいキャプテン」
「……レット、お前がどうもさっきから俺に対して死ね死ね言っているような気がするのだが……」
「気のせいでやんすよ、親分。春のそよ風のようなものでやんす」
「…………、お前、格下げな」
カシュルールは深く考えもせず、そう言った。
レットもそれには過敏に反応せざるを得ない。
「お、親分、それはあんまりでやんす!!」
「ならば、これからは俺の事は熱血疾風カシュルール様と呼ぶ事だッ!!」
「ねえ、アタシの事は……?」
完全に無視された岩下の少女がそう言った。
だけれど、カシュルール達はそのまま無視した。
「熱血疾風カシュルール様ッ!!」
「ウム、もっと俺を敬え、尊敬しろッ!! これからは、俺の事を世紀末覇者カシュルール様と……」
「増長し過ぎです、カシュルール様!!」
「パ、パロちゃん!? そ、そんな事、言わんといて。これでも、身体はマンモス、心はナマケモノなんだから……」
「訳分かんねぇから、とっとと岩をどけやがれぇい!! こぉの、スットコドッコイがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
少女が叫んだ。
それで、カシュルール達は正気に戻った。
「ムゥ……、ナンタルジア! か弱き少女を助ける為に、俺はこの岩をどけねばならんのか……」
「さっさとそうして下さい、キャプテン」
「ヌゥ、オレサマ、ゴキゲンナナメ。という訳で、レット、お前が……」
「誰でも良いから、どかせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
少女は不安になってきた。
正直なところ、こんな馬鹿な連中には期待出来ない。
頭の中身にウジがわいているのも気付いていないような連中だ。
しかし、こんな連中に期待するしか出来ない自分が、とことん惨めになってくる。
「もう、いっそ潰してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
「まあ、そう悲観するな少女A。今、我々が如何にしてこの岩をどかせるかを考えて……」
「ぶっちゃけ、何も考えてないだろ、アンタ!!」
「ザッツ・ライト!!」
ダンスマンのようにポーズを取りつつ、カシュルールは断言する。
少女は絶望した。
よりにもよって、何でこんな馬鹿な連中の遊び道具にならねばならないのか?……、それを考えると、自分が何だが惨めに見えてくる。
「もう良いです。何も期待せんです。とりあえず、目の前から消えて下さい……」
「何を悲観する少女A!? 今、助けてやるぞッ!!」
「助ける気がないくせに!? それと、アタシの名前は少女Aじゃなくて、クウッ!!」
「クウ? おう、じゃあ、クウちゃん! 今、助けてやるぞ!! だから、やれレット!!」
「あ、あくまで他力本願!?」
レットは絶叫した。
つられて、カシュルールも絶叫する。
「愛って何だ!? 躊躇わない事さ!!」
「訳分かんないです。マジ、死んで下さいキャプテン」
「あの〜……」
不毛な会話を続ける馬鹿ブラザーズに対し、おずおずとパロパロが手を挙げる。
「面倒臭いのなら、魔法で粉砕してしまえばどうでしょう?」
パロパロの言葉に、カシュルールもレットも、ニヤケ顔で指を突き立てた。
「それで良し!!」
「……朝っぱらから、うるせぇなアンタ等……」
「おお!? しかも、都合良くピロリン!!」
カシュルールは、男のくせして低血圧で、寝癖がこの上なく可愛いピロリンことピロリを発見してほくそ笑んだ。
横に棒立ちしているゴミ山はとりあえずシカトしておく。
「ピロリン、寝癖が可愛いところ恐縮だが……」
「寝癖? え、マジ!? そんなに立ってる!?」
「あの岩をステーキな魔法で粉砕してくれ!!」
「ねぇ、立ってる? パロ、そんなに寝癖立ってる!? レットさん、俺、そんなに寝癖立ってる!?」
「うん。結構立ってるね、ピロリ君」
「嘘ぉッ!? 直す、直してくる!!」
「……ふと思ったんだが。ピロリン、お前、レットの事はさん付けなのに、何で俺は呼び捨てなんだ?」
「んな事ぁ、どうでも良い!!」
ピロリは逃げ出した。
きっと、寝癖を直してくるのだろう。
「ピロリンめ、なかなかうい奴よ……」
言っておくが、カシュルールはショタコンな訳でもない。
可愛い存在に対する、素直で率直な感想である。
「ムゥ、しかしピロリンがいなくては、魔法であれをガツンとやれなんな……」
「そのぉ……、私だけでも何でしたら……」
「駄目だよ、パロちゃんだけじゃ危ないからね。という訳で、やれゴミ山!!」
「うぃ〜っす」
何が危ないのかの基準は定かではない。
しかし、シカトされていたのがやっと出番が回ってきたので、ゴミ山ことグレイプは、はりきってノロノロと動き始めた。
ノロノロという動きだが、はりきっている。
とりあえず、そんなMr.ゴミ山に面倒事を押し付けて、カシュルール達は朝食でも取ろうかとアジトの方へととぼとぼと歩いていった。
謎の飛来物が襲来するまでは。
「何ッ!?」
カシュルールが身構える。
飛来物はネジ巻き式に回転しながら砂浜へと落下、砂を巻き上げつつ二転、三転する。
グニャリと倒れて、やっとそれが何物か分かった。
「ゴ、ゴミ山ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!??」
それは、さっきまで意気揚々と岩をどかしに行っていたグレイプだった。
白目をむき、泡を吐き、何かを訴えるかのようにグレイプは岩の方を指差す。
カシュルールは殉職した同僚を抱きかかえるデカのように、グレイプを抱き起こす。
「な、何があった!?」
「岩、岩、岩……」
「岩? 岩? 岩?」
「キャ、キャプテン……、岩に殴られた……」
「何ッ!?」
――もはや手遅れか……
カシュルールはグレイプの言葉にまともに取り合わず、彼が錯乱したと決めつけた。
とりあえず、死を迎えつつあるグレイプに対し、送る言葉を贈る。
「安心しろゴミ山。俺達の“ドキッ☆ 美女だらけ帝国”は必ず成し遂げるぞッ!!」
カシュルールの言葉はグレイプを勇気づけるどころか、逆に脱力させた。
『グフッ……』という呻きと共に、ゴミ山は気を失う。
「ゴ、ゴミ山ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
カシュルールは太陽に吠えた。
その所為でレットもパロパロも、グレイプが殉職したと勘違いして、真剣に悲しくなって、損をした。
「気絶しただけじゃないですか」
「いや、今週はドラマチック演出週間だからな」
「(美人の姉ちゃん強化週間だったんじゃ……)」
ツッコミたくてもツッコめない不条理を、レットは感じた。
そんな一向の前に、グレイプが指差した、クウを下敷きにしている岩が立ちはだかった。