「岩だよな?」
「岩ですね」
微動だにしない、何の変哲もない岩を前にして、カシュルールとレットは確認し合う。
外見上は何処にでもあるような、岩である。
しかし、この岩はただの岩ではない。
ガレオン自由軍の中でもダントツな肺活量と磯の風味を持つゴミ山をKOした岩なのだ。
「どうしやす?」
「うん、まあ……、とりあえずいけ、レット」
「やっぱりあっし!?」
慎重なのか臆病なのか、ただ単に面倒臭いのかは分からないが、いずれにせよカシュルールは厄介事をレットに押し付ける事でファイナルアンサーだった。
レットは言を右往左往させ、現状打開をはかる。
「やっぱり、万が一というのもありやすんで、ここは魔法で……」
「何を言うか。パロちゃんやピロリンに何かあったら大変だろうが」
「う……」
普段は常識の欠片も持たないようなカシュルールに正論を言われ、『お前が言うなよ』と思いつつ、レットは狼狽える。
確かに、子供を危険な目に合わせるのは、一般成人男子としてどうかと思う。
「じゃあ、やっぱりあっしが……?」
「うん、めっさりやってみてくれ」
「めっさりって……、いや、どうせ意味ないでしょう」
「何をッ!? 意味ならあるぞッ!!」
突如、鼻息荒くカシュルールは反論した。
手には何故か長剣が握られている。
「(殺られる!?)」
レットは恐怖したが、カシュルールの矛先は岩へと向けられていた。
「そう言うなら、俺が手本を見せるぞッ!! めっさりとはこうだッ!!」
そう叫ぶと、カシュルールは岩へと目掛けて突進した。
「何だ……、普通に斬り込むだけですかい」
「違うッ! 断じて否!! めっさりとはバッサリともモッサリとも違い……」
台詞の途中でカシュルールは跳んだ。
そして一回転半の後、木の葉が舞うかの如く自然落下しつつ岩へと向かう。
「めっさりの極意とはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
純度100%に意味の分からない事を叫びつつ、オーバーアクションでカシュルールは岩へと剣を振り下ろそうとした。
そこで、レットは見た。
「ぶべぼぉ!?」
岩が変形し拳となり、その拳が確かにカシュルールの頬にクリーンヒットするのを。
尖っていて、とても痛そうである。
カシュルールの顔の歪み具合からも、その一撃がどれほどの衝撃なのかが伺える。
「にゃっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
カシュルールが発した奇声は置いておいて、岩は矢継ぎ早にボクシングの基本であるワン・ツーを繰り出した。
しかも、ただのワン・ツーではない。
何故なら、これは世界を制したワン・ツーであるからだ……、のようにレットには見えた。
何せ、彼の親愛なる親分が、この世のものとは思えないような吹き飛び方をしたのだから。
「若さって何だぁ!?」
重力に逆らった逆立ち姿勢のまま、砂浜を数メートル――まるでおろされる大根のように――カシュルールは吹き飛んでいった。
そんな状況の中でも意味不明の語録が飛び出すのは、流石は無駄な筋肉の申し子カシュルールである。
しかし、そんな彼も砂浜に突き刺さり、とうとう沈黙した。
まるで墓標のようである。
レットもパロパロも、犬神家の一族の仲間入りをした無惨なカシュルールに、思わず合掌してしまう。
それから、レットはグレイプのみならず、無駄な筋肉使いであるカシュルールまでも粉砕した岩と、その下敷きになっているクウとかいう少女の方へ向き直す。
「あの、クウさん?」
「何だい?」
「そのチャンピオンベルト巻いていそうな岩の方は、何でしょう?」
「だから、普通の岩じゃないって言ったんだよ」
「あのう……」
パロパロがおずおずと手を挙げて言う。
「それ……、私達の手に負えないと思うんですけど……」
「うん、アタシも最初から期待してなかったよ」
あっさりとクウは暴露した。
「じゃあ、帰っていいですか?」
レットはもう帰りたい気持ちで一杯だった。
だが、クウは両手を合わせ、あろう事か瞳に涙まで浮かべてレットに懇願する。
「何とかしてよ……」
「振り向かない事さッ!!」
刹那、何の前置きもなく犬神家の一族が復活した。
謎の言葉と共にカムバックしたカシュルールは、懲りずに岩へと斬りかかった。