カシュルールの斬撃は確実に岩をとらえた。
 だが、

 キィン!

 という鋭い音と共に、岩ではなくカシュルールのクレイモアが真っ二つになる。
 唖然とするカシュルールに、岩は待っていましたとばかりに蟻地獄のようなカウンターを合わせた。
 岩が拳に変形するまでの所要時間はコンマ数秒。
 無謀なチャレンジャーの二度目の挑戦は、ダウンまでの滞空時間を延ばしただけという、より惨めなものに終わった。

「若さを若さって……」

 延長された滞空時間を生かせずに、またしてもカシュルールの断末魔は中途半端なところで終わった。
 湖面に水平投げされた小石のように跳ねながら、カシュルールは仰向けで大往生する。

「あの……、クウさん……」

 その光景を目の当たりにし、レットは恐る恐る言う。

「とても帰りたいんですけど……」
「何やってんの? 新しい遊び?」

 刹那、何も知らない無邪気なお子様・ピロリが、寝癖を直して合流した。
 レットはそんな汚れ無き御子に、事情を説明する。
 ピロリとしては俄には信じがたい話ではあったが、砂浜の残骸と化したカシュルールとゴミ山がそれに説得力を与えた。
 ピロリの瞳は好奇心に輝いた。

「スゲェ、人を襲う岩だ! スゲー!!」

 確かにスゴイが、だからどうした、それでどうしろ、というのがピロリの発言に対するレットの感想だ。
『一回、殴られてみたら?』というのはピロリの発言に対するパロパロの感想である。
一方で、眼を爛々と輝かせるピロリは、レットに言う。

「レットさん、一回殴られてみてよッ!!」

 お子様は残酷に恐ろしい事をほざいた。
 レットは首をロックバントのライヴに来た観客のように、激しく首を横振りした。

「ピロリ君、ホセ=メンドーサのような岩だよ? テンプルにヒビをいれるコークスクリューを放つ、Mr.コンピューターな岩だよ? そんなのとやったら、あっという間にパンチドランカーになっちゃうよ」
「どういう意味ですの?」

 不思議そうに小首を傾げて、パロパロが聞いてくる。
 レットはそれに簡潔に答えた。

「つまり真っ白な灰になるってことさ」

 マニアック過ぎて、というよりもネタが古すぎて、お子ちゃまな二人には通じなかった。
 だが、お子様には通じない代わりに、イイ歳こいた大人‘Sとはモロに分かり合えてしまう。

「その通りだ、レットッ!!」

 馬鹿は三度、甦った。
 砂浜から飛び起きたカシュルールは、最早、折れた剣などには頼らずに、寡黙な岩と拳での対話を試みる。
 漢とは拳で語り合うという信念に、彼は従ったのだ。
 だが、岩は喋らない、何故なら岩だから。
 それなのにその岩は『岩は殴ってはいけない、岩はそこに居座るだけのものだ』という、ロボット三原則並の鉄則を破って、カシュルールに黄金の左、しかもフリッカー気味のそれをかます。
 顔にアルプス山脈のようなミミズ腫れを刻まれ、カシュルールの五体は三度、吹っ飛んだ。
 その吹き飛び方もかつてなく強烈で、ベーゴマのように高速横回転し摩擦で煙があがる。
 レットは今度こそ、親愛なるろくでなしが死んだと思った。

「親分ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!??」

 しかし、親愛なるろくでなしことカシュルールは、レットの予想に反してすぐさま起き上がる。
 しかも、起き上がった挙句に懲りずに岩へと立ち向かう。
 人間に飛び移ろうとするノミが持っているのは、勇気ではなく無謀だという事をレットは実感した。
 事実、カシュルールの顔は醜く歪み、そのまま俯せに砂浜に沈む。

「やるじゃないか……、グフッ」

 雑魚っぽい断末魔で、カシュルールは四度目のダウンを喫する。
 だが、彼はそれでもよろよろと立ち上がる。
 既にガクガクの足で。
 レットはタオルを投げ込みたい気分になった。

「親分……、もうよしましょう」

 弱々しい口調でレットは言う。

「あ……、あの偉大なるチャンピオンを相手にここまで立派に戦ったでやんす。もうこの辺でお仕舞いにしやしょう」

 元ネタが分からないピロリとパロパロには、首を傾げる他なかった。
 完全に放っておかれているクウは、人生を諦めたくなった。

「あっしは……」

 ノリノリで眼帯まで付けて、レットは続ける。

「あっしはもう、これ以上見ちゃいられないでやんす。もうたくさんでやんす!!」
「待ってくれよレット……」

 カシュルールも前髪をわざとホウキ状にして、自己陶酔しながら応える。

「俺は……、まだ真っ白になりきってねぇんだぜ」
「……」

 レットは一旦、間を置いてから、わざとらしく冷や汗を浮かべた顔で尋ねる。

「真っ白……? 真っ白たぁ……、どういう意味ですかい、親分?」

 コスプレまでして“明○のジョー”ゴッコを始めた二人をよそに、ピロリとパロパロは指相撲を始めた。
 クウはダークサイドに堕ちようかと思い始めていた。
 そして、ダークフォースを手に入れて、前で馬鹿やっている連中の首をキュゥっとやれたらどれだけ爽快か考えたりもした。
 前述の通り、元ネタが分からない彼等は、この上なく退屈だった。
 だが、そんな彼等をよそに、コスプレ合戦は続く。

「まだやるんですかい、そんな身体で……」
「頼むやレット……、頼むや……」

 レットとカシュルールには、周囲の重たい雰囲気など何処吹く風である。
 やりたい放題な、愚昧なコスプレ演劇にはまる。

「真っ白な灰になるまでやらせてくれ……、何にも言わないでよぉ」
「お、親分……」

 そこまでやって、やっと二人は気が済んだ。

「という訳で、あのクソッタレ岩を粉砕する訳だ。ゴミ山、いつまで寝てやがる!!」

 ケツを叩き、カシュルールはゴミ山・グレイプを強制的に強権的に復活させる。
 グレイプは慌てて起き上がる。

「イェッサー! 何ですかいな、キャプテン!?」
「あの岩をメランコリーにさすんだよ! ピロリンもパロちゃんも、魔法でビシバシやってくれぇぃ!!」

 カシュルールは岩と再び対峙する。

「ガレオン自由軍の底力、見せてやろうじゃねぇかッ!!」

 戦隊風の五人の決めポーズは、いつになくダサく決まった。
 それを目の当たりにして、クウは泣きたくなった。