一時間後。
 メランコリーになったのは、カシュルール達の方だった。
 見事なまでの敗北感や挫折感を味わう羽目になったのである。

「剣も効かない、魔法も無駄。何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!??」

 あまりの岩の強度に、カシュルール以下五名全員が、辟易としていた。

「あのぅ……」

 おずおずとパロパロが挙手する。

「とりあえず休憩しませんか?」
「……そうだな。飯もまだ喰ってねぇし……」

 カシュルールが同意したので、パロパロの提案通りに彼等は休息を取る事にした。
 それを待っていましたとばかりに、パロパロが風呂敷包みを取り出し、中身を広げる。
 そこから、バスケットに入ったサンドイッチが現れた。

「あの、サンドイッチを作りましたの。皆さん、どうぞ……」
「う〜ん、パロちゃんは良いお嫁さんになれるね」

 ピロリを小突きながら、カシュルールが言う。
 ピロリはむくれながらも、サンドイッチ自体は美味しそうに食べる。
 そのサンドイッチは、ふわっとした黄色い卵、オーソドックスなハムとレタス、ポテトサラダにカツサンド、フルーツをホイップクリームに挟んだデザートチックなものまであり、実にバレエティに富んでいた。
 家事も出来ない、フィンランドでは結婚対象外にされる野郎三人組には、パロパロが天使に見えた。
 カシュルールはもちろんの事、レットもピロリも貪り食う。
 そんな風に、四人がランチを楽しむ光景を指をくわえて見ていたクウは、不覚にも腹の音が鳴る。
 お腹の小人が空腹を訴える。

「あ、クウさんもどうぞ」

 クウが空腹なのに気付いたパロパロが、ニッコリ笑って言った。
 まさに天使のスマイルである。

「え……? アタシも食べて良いの?」
「当然ですわ」

 まさに天使の如く、クウにはパロパロが輝いて見えた。
 それだけで周囲の有象無象は癒される。

「ええ子や……」

 レットなどはホロリと涙まで見せる。
 そんな感じでガレオン自由軍はかなり遅い朝食(昼食と一緒になった)を取り、それからまた、デンジャラスな岩と向き合う。

「しかし、こいつが岩じゃなかったらスカウトしたいくらいの岩だぜ……」

 腕組みしながら、カシュルールは好敵手に対ししみじみと思った。
 既に名も無き岩と彼の間には、言葉では言い表せない友情が芽生えていた。

「本当に……、見れば見るほど良い岩だ……」
「いや、岩は岩でやんすよ……」

 レットが呆れる。
 ともかく、グレートでバイオレンスで、チャンピオンな岩の所為で状況は膠着していた。
 食後の紅茶を楽しみつつ、ガレオン戦隊な五人は今後について話し合う。

「武器は駄目、魔法も駄目。いっそ諦めるか?」
「でも、クウちゃんが可哀相ですよ」
「だって、あの岩ウザイよ……」
「殴りますからねぇ、岩なのに……」

 茶をすすりつつ、談議は続く。
 
「とにかく、手応えがねぇんだよ、岩への。これ以上、あれこれいじくっても無駄な気がしてならねぇ……」
「あのう……」

 またしても、おずおずとパロパロが手を挙げる。

「北風と太陽の話にあるように、押して駄目なら退いてみてはどうでしょうか?」
「退くぅ……?」
「そのぉ……、岩さんと話し合ってみればどうでしょうか?」
「話し合うぅ……?」

 岩にまで“さん付け”、というよりもそもそもアレな意見を述べたパロパロに『この娘、頭イタイ系?』的な視線が集中する。
 しかし、しばし考えた後、カシュルールは何となくその意見に納得してしまった。

「そうか……、俺と岩は友情を育んだ仲。漢同士、腹を割って話すのも悪かねぇな」
「えっ!? 親分、岩語が話せるんで!?」

 レットの不適切なツッコミが炸裂する。
そういう問題ではない。
カシュルールも調子に乗って、奇妙な大口を叩く。

「漢同士の友情は、言語の壁をも超越するのだッ!!」

 パロパロだけでなく、カシュルールも――彼に関しては日常的にだが――思考回路が狂っていた。
 そもそも、殴ってくる、しかも高度なボクシングテクニックまで使ってくる岩というものがとっくに彼等の理解の範疇を超えていた為に、結果として非常識を常識にしてしまうような気風が生じていた。
 その結果による、逸脱した妥結である。

「とにかく、俺が岩を説得してみよう! 大丈夫だ、漢なら熱く込み上げてくるものが必ずある!!」
「(ねぇよ、そんなの……)」

 周囲がイッちゃってる中、一人だけ冷静でいられるので逆に寂しいピロリは、そう思い呆れ果てた。
 ぶっちゃけ、彼には岩などどうでも良い。
 下に敷かれている何かさえ、どうでも良い。
 ただ、夢を見ていた少年の眼差しに戻っているカシュルール以下チンカス海賊共を見ているのが面白可笑しいので、疎外感を感じつつも何となく居残っていた。
 そんなピロリの気持ちなど知る由もなく、単細胞のカシュルールは叫ぶ。

「俺の右手ぐわぁ光ってうなぁるぅ! お前を倒せと轟き叫ぶぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「話し合いになってねぇだろ!? あと、その先はヤバイんで言うなッ!!」

 関わらないと感じつつも、あまりの暴走っぷりにピロリはツッコミを入れてしまった。
 ガレオン戦隊では、一人だけクールでいようなんて事は許されないし、有り得ない。

「ああ、もう! このダメ目ダメ科ダメな中年共めぇ!!」
「何ぃ!? 俺は中年じゃないぞ!! 第一、何だその高度な表現は!?」
「あのぅ……」

 口喧嘩の火蓋を切って落としかけた二人を、パロパロの挙手が止める。

「話し合いはどうなったのでしょうか?」
「時代はサバイバルだよ、パロちゃん! 喰うか喰われるかの焼肉定食なんだよッ!! そそそそそそんな、話し合いとか言うから行ってみたら、店の奥からコレもんがズラリ出て来て『兄ちゃん、世間の常識教えたろうかぁ、コラァ?』みたいなぁぁぁぁぁ!!!」
「何の話だよ!? どういう体験談だよ!? あと焼肉定食じゃねぇよ、弱肉強食だよ!! ベタだな、オイ!?」

 カシュルールのボケがエスカレートするのに比例して、ピロリのツッコミも冴え渡る。
 忘れ去られたクウは、岩からの脱出を諦めかけていた。
 というよりも、いっそ殺してくれと思い始めていた。