クウが自殺願望を抱きつつある中、突如、カシュルールは泣き出した。
 その表情に、一瞬、仰け反った一同を前に彼は語り出す。

「カシュルールです。昔、遠足の時にお母さんに御弁当を『サンドイッチにして欲しい』と頼んだとです。そしたら、サンドイッチだったけど中身がおかかと梅干しだったとです」
「パクリじぇねぇか!?」
「ナニィ? パクリで何が悪い!?」
「いや、逆ギレは寒いって。いやいや、マジで」

 ピロリの痛烈な返しツッコミで、場の空気は一気に冷え込んだ。
 カシュルールはこの世の終わりのような顔をしてから、悲しさ恥ずかしさで熱砂に顔をうずめてしまった。
 そろそろウザくなってきたので、皆、それをシカトする。

「みんなヒドいよ……、寒いなんて……」

 誰もかまってくれないと分かると、カシュルールは、今度は体育座りで哀愁を漂わせ、同情を誘おうとしてきた。
 本格的にウザくなったので、パロパロですらそれを無視した。
 その無情な仕打ちに、カシュルールは寒いと言われたにも関わらず逆ギレをした。

「このダークネス・ニャンコ共がぁッ!? 貴様等にカラオケの番が回る度に、みんなにトイレに行かれる俺の悲しみが分かるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「分かりたくもねぇ。おまけに、結局、パクリかおっさん」
「おおおおおっさん!? てか、ボーリングをカラオケに変えたから、微妙にパクリじゃないぞッ!!」
「いや、パクリだから」
「ちなみに実話だッ!! 漫画でもねぇのに、途中で打ち切られた事もあんだぞッ!!」
「うわぁ〜……、キャラしょっぱいな、じじい」
「寒い通り越してしょっぱい!? てか、じじじじじじじい!? おっさんまで通り越したの!? ジャンプしちゃったの!?」
「帰れお前等ッ!!!!」

 刹那、クウの怒声により場は沈黙した。
 いい加減、一向に進まない岩の除去に辟易とし、除去どころか漫才に興じてばかりいる駄目海賊共に、クウは愛想を尽かした。

「まあまあ、そう怒らないで下さい、クウさん。あれでも、親分は真面目にやってるんですよ」

 レットがフォローするが,説得力は皆無である。

「どう見ても何も考えていない面だよ、あれは……」
「考えているぞ! とりあえず“カチカチ山の岩さん”作戦を実行しようとしているところだッ!!」

 へこたれない、止まらない、素晴らしき馬鹿・カシュルールは急に自信満々に言った。
 この男の自信は、周囲に期待より不安をもたらす。
 何やらカシュルールが馬鹿を誇っている一方で、ゴミ山が何やら岩の周りにゴミクズを集めていた。
 それを見計らって、カシュルールは樽を持ってくる。
 そして、その中身を勢いよくそのグレイブが集めたゴミの山にぶっかけた。
 その液体の香りが磯の風味にブレンドされて漂ってきた時、カシュルールとゴミ山を除いた全員が嫌な予感を感じた。
 それは見事に的中する。
 カシュルールはぶちまけた照明用の油と、それをふんだんと含んだゴミの山に、キャンプファイヤーの櫓に点火する要領で着火した。
 炎が勢い良く立ち上る。

「こうなったら、岩を燃やすしかない!!」
「何故、そうなる!?」
「燃やしたら熱くてどくんじゃないのか?」
「その前にアタシが死ぬだろうがッ!!」
「し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 本当に、ようやく今、気付いたらしくカシュルールは絶叫する。
 クウの絶望感は頂点に達した。

「ていうか、熱い熱いぃぃぃぃぃッ!!」
「うわわわわわ! 消火消火!!」
「し、死んでたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 絶望感を突き抜けた時、クウの中で何かが目覚めた。
 絶大なる力が、全身に漲ってくる。

「こぉの、クソ山ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 気付いた時は、独力で岩を持ち上げるクウが、そこにはいた。
 炎の中、鬼の形相でクウは岩を支える。

「ぬりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 誰の助けも必要とせず、クウは岩を投げ飛ばした。
 岩は岸壁に衝突し、四散する。
 Mr.コンピューターと呼ばれたチャンピオンがついにマットに沈んだ。
 その光景を呆然と見守っていたカシュルールはほざいた。

「フ、フハハハハハハハ!! 計算通り!」
「嘘吐けぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 炎の中から脱出したクウの跳び蹴りが、高笑いする馬鹿に炸裂した。

「アンタ、アタシは危うく死ぬ……、アチャチャチャチャ!!??」

 顔面から流血して倒れたカシュルールに追い打ちをかけようとしたクウは、突然、背中に感じた熱気に動転する。
 よく見ると、尻尾に火が点いているという、お決まりパターンにはまっていた。

「うわわわわわ!!??」
「消火消火!!」

 レットやパロパロが慌てて海水をそれにぶっかける。
 塩水が火傷傷に染みて、クウはのたうち回る。
 それから、すっかり毛が焼け落ちて、無惨になった尻尾に息を吹き掛けながら、次第にクウは落ち着きを取り戻していった。

「ハァハァ……、変な連中に頼んだ所為で、より酷い目にあったよ」
「いや、クウさん?」

 丸裸になった自分の尻尾に悲しくなっているクウに、レットが声をかけた。

「何だい?」
「自力で脱出出来るなら、最初からそうすれば……」
「え……? いや、それは……」
「私達の労力は何だったんでやんす?」
「ハ、ハハ……」

 レットの言葉に、クウは誤魔化しの笑いを浮かべて言う。

「か、感謝してるさ。うん、そうだ! アタシをアンタ達のところで働かせておくれ!!」
「ガキは去れ」

 即答したカシュルールの口を、クウの鉄拳が塞いだ。
 カシュルールは岩にくらったのと同じくらいの飛距離で吹き飛ぶ。

「(い、いつになったらゴージャス・ビッグ・ボインと巡り会えるのだッ!?)」

 薄れてゆく意識の中で、カシュルールは叫び、下卑た妄想に浸った。
 だが、現実は彼の周りにはゴツイのかガキしかいない。

「とにかく、嫌と言われてもついていくからね!」

 カシュルールの気絶の仕方を見た他の四人には、頷く=服従しか選択肢がなかった。
 目の前の妙に張り切っている猿人の少女には勝てないと、四人はアイコンタクトで意見の一致をみる。

「良いんだね? じゃあ、よろしクウ!」
「寒!?」

 最後の最後でクウの口から飛び出たダジャレで、ガレオン自由軍の間にブリザードが吹き荒れる。
 カシュルールもそのあまりのくだらなさに復活してしまう。

「寒い、寒いぞ!? 貴様、それでも芸人か!?」
「と、とにかく、暴れてみせるからヨロシク!!」
「寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、サム……」

 しつこく『寒い』を連呼したカシュルールの口を、二度、クウの鉄拳制裁が塞いだ。

「よろしく!」
「え、ええ……、よ、よろしくお願いしますわ」
「よ、よろしくでやんす」
「あ、ああ、よろしく……」
「ウィッス、よろしく……」

 残された四人はギャグの寒さと鉄拳の恐ろしさに戸惑いつつも、とりあえず承諾した。
 かくして、クウはガレオン自由軍の武将となった。
 そして、カシュルールに安息の日は訪れなくなった。
 それでも、前途多難なカシュルールの『ドキッ☆ 美女だらけ帝国』建国の野望は続く。