グローゼンがどん底のブルースを熱唱したくなっている頃、ヴァルトロは逃げていた。
─―今はいいのさ愛などいらない!
ブラックマージ以下、魔界軍の一発芸的なネタしか持っていないような芸人もどき共の死を確信し、それにほくそ笑みつつ、ヴァルトロは孤独なランナウェイを続ける。
天空の島ガラドを越え、地上世界であるイーディス島まで逃げてしまえばこっちのものである。
とりあえず、ほとぼりが冷めるまで地上世界の誰かのお宅に押し入れっていれば良いのだ。
だが、それがどれほど危険かを、まだヴァルトロは知らなかった。
地上世界の真の恐ろしさを。
ともあれ『俺は鷹だぁ、グランプリのタァカァだぁぁぁぁぁぁ!』と叫びつつ、マジ○ガーZの如く両翼を広げて滑空するヴァルトロには、そんな事を考える余地など脳の容量からしてなかった。
とりあえずで、いきなりローライド王国首都ガルハラに殴り込みをかけるくらいなのだから。
いきなりの王城突入である。
何が彼をそうさせたのか?……きっと、それは青空のなせる技であろう。
敢えて言おう、ナチュラルハイ故の……ノリだと。
人はそれを若さ故の過ちと呼び、それで済ましてしまう。
大体そんな感じで、窓硝子を突き破り入ってきた侵入者に、丁度、ムゲンとの戦いで逝去した上司シュタイナーの遺影に故人の好物であった日清ヤキソバ・ナポリタン味をお供え、涙がホロリと出たルーサーは腰を抜かした。
毎度の事ではありつつも、やはり前置きもなく突然現れる不審者に対しては、ついそういったリアクションを取ってしまう。
そして、大抵の場合、それが不審者を増長させるのだ。
「ふぅ……、とりあえず医者を呼べモジャ公」
自分で突っ込んでおいて、身体中に硝子の破片が刺さって出血多量のヴァルトロはそう言った。
だが、ルーサーは相手の判別が付かなかった。
そもそも、面識はあれどもさして親しくなかったヴァルトロとルーサーである。
ただでさえそうなのに、それに血塗れで『ほぎゃぁ!?』とか叫びたくなるような姿で迫られたら、ルーサーとしては気絶しても良いくらいの恐怖心に襲われる。
おまけに、いきなりルーサーの事を“モジャ公”呼ばわりしたような男である。
ルーサーは至極当然で冷静な対応をした。
「侵入者だ! 衛兵、来い!!」
昔、村の歌謡大会で優勝を収めたフローラル・ボイスがやっと役立つ日が来たとばかりに、ルーサーは叫び続けた。
ウザかったので、ヴァルトロは手刀でルーサーの息の根を止めるも、後の祭だった。
気付いた時には、ローライド兵に周囲を取り囲まれていた。
足下に泡吹いてピクピク動くルーサーがいては、弁明の仕様もない。
おまけに、ヴァルトロ自身は血塗れだ。
面倒なので自らキュアを唱えて、傷を治療しているが。
「……何処かで見た顔だな」
兵士達の中のリーダー格の男が言った。
パープルヘアーの優男である。
同様に、ヴァルトロにも見覚えがあった。
彼はポンと思い出し、パンと手を叩いて言った。
「思い出しましたよ。墓荒らしブラザーズのお兄さん」
「貴様!? 何故、それを!!」
「全く役に立たないので、荷物運びばかりやらされていたギャトレイさんですね?」
男─―ギャトレイは、顔を真っ赤にしてヴァルトロを睨み付けた。
彼と彼の妹シルヴィアが拾われた時、彼等は路銀も尽きて、深夜に墓場を物色している最中だった。
それが運良く出会ったデュオにお買い上げされて、今はローライド軍で喰わせて貰っている身である。
しかし、愛竜達の食費はかさみ、働けど働けど、暮らしはよくならず、じっと手を見るような日々が続いている。
「そうだ……、国からは追われなくなったが、今度は逃亡生活から借金生活だ! あぁ、こんな事ならいっそ、昔のように墓荒らしで生計立てていた方が良かったガッテム!!」
「それは違うわ、兄さん!」
「シルヴィア!?」
思いっ切り本音を吐露したギャトレイに対し、茶色のショートヘアーと利発そうな顔を持つその妹シルヴィアが反論する。
「やるならそんなチマチマした事より、追い剥ぎよ!!」
彼女も頭のネジが外れまくっていた。
逃亡生活から移行した極貧生活で、彼等の思考は荒むに荒みきっていた。
お金が憎い、持っている奴等が憎い。
貧しさに負けた、いいえ世間に負けた。
この城を追われて、いっそ二人で死のうか……、などとは微塵に思わないタフネス野郎ギャトレイは、諸手を挙げてシルヴィアの言葉に賛同する。
「おお、その通りだシスター!」
「そうよ兄さん! もう手段は選んでいられないわ!!」
ムゲンとの戦いの時から度々あった事なのだが、この兄妹は放っておくとすぐ二人だけの世界に浸ってしまう。
周囲の兵士達が呆れ返る中、三途の川の先にいたシュタイナーに波動拳打たれて現世にカムバックしたルーサーが、そんな陶酔気味ブラザーズを怒鳴りつける。
「何をしている! 思いっ切り、逃げられているぞ!!」
ギャトレイとシルヴィアは目を合わせた。
そう、ヴァルトロはギャトレイが聞かれてもいないのに勝手に語り出した時点で既に、逃亡していた。
「「ナンタルジア!?」」
「良いから追え! 私はハラルト様に報告してくる!!」
「「あの、今の減給対象になります? ねえ、なります?」」
「良いから追え!!」
出来る限りに腰を低くして、しきりに小首を傾げながら聞いてくるブラザーズを一喝し、ルーサーはハラルトの下へと向かった。
王座に男は座っていた。
王冠は彼にはあまりそぐわない感じだ。
染めただけの黒髪は何故だか地毛になってしまい、かなり複雑な気分でいる。
そんなローライド国王となったデュオは、かなり退屈だった。
やっぱ戦争がないとつまらない。
溜め込んだカロリーを消化出来ない。
エクストリームに駆けた青春の日々で蓄積されていった、膨大なエネルギーが跳べよ、跳べよと彼を急かす。
そんな億劫な毎日に少しばかりの清涼剤とばかりに、彼はバレンタインデーで盛り上がる事にした。
実はまだフィオナの手作り料理を食べた事もないので、天然ドジっ子の素質充分の彼女の初手料理となるチョコレートを密かに期待していた。
同様にリーズとエルリシアも作っているらしいが、そっちの方はドジ通りこして命の危険性を孕むので、勘弁して貰いたい気持ちだったが、女共はやる気充分で最早、止まらなかった。
こんな風に王座に座り、独裁者スマイルを浮かべ、半信半疑で彼は彼なりにバレンタインというものを楽しんでいた。
─―こんなに平和が退屈なもんとは思わなかったぜ……
共に戦った久遠やブラックマージは今、どんな気持ちでいるのだろうか?
そう思うと、彼は無性に二人に、否、地上・天空両世界の皆に会いたくなった。
そんな折、スリルとバイオレンスは向こうからやって来てくれた。
「レフィロス様、大変です! 城内に侵入者が!!」
慌てた顔付きでハラルトがやって来た。
彼の顔を見る度に、デュオは『何でこいつは昔の俺を大人にしたような顔をしているんだ?』と疑問が湧く。
髪の色とか『あれー?』ってくらいにデュオ(旧名レフィロス)の地毛と同色、髪型までほぼ一緒。
『お前、俺に気があるのか?』とか聞きたくなるくらいで。
あまりに気になったので、エルリシアに頼んでさりげなく理由を尋ねて貰ったところ、ハラルトの答えは『私の大切な人に似せているんです。ずっと忘れないようにって……』という、エルリシアが満面の笑みを浮かべるようなものだった。
いや、別に母親に似せているのかもしれないし、下衆な深読みはしないでおいた。
でも気になって、その日は一晩中、眠れなかった。
まあ、それはさておきハラルトの慌て様で、デュオも何かただ事ではない事が起きたのを察し、軽く笑みを浮かべる。
「どうした、ハラルト? あと、俺の事はデュオで良いって言ってるだろう?」
「はい……、いや、それどころではなく、何者かがこの城に侵入したそうです!」
「……白昼堂々? 何者だ?」
「それは不明! 一人だけのようなのですが、今、ギャトレイ達に追わせています!」
「ふぅん……、一人か。フォフォルにも探させておけ」
「はい!」
ハラルトの後ろ姿を見送った後で、デュオはそっと玉座の後ろに隠しておいた愛槍を手にする。
「じゃっ、行くか」
ヴァルトロの知らないところで、事態はどんどん大きくなり、状況はますます収拾が付かなくなりつつあった……