ヴァルトロは大騒ぎとなったローライド城を見下ろしながら溜息を吐いた。
「全く、これが客人を持て成す地上人の流儀ですか……、チッ、野蛮人共め」
彼の辞書には自業自得という文字もなければ、反省など望むだけ無駄であった。
あるのは『ミーがお前等のモノをパクるのはOKでも、お前等がミーのモノパクるのは許せまセーン!!』といった、ゴーマニズムもどきのアイデンティティーくらいである。
他にあるのは、嫌味、妬み、恨み、嫉み、僻みといった感情くらいだ。
存在はまさに100%有害物質、とても地球に優しい感じはない。
天使なのだから半分くらいは優しさで出来ていて欲しいものだが、そういう面は全て“ああ女○様”っぽい姉ロズに流れてしまい、彼には残りの邪悪な全てが注がれてしまった感じな訳で。
とにかく、そんなヴァルトロなので、自分で蒔いた種が芽吹いただけの事なのに、激昂した。
本来ならばVIP待遇で、綺麗な姉ちゃんを侍らせて、独裁者スマイルを浮かべニヤけつつ『ブラボーブラボー』拍手を送っている筈の自分が侵入者扱いされている事で、彼の瞬間湯沸し器並の沸点は一気にMAXゲージで殺意の波動に目覚める。
憎悪はエンドレスに彼を駆り立てた。
「フム、野蛮人共を教え導いてやるのも神界人たる私の役目という訳ですか。宜しい、教え導いて差し上げましょう……」
こうしてヴァルトロは、名実共に侵入者となった。
彼はいつも通りにクローズフィンガーで眼鏡のレンズを上げると、憎しみの旧エンジェル・ダストをぶっ放した。
ヴァルトロが放った旧エンジェル・ダストが尖塔の一つを崩壊させた頃、天使とは似て非なるバードマン族の女戦士フォフォルは、ぼーっとした表情で天を仰いでいた。
今の崩落で何人か死んだっぽいが、どうせ後でグリーンノアでも使われて生き返るだろうから、結構どうでも良い。
ここイーディスでは命なんて安いものだ。
何せ、ムゲンとの戦いで殉職したのはシュタイナー唯一人だったのだから。
だが、それだけに彼の死は重たい意味を持った。
フォフォルには結構、どうでも良い事だが。
目下の彼女の問題は、どんなに女扱いされなくてもバレンタインデーのチョコレート作りにあった。
初めて出会ったデュオに『え!? 女の子!?』とオーバーアクションで驚かれた、ロングヘアーなのにどうしても子供っぽさ、それ以前にボーイッシュな感じが抜けないフォフォルにとって、バレンタインデーは女の威厳を示すチャンスであった。
それなのに、何かとアンケート好きのエルリシアが行なった『ぶっちゃけアンケート、チョコレート貰いたい女、貰いたくない女』で、不名誉な貰いたくないアンケート第一位に選ばれてしまい、センチメンタルジャーニーに出たくなる。
エスメール(老婆)、テルシャ(ニャンコ)を引き離してぶっちぎりなのだから、涙が止まらなかった。
理由は『何か、チョコの中にネズミとか入ってそうだから』で、更にショックを受ける。
─―だって、チョコにはネズミって入ってるものじゃないの!?
バードマンの世界で、ネズミは主食の一つだった。
当然、チョコにも入れるくらい好物だ。
文化の違いにフォフォルは打ちのめされた。
とりあえず、貰いたくない女に票を投じた連中は草の根分けて探し当て、抹殺しておいたが。
ダンボールミカン並の値段の命を持つ連中は、例によってあっさりグリーンノアで生き返り『お前、今月死んだの何回目〜?』『確か五回目かなぁ〜』みたいな会話を交わしていたが。
とにかく、乙女心はめっさ傷付いたのだ。
『ちょっと良いなぁ……』とか思っていたルーサーまでもが、票を入れていたのだから。
それでも今、少しばかりルーサーに対して片思い中のフォフォルであった。
故に彼の為にチョコレートを作る気でいた。
だが、ルーサーには未だに根強く旧主君である故シュタイナーへの想いが、一方通行でヤバイくらいに盛り上がってあるのだ、重過ぎて心の全てを覆ってしまう程に。
故人がライバルというのも何なのだが、それでも一念発起、フォフォルは彼へのアタックを試みるつもりでいた。
今まで列挙してきた内容からすれば、彼女にはルーサーのハートをゲッチュするのに1%の可能性もないように思えるが、そんな彼女にも秘密兵器があった。
70過ぎても未だ現役『若い頃はフィオナ王妃のような、おとなしめの美少女じゃったんじゃよ』と言って物議をかもした旧ゼモリア王国の知恵袋にしてガン細胞のエスメールが作り上げた特製の媚薬である。
70歳でも年齢詐称を疑われるような不死身の御老体は、フォフォルにそれを与える時に嬉々として笑い『これを使えば、若いセニョールもイチコロじゃ』と言った。
とても頼もしい言葉だった。
この時期、彼女の下を訪れる女性は後を絶たないらしく、フォフォルが尋ねた際も猿人トリオやシレニン(セイレーン、最早、人ですらない)と鉢合わせしたくらいである。
そんなエスメールにも本命がいるらしく、グツグツ煮立つ大鍋を覗いては『ウヒャヒャヒャヒャ』と不気味な笑い声を浴びていた、誰かは知らぬが御愁傷様である。
ともあれ、これでフォフォルもルーサーのハートをゲッチュ出来る可能性が生まれた訳である。
正攻法で獲得という路線は、とうの昔に捨てていた。
─―そう、明日はバレンタインデー、それなのに……!
無粋な乱入者は現れたのである。
心底、腹立った。
『乙女心は虎よりも猛なり』という格言を叩き込んでやりたい気持ちで一杯になっていた。
そんな彼女だからこそ、同じ有翼の種族であるからこそ、真っ先にヴァルトロを発見してしまう。
何処かで見た顔だとまでは覚えていたが、それ以上は思い出せないところが実に鳥頭のバードマンの性であった。
─―あのうざったいくらいに真っ白な羽根の眼鏡が敵かぁッ!!
とても乙女には見えない殺意丸出しの表情で、フォフォルはヴァルトロへと向かった。
ヴァルトロはSPなど関係なしに旧エンジェル・ダストをぶっ放し続けた。
SPなんてものはハートが真っ赤に燃えればいくらでも湧くものなのだ。
玉座も既に崩壊させていた。
逃げ惑う地上の人間達に対し『アハハハ、敵がゴミのようだぁ』とか『まるで蟻のようだぁ、そうだぁ、這い蹲る貴様等にはそれがお似合いだぁ』とか呪詛を吐きながら、容赦なく撃ち続ける。
そこへ思わぬ伏兵からの一撃が放たれた。
モロにそれをくらったヴァルトロであったが、己の美学とも言えるクローズフィンガーでの眼鏡上げ(これをオープンフィンガーでする者は万死に値する)をした後、冷静に一撃を食らわせてきた相手を凝視する。
「フム……、なかなか良い一撃だ。誰かと思えば、エセ鳥か」
「……」
相手─―フォフォル─―も、負けじとヴァルトロを睨み付ける。
龍虎相見える、といった風に。
「鳥……、貴様、誰に喧嘩を売ったのか分かっているのか?」
「分からないわ、分かりたくもない」
「そうか。では、死にたまえ」
台詞を言い終えるのを待たずに、ヴァルトロはお決まりのエンジェル・ダストをぶっ放した。
それをフォフォルは巧みな滑空で避ける。
地上世界では空気の重さも重力の度合いも違うので、空中戦では地元のアマゾネスであるフォフォルに分があるようだった。
正直なところ、浅薄なヴァルトロは相手の見事な飛行技術に度肝を抜かれる。
─―地上世界の鳥は化物か!?
冷や汗が垂れる。
脂汗は浮かぶ。
呼吸のリズムは保てない。
思考はこんがらがる。
ヴァルトロはまさに負けパターンにはまった。
フォフォルはあっという間に間合いを詰めると、ヴァルトロ目掛けて槍を突き出した。
「何とぉーッ!?」
ヴァルトロが絶叫した瞬間、戦場を眩い閃光が包み込んだ。