辺りを包み込んだ閃光にフォフォルとまとめて、もれなく巻き込まれたヴァルトロは地上に落下した。
そこにふよふよと、聞き慣れた甘ったるい声が聞こえる。


「ヴァルトロさまぁ、ごめんなさい〜」


こんなハニーフェイスをヴァルトロは一人しか知らない。
顔の割に小さな胸も、少し鼻に付くその声も。


「ハニー……、何故、お前がここにいる?」
「ヴァルトロ様を追い掛けて、はるばる三千里ですよぉ〜♪」
「いきなり私にDエンジェル砲をぶちかますとは……、本当に遠慮のない奴だな」
「遠りょ(遠路)はるばる〜?」
「褒めていない……」


よく見ると、同様に墜落したフォフォルは、まるで犬神家の人々のように逆さまに地面に突き刺さっていた。
結果として助けて貰った訳なので、ひとまずのところお仕置きは勘弁しておいて、ヴァルトロは城壁破壊を再開した。


もうどうでも良い気分だった。


一方のフォフォルは土中に顔を埋めつつも、イチャイチャするヴァルトロとハニーに対して明確な殺意を抱きつつあった。
だけども、問題は顔がめり込んで抜けない。
多分、この調子でいくと呼吸困難で御臨終になるので必死に抜こうとするが、めり込んだ頭部が抜けない。
とても悲しいというか、惨めな思いをしているそんなフォフォルの横で、ヴァルトロとハニーは破壊の限りを尽くした。
よく分からないが、ハニーもとりあえず破壊活動が大好きなのでDエンジェル砲をぶっ放す。
調子に乗りすぎた二人が気付いた時には、既に周囲を囲まれていた。


「ヴァ〜ル〜ト〜ロ〜……」


恨めしげな声で、リーダー格の男が言う。
さしものヴァルトロでも、彼の顔や名前は忘れない。


「お久しぶりです、デュオさん」
「お前、俺に何の恨みがある!?」
「さあ?」


ヴァルトロはとぼけたみせた訳ではない、何故ならこれは理由なき反逆であった。
それに、どうせ今更、どう弁明しても許されないだろう、というところまでやってしまった。
どうやら、城兵の殆どが集結しているらしい。
犬神家の一族ゴッコの真っ最中だったフォフォルも、ハラルトにズボッと抜いて貰う。
ヴァルトロは瞳を閉じ、しばし黙考した後で、何とか状況を打開すべく言う。


「バレンタインって事で、勘弁して貰えません?」
「するかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


血気盛んなデュオは、君主自ら突撃した。
ヴァルトロは『やれやれ』と肩をすかし、冷徹にデュオを射撃する。
が、銃弾はデュオの槍に弾かれた。


「嘘ッ!?」
「その宣戦布告、受け取ったぞッ!!」
「待って! 私が悪かったから! ねえ、ちょっと……!」
「問答無用!」


激昂したデュオの一閃がヴァルトロに向けて振り下ろされた。
咄嗟に銃身でそれを受け止めるが、物凄い衝撃に襲われる。
『こんなに強かったのか!?』と、ヴァルトロは冷や汗を浮かべた。
こんな相手と戦っては、身が持たない。


「いや、その、バレンタインなので少々、悪ふざけしまして……」
「天界人は悪ふざけすると、城一つ崩壊させるのか!?」
「あ〜、いや、その、まだ若いもので……」
「関係ない!!」


次は横薙ぎの一撃がくる。
あまりの速さに飛翔する暇はなかった。
かといって、受け止めるのはすなわち死。
バックステップで避けられるかどうかも五分五分。

 
「クッ!」


ヴァルトロはいちがばちかの賭けに出た。
至近距離から旧エンジェル・ダストをデュオに向けぶつけたのである。
肉を切らせるならば、骨を貰う……、そういう決断だった。
如何にもヴァルトロらしい、強気一辺倒な決断である。
だが、賭けはいつも勝てるとは限らない。
デュオはそれを読んでいたらしい、槍を手放してジャンプする。
バトルブーツの爪先は焦げたが。


「避けた!? だが、得物を手放したのは愚策!」
「俺が使えるのは槍だけじゃないぜ」


頭上から聞こえたデュオの声に、ヴァルトロは目を見開いて視線を仰ぐ。
そこにはしっかりと両手で騎士剣を握り締めた、デュオの姿があった。
そして、そのまま渾身の一撃をヴァルトロに向け振り下ろす。


「!?」


ヴァルトロもしかし、ただではやられない。
今度は賭けるのは唯一点だった。
バックステップでかわす他ない。
それも不完全な形で、だ。
決断は早かった。
ヴァルトロは左腕を捨てた。


「クッ!」
「チッ!」


両者は互い相手を侮れないと認め合った。
故に、間合いを取って体勢を立て直す。
だが、ヴァルトロの左肩からはドクドクと血が流れた。
紫色かと思いきや、しっかりと真っ赤な血が流れた。
ダメージが深刻であるのは、一目瞭然だった。


「ハァハァ……、さすがムゲンを倒しただけの実力です……」
「アンタもやるな。特に決断が早いのが良い」
「フッ、はっきりしない者から死ぬのです。しかし、あぁ、痛い……、やってくれましたね……」


デッド・オア・ライヴの状況から逃げ出すのが目的だった筈なのに、ヴァルトロは今まさにデッド・オア・ライヴの状況に陥っていた。
ここまで追い詰められたのは姉とブラックマージ以外では初めてである。
一方で周囲を取り巻いていた兵士達は、主君のピンチに加勢しようと前に出て来る。
それをデュオは手で制した。


「邪魔しないでくれ。これは男と男の勝負だ……」
「フッ……」


そんな態度にヴァルトロはほくそ笑む。
その自信に満ち溢れた顔に、デュオは不吉なものを感じたが時既に遅かった。
正々堂々などという言葉は、ヴァルトロ、そしてハニーの辞書には存在しなかった。


「甘い!!」


刹那、閃光がデュオ達を包み込んでいった。
ヴァルトロは待機させていたハニーに、容赦なくDエンジェル砲をぶっ放させたのである。
思わぬところからの奇襲に、さすがのデュオも回避出来ずに吹き飛ぶ。

 
「フハハハハハハ、甘い、甘過ぎる! これだから平和ボケした地上人は、フハハハハ!!」


如何にも悪役らしく、ヴァルトロは高笑いした。
黒コゲになったローライド兵達の山に乗り、人差し指を高らかに掲げる。
その姿はまるで世紀末覇者“北斗の拳”で言うなればラオウ。
ヴァルトロは勝ち誇るが、ふと気付く。


「そう言えば、私はどうしてここに来たんだ?」


その記憶容量は1メガほど、セーブする場所は一カ所しかない。
ハードで言うならばゲームボーイ並の容量しか持っていないヴァルトロは、アン・ドゥ・トロワで地上世界に来た目的を忘却していた。
寧ろ、何故来たかというのが既に些事となっていた。
一通り暴れられて、それでお腹一杯になってしまっていた。
終にはハニーに対し、


「私はどうしてここに来たのだ?」


と、尋ねる始末である。
そんな事を振られたハニーも困惑するしかない。


「え〜、知りませんよぉ。だって、ヴァルトロ様が突然、地上世界に行っちゃったから、私頑張って追い掛けたんですよぉ〜?」
「だから、私はどうしてここに来た訳だ?」
「ヴァルトロ様ぁ、その〜……」


『オツムは大丈夫ですか?』と聞きかけて、ハニーは口をつぐんだ。
そんな事を口走っては、旧・エンジェル・ダストでDNAの一片も残さずに消されかねない。
しばしの間、ヴァルトロは『う〜ん』と悩み、ハニーもそれに付き合って『う〜ん』と悩むフリをする。


答えはとうとう出なかった。


「仕方ない、帰るか」
「わーい、それが良いですよぉ」


待ってましたとばかりに、パンとハニーは手を叩いた。


ヴァルトロはそれが本末転倒だと気付かなかった。


思い出せなかった。


こうして、ヴァルトロは地獄へと舞い戻ったのである。
一方で、死屍累々の山に紛れたデュオは強く思った。

 ─―お前等、二度と来るなッ!!

後日、デュオの下にお詫びの為にロズが菓子折を持ってきた。
そして、その菓子折によってローライド王国は未曾有の危機を迎える事となる。
菓子折はロズお手製の暗黒スゥーティーだった。
ローライド王レフィロスは、以後、何があっても天空世界には赴かなかったという……