ヴァルトロは天空世界に帰って、やっと今日がバレンタインデーだと思い出すも、後の祭だった。


軽く地上世界を破壊してきました、とは言えないヴァルトロを、心優しきロズは満面の笑みで迎えた。


首都ギーヘムは、既に地獄が溢れていた。
最先端のムーブメントは幽体離脱です─―とばかりに、そこかしこで一兵卒に至るまでもれなく二酸化炭素の替わりにエクトプラズマを吐き出していた。
特に王座は最早、この世とあの世の狭間と化していた。
一兵卒同様に白眼を剥いてエクトプラズマを吐いている、ブラックマージの側近衆グローゼン、ラバロン、アザン、ゾマフィート、アルトリオスの五人。
そのエクトプラズマ達に拍手喝采で迎えられているブラックマージ。
白眼を剥き、口から泡を吐き、意識すらももうないのではないのか?……、と思わせる青白い顔が一層漂泊されたブラックマージは、それでも親指を突き立ててロズに言った。

 
「ロズ……、お前の作るものはいつだって最高だ。あまりに美味しくて、天国が見える……」


その言葉に部下達は『ブラボー大将! アンタ、ホントの男だよ!!』と心洗われていた。
が、ヴァルトロは忌々しく感じた。


 ─―こぉのオバQがッ!!


─―貴様がそんな事だから、姉さんの料理が改善されんのだ……!


 次はヴァルトロの番であった。


「はい、ヴァルトロ」


一点の曇りもない、寧ろ神々しいオーラを放ちながら、純真無垢のロズは言う。
その笑顔、その清らかな笑顔、纏った神聖な雰囲気に逆らえる者はこの世にはいない。
勧められるがままに『姉さん、どう作ればそんな色になるのですか?』とは口が裂けても言えない毒々しい色合いのチョコレートが、ヴァルトロの口へと運ばれていく。


ロズは勘違いしているのだ。


自分の料理のあまりの美味しさに、周囲の者達が感動のあまりに昇天してしまった……、そう勘違いしているのだ。


それでも、ヴァルトロにこの心優しき姉を悲しませる事は出来なかった。
笑顔を見せ、ヴァルトロはチョコレートを口に運んだ。
そして薄れゆく意識の中でも満面の笑みを浮かべて、ロズに言ってあげる。


「いつだって、姉さんの料理は最高だよ……」


そして、ヴァルトロは『来世でまた会おう』と呟き、死後の世界へと旅立った。
こんな状況では『ブラボー、ブラボー、略奪愛ブラボー』のドレミアにも暗躍する隙はなかった。
ハニーはそれでもモギュっと、ヴァルトロの口にチョコレートをゴリ押ししてみたが、ヴァルトロの意識は戻らなかったので意味がなかった。
天空世界で最初のバレンタインデーは、こうして各々の心にトラウマを残しながら終わった。




 話は戻るが、ヴァルトロがローライド城を壊滅させてから数時間後。
タフな地上世界の住民達もまた、バレンタインデーを満喫していた。
デュオはそこで、折角、生き返ったのにまた死んだ。
エルリシアやリーズはまた予想の範疇でチョコレートを作ったが、フィオナのそれは化物であった。
何か、包装紙を破った瞬間にぶつぶつ気泡を出しながら『ウリィィィィィィィィィ』と呻き出したのでやばい感じはしたのだが、デュオは戦時中、何でもかんでも現地調達、それをカレーの香りで誤魔化してきた鋼鉄の胃袋を過信し過ぎた。


そして、デュオは二度死んだ。


一方でDエンジェル砲で吹っ飛ばされて、そのまま放置された有象無象の中で、ルーサーは夢を見ていた。
シュタイナーが自分に口移しでチョコレートを食べさせてくれる、とても甘美な夢であった。
だが、現実はデンジャラス危険地帯だった。
夢見がちにまどろむルーサーの側に、黒い影が忍び寄る。


「ウッヒッヒッヒッヒ、気絶してくれるとは好都合じゃわい……」

不気味な老婆、ゼモリア国民に『こんな恐ろしい魔女はいない』と言われたエスメールは、コポコポと試験管の中で脈動する、緑色の液体をルーサーの口元に注ぐ。
最早、敢えてチョコレートっぽく見せる必要もなくなっていた。
そのドロッとした液体の想像を絶する味に、ルーサーは気を取り戻す。
戻した途端に目の前にキスまであと一歩のエスメールがいたものだから、ルーサーは絶叫した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 何をしている、エスメェェェェル!!??」
「ヒッヒッ、目覚めたかね、マイ・ダーリン。じゃけれど、もう無駄じゃ……」


ルーサーは必死で身体を動かそうとしてが、身体の自由は効かなくなっていた。
それどころか、まるで磁石のようにエスメールに向けて引き寄せられていく。


「!!??」
「媚薬なんて面倒なものにせずとも、これでお主は儂のものじゃ♪」


ブチュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……


年甲斐なく、エスメールはハードコアーに舌まで入れた。
これ以来、ルーサーの姿を見た者はいない……