朦朧とする意識の中で、グラーツはぶらぶら揺られていた。
もう夢も希望もこの世にはない感じだ。
何で吊されていたかさえ忘れたし、実際、今の仕打ちはかなり不当なものなのだがグラーツとしてはもうどうでも良かった。
だが、そこへ慌てて訪れた伝令の声に、グラーツは復活する。



「大変です!! カエル共が攻め込んできました!!」
「キターーー(・∀・)!!」



グラーツは完全に息を吹き返した。
そこへタイミング良くサーシャがやって来て、彼の縄を解く。


「という訳です。働いて貰いますよ、グラーツさん」
「任しときんしゃい!!」
「(それぐらいしか使い用がありませんからね、この男は……)」


サーシャの本音など意にも介さず、久々の実戦にグラーツの心は躍った。
彼は目視可能な範囲まで(グラーツの視力は両目とも3.0)迫ったカエル共に対し、言い放つ。



「おじゃったもんせ!!(いらっしゃい)」



そう言い、砦の城壁から飛び降り、グラーツは剣を構えた。
サーシャは溜息混じりにそんな彼を見下ろしながら、城壁上から迫り来るカエル族を見据えた。






スナッチは勢いに任せて砦を攻め落とすつもりで、やる気満々だった。
ここまで気持ちが昂ぶった事は、近年稀である。
年中自信過剰な彼ではあるが、今回の自信には確信めいたものがあった。



「何故なら、今日は雨だからだぁー!!」



スナッチは適度な湿気にウオッカを一気飲みした子供みたいになった。
自分というか世界に酔っている。
既に世界を我々の物と化している気分なのだ。
もう、砦は目視可能な距離にまで迫っていた。


「そこどけどけー、ビッキ族のお通りだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


調子こいて雄叫びまで上げる。
酔っ払っている感が100%である。
そんなアレ状態な君主に一抹の不安を抱きつつも、同じようにナチュラル・ハイな状態の後続カエル共も続く。
一方で、グラーツは迫り来るカエル共の威圧感にゾクゾクし始める。


「(カエルのプレッシャーじゃなか。楽しめそうたい!!)」


早くカエルを斬りたくてウズウズしてしまう。


「(来い来い来い……、はよぅ、切り刻んじゃるたい!!)」


龍虎相見える……と、誰しもが思った。
ところが、突如、カエルの動きが止まる。
意気揚々と構えていたグラーツも、相手方の突然の急ブレーキに前のめりになる。


「何事かぁ!?」


スナッチが叫ぶ。
カエル達は天を仰いでいた。


「雨が……」


エセトノが口を開く。








「止んだ…………」








カエル達は戦意喪失してしまった。
スナッチでさえも、さっきまで無責任にハイテンションだっただけに、急に恥ずかしい気分になってしまう。
カエル達は互いに顔を突き合わせて、相手に意見を求めた。
やがて、口々に同じ答えが上った。


「帰るケロ」
「そうだゲー」
「晴れたゲコもんね」
「そうだンガ」
「そうだジム」

 
スナッチにも、もうオヤマにさえ、その流れは止められなかった。


「帰りますかね〜……」
「帰りましょうか……」


言いようのない徒労感に襲われながら、スナッチとオヤマもとぼとぼと他のカエルと行動を共にした。
こうして“第一次カエル王国の侵攻”は夢露の如く消え失せた。
後には開いた口が塞がらないグラーツと、頭痛を覚えてサーシャが取り残された。
第2次ネバーランド大戦中、ベクトリア戦線は大体こんな感じだっという……