魔導世紀1030年8月 ゴワイトロース
その年は日照り続きで、カエル達は夏バテ気味、当然、戦争どころではなかった。
スナッチも垂れカエルになって、グテーと無為に日々を送る事となった。
6月以降、カエル達は元の楽天的ニート生活に逆戻りしてしまい、大陸制覇も王も忘却の彼方へ消え失せてしまった。
後には、やる気のないスナッチだけが残される。
「もう止めようか、オヤマ殿……」
「平和が一番で〜すね〜」
スナッチの隣で、くつろいでいる前王はそう答えた。
ムラサキ・カエル族とムラサキ・マダラ・カエル族は南部藩と盛岡藩の、あるいは広島ヤクザと兵庫ヤクザの抗争の如く、元の緊張状態へと回帰した。
イボ・カエル族は相変わらず王位を虎視眈々と狙っているが、だれて、干涸らびカエルが続出しているらしい。
アゴシロ族はハナからどうでも良い連中。
トノサマ・カエル族も以下同文。
そして、平和な日常がスナッチにも訪れていた。
「暑い……」
「暑いですね〜」
「暑が夏い……」
「夏いですね〜」
スナッチは正直、もうどうでも良い気分になっていた。
カエルにとって、夏は鬼門だ。
水分不足で脳まで酸素が送られない。
そもそもカエルの世界では、優雅に無為に過ごす事が美徳であった。
向上心を持つ事は、この世界では愚行なのであった。
スナッチの夏は、こうして不毛に過ぎていった。
同日 ベクトリア
より一層、不毛な日々を送っている者達が、ベクトリアにいた。
「斬〜ら〜せ〜ろ〜」
「隊長がまた発作だ!?」
「早くサーシャ様を呼べ!!」
ベクトリア着任からはや半年。
グラーツの我慢は臨界点を突破しつつあった。
脳内麻薬の大量分泌で沸点の方がとっくに突き抜けている。
「剣を……、儂に剣うをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「絶対に渡すなよ!!」
そこへいつも通り、サーシャがやって来る。
「おお、サーシャ様!!」
「雷の化身たる天魔よ、その息子達よ……地に舞い降りて、その矛を突き示すが良い……」
「そ、その呪文は……」
流石のグラーツも後ずさったが、サーシャは手加減してくれない。
どんなに大怪我を負っても1,2時間で復活する奇跡の馬鹿グラーツに対し、昨今はますます容赦がなくなっていた。
「我が名に従いて、契約を果たせ……、天魔爆雷!!」
ベクトリアの砦の一角が崩れた。
後には瓦礫の山と、グラーツの黒焼きが残される。
「ハァ……、また修理しないといけませんね」
「あの……、ティータ様から、あまり砦を壊すなと……」
「握り潰しなさい」
報告した部下をえらい剣幕で睨み付けて、サーシャは言った。
サーシャにしてみれば、身体を売って、今の地位を得たティータの命令など聞く気もおきないのであった。
――ていうか、私、そんなに魅力ない!?
――アフランめ、あの親父め、私はこんなところで女を終えたくないッ!!
心の悲痛な叫びが木霊する。
一方、グラーツの身体はもう粗方の再生を終えていた。
流石は奇跡の馬鹿である。
「な、なんばしょっとね、いきなり!!」
「あら? 暴走した貴方を止めるには、妥当な一撃だったと思いますけど?」
「過剰防衛じゃい!!」
「ならもう一発」
再び稲光が走った。
折角、甦ったのに、また死体に逆戻りしたグラーツが転がる。
「(いっそ、カエルを攻め滅ぼして、それを手柄にゴルデン帰還とでもいきますかね……)」
サーシャがそう思っても、ベクトリアには相変わらずろくな戦力が配備されない。
決戦を挑むにも微妙で、手詰まりな鬱積とした毎日が過ぎていく。
「ふう……」
いつものように溜息を吐いて、サーシャは瓦礫の山に腰掛けた。
結局、彼女の夏は、夏休み気分のままで過ぎてゆくのであった。
大陸が混迷を極める中、ベクトリアは今日も平和だった……