同日 ベルヌーブ首都(?)ゴワイトロース
沼地の中に誰が建てたか知らないが、古城があった。
一説によると、旧冥府兵団の拠点だったとも、あるいは旧ストーンカ帝国の遺跡ともされる。
ただ、カエル達にしてみれば、そんな事はどうでも良い事だった。
彼等にしてみれば、寝る事と食べる事以外は、全て些事で済まされる。
いつしか、カエル達は勝手にそこを首都扱いにして、適当に決めた王と共に住み込むようになった。
そこへ、激震が走る。
帝国挙兵、の報である。
「これはチャンスだッ!!」
ゴワイトロースの玉座で、つい先日まで尻尾の取れていなかったカエルが叫んだ。
名族たるビッキ族の血を引く、というだけで国王になったスナッチその人である。
「何ですか殿。幻の金ハエでも出ました?」
熱血過敏気味のスナッチに、パイプをくわえたカエルが尋ねた。
侍従のゲトゥである。
スナッチにしろ、ゲトゥにしろ、水色のボディがいかにもといった感じでヌメっている。
「ゲトゥ、それどころではないぞッ! 帝国が東へ進軍を開始したのだ!!」
「そりゃ、大変でゲコ。それで、御夕食は青ゴキブリのムニエルなどいかがでしょうか?」
「なに!? ムゥ、ミミズのソテーを添えてくれ!!」
「かしこまりました」
「……何だっけ?」
スナッチは青ゴキブリのムニエルで頭が一杯になり、さっきまで構想していた軍略を忘れた。
ゲトゥはスナッチが何かを言おうとしていた事さえも忘れて――そもそも無関心だったが――夕食の下ごしらえにかかった。
一人残されたスナッチは、残尿感にも似たすっきりしない感覚に囚われ、柄にもなく苦悩する。
「ゲコゲコゲコ……、何だったっけ?」
「若、大変でございます!!」
そこへ、だいぶ歳を取ったオレンジ色のカエルが飛び込んでくる。
その白髭から“ビッキの美髭”と呼ばれるスナッチの後見人にして、カエル族の軍師・ピヨコックである。
「帝国軍が東へと進軍を開始しました!!」
「何だと!?」
スナッチは今、初めて聞いたかのように、その報告に飛び退いた。
実際、彼のバージョンアップが必要な脳味噌は、同じ報告をさっき聞いたという事実を喪失していた。
「ゲコ、しかし、これはチャンスだッ!!」
「ゲロ? 若、どういう事でしょう?」
「ゲコゲコ、これにより帝都の防備は手薄! 今こそ、カエルの旗をはためかせる時!!」
「ゲローッ!!??」
「じい、出陣だッ!! 全部族に招集をかけろッ!!」
「了解であります!! あと、儂はもう晩飯を食べましたっけ?」
ボケてるピヨコックが焦らなくても良いのに精一杯に焦って、伝令へと走った。
スナッチはノリだけで出陣を決めたのにちょっとだけ後悔してから、頭の中身を無責任にも夕食への期待で一杯にした。
夕食後。
優雅にも、食後のデザートにコオロギと木イチゴのカスタードパイを食べているスナッチの下へとピヨコックが再び飛び込んできた。
シェフ姿のゲトゥも、アマガエルみたいに真っ青になったピヨコックに眼を丸くする。
「じい、何事か!?」
「た、大変でございます、若……!」
そこで何かを言おうとしたピヨコックの視線が、今まさにスナッチが平らげようとしているデザートに釘付けになる。
「若、おいしそうでございますな」
「ヌ、やらんぞ」
「まあまあ、もう一つお作りいたしますよ、ピヨコック様」
ゲトゥが二人の仲を取り持って、キッチンへと消える。
その後ろ姿を見送りながら、ピヨコックは呟いた。
「何だっけゲコか?」
「忘れたのか!?」
「ええと、何かとても大変な事だった気がしますが……」
「た、大変です、殿ッ!!」
そこへキッチンへと消えた筈のゲトゥが、青いヌメヌメボディを更にヌメヌメにさせるほど汗をかいて、飛び込んでくる。
「何事だ!?」
「ま、窓から見たんですが……」
息も絶え絶えに、ゲトゥは続ける。
「イ、イボカエル族がこの城に攻め込んできてます!!」
「マジで!!??」
スナッチもアマガエルのように、真っ青になった。