イボカエル族のクーデター未遂から一週間後 ゴワイトロース


その日は平和そのものの、ポカポカ陽気だった。
スナッチは伝説のヤマトゴキブリ(牛で言うなら松阪牛)のステーキを平らげて、幸せそのものだった。
ところが、突如、その死活した脳細胞が動き出す。


「そう言えば、進軍はどうなったんだ?」

招集命令及び出撃命令を出して、一週間放置プレイで過ごしたスナッチは、今更、そう思った。
尤も、カエル界では珍しい事ではないが。



「何か、そう言えば全軍集合とかいって、誰も来ないな……?」


今更ながら、スナッチは不安を覚えた。


「ムゥ、ここは各一族に問い質してみるとするか……」


そう思い立ち、スナッチは重い腰を上げた。







同日 ムラサキカエル族テリトリー

スナッチが訪問した時、ムラサキカエル族は丁度、抗争の真っ最中だった。
相手は同族でありながらもマダラの有無で袂を分かち合った、ムラサキマダラカエル族である。


「あの……」
「マダラの連中、許せないケロ!! マダラなんて、腫瘍の一種だケロ!!」
「マダラなんて格好悪いゲロ!! 不潔だゲロ!!」
「マダラ共を撃滅するんだゲー!!」


当然、抗争に忙しい彼等に、スナッチの言葉に耳を傾ける余裕などなかった。
スナッチは軽くシカトされる。


「マダラ共を打破だジム!!」


そんな中、カエルらしからぬ語尾を付けるムラサキカエル族屈指の剣士・エジムが拳を高く振り上げた。
それに、熱血気味のムラサキカエル族が同調する。
スナッチはそして、とことん無視される。







同日 ムラサキマダラカエル族テリトリー


「マダラのないカエルなど烏合の衆である! 敢えて言おう、カスであると!!」


壇上でマダラのリーダー・ゲインガが叫んだ。


「マダラは愛、マダラは平和、マダラは自由! マダラとは力!!」
「マダラ万歳!!」
「あの……」


やたらと高いテンションに気圧されながら、スナッチは同じように声をかけて、公然とシカトされた。


「マダラの、マダラによる、マダラの為のムラサキに向け前進!!」
「ムラサキなだけのカエルは、ただのカエルだゲコ!!」
「ただのカエルだゲコ!!」
「マダラがあるという事は、我等の正当性の証だゲコ!!」


今に始まった事ではないが、ムラサキカエル族と同マダラカエル族との正統ムラサキ論争は、熾烈を極めていた。
平和なベルヌーブにあって、ここだけは広島並の仁義なき戦いが繰り広げられている。
そして、ここではスナッチの正当性や王としての威厳など、無に帰す。


「……」
 

スナッチは呆然と立ちつくす他なかった。






同日 アゴシロ族テリトリー

「我は偉大なるカエル族の王・エセトノであーる!」

チンケな草冠を被った、部族名の通りに顎だけ白い緑色のカエルが壇上で叫ぶ。
ところが、通行人はそれに耳も貸さずに素通りしていく。


「我等が成すべきは、王を騙る不届き者スナッチを……」
「どうするんだ?」


顎が白い事だけが取り柄のエセトノは、聞き覚えのあるその声に背筋が凍った。
顎の白さが顔にまで浸食していく。


「ス、スナッチ様……?」
「ザッツライト!」


吸盤付きでベタッとした平手がエセトノに飛ぶ。
吹き飛ばせずに張り付いたので、非常に気持ち悪い状況になった。


「ああ、ヌルヌルするぅ……」
「ペタペタするぅぅぅぅぅぅ……、いや、俺がしたいのはそんな事ではない!」


カポッ、と吸盤を剥がし、スナッチはエセトノの襟首を掴んだ。


「な、何でありましょう、緑色軍曹!?」
「お前も緑色だろうが、顎白二等兵。俺がしたいのはな……、と、その前にお前を半殺しにしておくとしよう」
「ヒィッ!!??」


その後、カエルにしては残酷な仕打ちが数分間続いた。
体色がアルビノ化したエセトノ――お前に五体をロープでがんじがらめにされている――を前に、今度こそスナッチは本題に移る。


「ムラサキ族とマダラ族の東西ヤクザ決戦、あれ、どうにかならんか?」
「自分に聞かれても困るであります、緑色軍曹……」
「軍曹ではない、アイアムキング」
「緑色キング、分からないであります」
「まあ、お前如きにハナから期待などしていないが、話を聞いてくれそうなのがとりあえずお前しかいなかった……」


スナッチは王としての知名度が致命的になかった。
一応、前王オヤマから直に戴冠され、トノサマ・カエル族に伝わるという玉璽を渡されたので、正式な王ではあるのだが、そういう形式自体をカエル達は重視していなかった。
かといって、有能な者を認めるのかといえば、そうでもない。
第一、 何を持って有能なのかという基準すら、カエルの世界では曖昧だ。
過去の例を挙げれば、腹が一番大きく膨らませられただけで王になった者もいた(ちなみに、それがトノサマ・カエル族の先祖)。
ビッキ族などはヘビの一族を撃退したにも関わらず、正統な評価を受けずに埋もれ続けてきたのである。


「とりあえず、アゴシロ族は俺の為に動いてくれそうだな……」


エセトノ同様に自分をシカトするアゴシロ族を見つつ、スナッチは言った。
果たしてそうかは定かではないが、中途半端に好戦的なムラサキ共よりはマシだ。


「それでは、アゴシロ族とビッキ族を動員して、棍棒外交と洒落込もうか……」
「イ、 イェッサー? そ、それって、食べれるでありますか!?」
「……」


記憶容量の狭さと相俟って、識語率も低いカエルだけにスナッチは深く溜息を吐いた。
尤も、そんな彼も頭の出来は似たり寄ったりなのだが。