突如、現れたビッキの旗に、ムラサキ・カエル族の陣地は騒然となった。

 
「な、何だあれはジム!?」


エジムは慌てて、指揮棒を床に落とす。


「ビッキの旗……、何者だ!?」


憎き仇敵の事は覚えていても、現在の王の事はまったく覚えていないエジムであった。
故に、初見では人間の軍隊が攻めてきたのでは、と勘違いまでして、騒ぎを大きくする。
しかし、従卒の一人に珍しく記憶力の良いカエルがおり、彼がエジムに告げた。


「あ、あれは、王様の旗だケロ」
「王!? 王って、誰だ!?」
「確かスナッチとかいう、緑色だケロ」
「ヌゥゥゥゥ、神聖なるムラサキ聖戦を邪魔するとはッ!! 王か何か知らんが、許せんジム!!」


ムラサキである事が全てのエジムにしてみれば、王などとはどうでも良い事であった。
ただ、ムラサキの正当性をかけた戦いを邪魔されたという怒りだけが噴き出した。






一方で、ゲインガも慌てていた。

「イボ・カエル族はどうなったンガ!?」
「ビ、ビッキ族の旗を見て撤退したゲロ!!」


王を認知している辺り、エジムよりは多少は脳の容量が大きいゲインガは絶叫した。


「何で王がしゃしゃり出てくるンガ!?」
「さ、さあゲロ……」


ゲインガは青写真が崩れて、泣きたくなる。
最早、王もへったくれもないし、そもそもあんな君主は認めていない。
「邪魔な奴だンガ! こうなったら、マダラのないクズ共より先に、奴等を潰すンガ!!」


ここにきて、互いに知る由もないが、マダラ有とマダラ無の心は一つになった。
彼等はとにかく、ムラサキ聖戦を邪魔されたのが不服で堪らないのであった。







その頃、第三勢力を気取ったスナッチは、両陣営を見回していた。


「ムラサキもマダラも、まあ見事にこれだけの兵力を集めたものだ……」
「スナッチくぅ〜ん、とてもカエルが絶滅寸前にはみ〜えないのだけど?」
「嘘ですから」


スナッチはあっさり認めた。
オヤマは何と言えば良いのか分からない気分になる。


「貴方の力が必要だったのですよ」


スナッチはオヤマを説得する。
どうせ、カエルなんてものは、少し知名度の高い人物を前にすれば、ひれ伏してしまうような弱い動物である。
そのコツを掴めば、民意は容易に操作出来るのだと、スナッチは認識していた。
その為に、シンバ帝国を撃退した(実際にはシカトされた)オヤマというカリスマは絶大なのである。


「という訳で、オヤマ殿。奴等を説得して下さい!」
「せ、説得ぅ?」
「奴等はシンバ帝国が今まさに攻め込もうとしているというのに、内輪もめも止めない駄目カエル共です!!」
「そ、それは困ったさんでーすねぇ〜」


オヤマは『何か上手く利用されてるな……』と感じつつ、背後に多数に兵士を連れて棍棒外交を行っているスナッチに、口答え出来ない状況にもがいた。
渋々、彼は両カエル陣営へと足を運ばせる。


「何だジム!?」
「何だンガ!?」


単身、乗り出してきたオヤマに両ムラサキ陣営は揺れる。
やがて、その初老のカエルが見えてきた時、黄門様の印籠を目の当たりにしたかの如く、カエル達はひれ伏してしまった。
記憶容量の少ない彼等の中に、オヤマの存在は目一杯に積み込まれていた。
それだけで脳の中身が精一杯になってしまう程に、現王の存在を忘れる程に。


「オ、オヤマ様……!」
「やあやあ、諸君。まあまあ、静粛に」


暢気な口調でオヤマは言った。
ゲインガとエジムはひたすら低く低く頭を垂れる。


「オ、オ、オヤマ様が何故ここに……?」
「うん、そのねー、人間が攻め込もうとしてるのに、カエル同士で喧嘩するのはどーうかと思ってねぇ〜」
「し、しかし、いくらオヤマ様の仰られる事とはいえ、これだけは……」
「う〜ん、何事もチャレンジですよ〜?」


オヤマは目一杯に小首を傾げて言った。


「チャレンジですよ〜?」
「そ、そんな潤んだ瞳で言われましても……」
「とりあえず、人間を撃退すべきですよ〜」
「ハ、ハァ……」


ゲインガとエジムはひたすらかしこまる。
偉い人や権威にはとかくカエルという生物は弱い。


「とにかく、止めてくれません〜?」
「クッ……、仕方ないジム。一時休戦だジム、フキデモノ」
「チィッ、是非もなくンガ」
「ラヴ&ピースが一番ですね〜」


こうして、あと一歩で血を見る事となった仁義なきムラサキ戦争はあっさりと終焉を迎えた。
カエル達はひたすら脳天気に日々を過ごしていたが、そうこうしている内にもビッキ族主導の対シンバ帝国戦争の準備は着々と進んでいるのであった。
だから、各部族長が協力するかというと、それはまた別問題だが。