薄暗く西洋的な雰囲気の店内に芙爾達は入った。
川上はその店内を見回してから、一人のメイドに声を掛けた。

「メアリ…」
「お待ちしてました。川上様ですね…」

虚ろな瞳をしたメイドは、川上を確認すると全く抑揚のない機械的な声で話した。
芙爾は人の事をあれこれ云うのが嫌いだが、物事には基準をつけないといけないので区別するとしたら、メアリと呼ばれたメイドは顔付きはかわいい分類に入る…が、それに似合わず不気味な印象を人に与える。
しかし、芙爾はその中に奇妙な温かみを感じた…何故かは分からない、直感的なものだ。
川上と違い、ただの冷徹な少女には思えなかった。

「では、こちらへ…ヴィクトル様がお待ちです」

そう云って、メアリは川上のエスコ−トを始めた。
川上もメアリも速足なので、芙爾は矢張りその後を駆け足でついて行く。
芙爾達は何やら、どんどんホテル『業魔殿』の奥へと進んでいく。
そして、店内の明かりも徐々に乏しくなっていった。
芙爾は一抹の不安を抱く。
川上をそんなに信用していいのか?…と。

「余計な気は起こすな…」

芙爾の心を見透かすかのように川上が云った。
心臓が跳ね上がる…一瞬、芙爾は息が詰まった。
めっきり口数の少なくなったフェイは、芙爾のポケットの中で終始、何かに怯えている。
何があるというのか?…芙爾は否応なしに疑念を掻き立てられてしまう。
やがて、暗がりの部屋が彼等に大口を開いた。
悪魔の胃袋に入る心持ちで、芙爾はその部屋へ決意の一歩を運んだ。




部屋の中には一人の男が立っていた。
その風貌は西洋のヴァンパイア…ドラキュラ等を連想させる。
否、性格には船長…というよりも、海賊の親玉のようなイメ−ジも含まれている。
芙爾個人の意見としては、口&顎髭が渋いなと思う。
薄暗い明かりの下、その男からは不気味さ、重圧、そしてコスプレマニア(?)といった印象を受ける。
男は静かに重々しそうな口を開く。

「業魔殿へヨ〜ソロ」
「…え?」

辺りに重苦しい静寂が訪れた。
そのギャグなのかどうか、いまいち真偽の掴めない場違い発言に芙爾の心は凍て付いた。
それにしても、川上といいメアリといいこの男といい…みんな黒服だ。
黒塗り軍団の所為で、薄暗い部屋の雰囲気が加速される。

「我が名はヴィクトル。さて…用件は聞くまでもないな」
「約束通りに午後の客を連れてきてやったぞ」
「ほぅ…その者が新たなるサマナ−か。午前中に来た者とは大分、雰囲気が違うな…」

ヴィクトルと名乗った男は、芙爾をまるで品定めでもするかのように見回した。
その視線には、芙爾も目をそらしてしまう。
川上のような露骨さはないが、強いプレッシャ−が込められている。

「フム…まぁ、悪魔を使役する者ならば、何人たりとも構わぬ」
「そうか…では、そろそろCOMPを渡して貰おうか」

川上は上目遣い気味の顔でヴィクトルに云った。
ヴィクトルは思い出しかのように『例の物を』とメアリに云い付けた。

「もう旧式の物しか残っておらんのだが…本当に良いのか?」
「使うのは初心者に過ぎん弱輩だ。寧ろ、好都合なくらいだ」

川上は一瞬、芙爾に視線を向けてから再びそれをヴィクトルに戻した。
本当に川上は芙爾に心を休める暇を与えてくれない。
その時、メアリがヴィクトルに云い付けられた物を持ってやって来た。

「お確かめを…」
「ウム…」

ヴィクトルはメアリから渡された物に目をやると、それを調べ始めた。
何やら棒状の物である。
伸縮出来る代物のようだ…一番短くすると、ポケットにも入るかもしれない。
ヴィクトルはそんな棒を開いたり、時折ボタンを押したりして何やら確認している。

「フム…異常はないな」

ヴィクトルはそう云ってから、それを川上に渡した。
川上は渡された棒をヴィクトルよりも更に念入りに調べ始めた。
そんな川上を不可解そな顔でにヴィクトルが見つめる。

「何故、そんなに念入りに調べる?」
「フン…私はお前を信用してはいない。お前はサマナ−であれば相手は“葛葉”であろうが“ファントム”であろうがお構い無しの蝙蝠男だからな」
「長い付き合いになる私に言う台詞ではないな」

そう云ったヴィクトルを嘲笑するかのように、彼に扇子を向け川上は応える。

「信頼とは歳月ではかるモノではない」
「悲しいな…どうすれば信用してくれるのだ?」
「お前が己の素性を明かさない限り、私は信用などせん」

川上は終始、ヴィクトルを睨み付けている。
後ろから、メアリが何らかの構えをしているような気配を芙爾は感じた。
一触即発なム−ドが辺りを支配する。
だが、ヴィクトルの一言がそんな険悪なム−ドを打ち砕いた。

「フッ…それはお互い様だろう?」

ヴィクトルは含み笑いをした。
川上をそれを見て失笑する。
そして、扇子を収めた…表面的にはそうは見えないが、内面的には互いに気心が知れているようである。
川上の戦意を殺ぐ、見事な一言だった。

「しかし、何故こんな不格好な型を作った?」
「それは単純に持ち運びを考慮して縮小化してみたタイプだ。そういう点では、新式のCOMPよりは優れているハズだ。インスト−ソフトにも対応している…が、それ自体には合体機能が付いていないのが難点だがな」
「充分だ。では、鹿嵐…説明を始めるぞ」

川上は芙爾の方を振り向いた。
そして『COMP』と呼ばれている棒を芙爾に譲る。

「これから使い方を教える。まずは私が手本を見せよう…」

川上は扇子を広げた。
学校の時は切羽詰まっていたので気が付かなかったが、よく見ると扇子の柄の部分に小さなボタンが付いている。
川上はそれで扇子を操作しているようである。

「八房」

川上が名を呼ぶと、例の白犬・八房が現れた。

『何カ用カ?』
「すまんな…少し呼んだだけだ。戻っていいぞ」

川上がそう云うと、八房は素直にCOMPへと戻った。

「感じは掴めたか?」
「ええ…まぁ」
「じゃあ、根本の大き目のボタンを押してみろ」

川上に促されるままに、芙爾は棒の根本にあるボタンを押した。
すると棒が裂けて、CPや携帯電話のメニュ−画面のような映像が出てきた。
その中には、いくつかの項目が縦に並んでいる。

「おお…何か凄いッスね」
「とりあえず悪魔召喚の要領だけは教えるぞ。十字ボタンは確認したな?一番上の項目を選べ」
「ウィッス」

芙爾は頭を掻いてから、云われるがままにカ−ソルを一番上の文字に合わせ、携帯電話の要領でそれをクリックした。
画面が変わり『No Unit』という文字がいくつも現れる。

「これが仲魔のストック場所だ。お前のCOMPには、まだ一匹も入ってないがな」
「え?何か入ってますよ?」
「なに…?」

川上は顔をしかめた。
ヴィクトルの方も不可解な表情を浮かべている。
多少、上の空だった芙爾は、癖でうっかりその『HAKAISIN OGOUN』と記された項目をクリックしてしまった。
画面一杯に『SUMMON OK』という文字が広がる。

「な!?」
「召喚したのか!?馬鹿者!!」

川上が怒鳴るが、その声を打ち消すかのように悪魔が現れた。
アフリカ調の風変わりな仮面と顔及び両手足に付いている緑色の毛玉、右手には槍とも鎌ともつかない物騒な武器を手にしている。
その身体は、タイツとロ−ブの中間のような衣装で覆われている。

『我は破壊神オグン。我を閉じ込め、そして今、我を解放せし愚か者は誰だ?』
「破壊神…!?」

動揺する芙爾の横で、ヴィクトルが感嘆の声を上げる。

「今、やっと我が思考に記憶が追いついたぞ。以前、あるサマナ−が新型が欲しいと言ったので、旧型と交換した事があった…その時のCOMPだ!何と、あの男、悪魔を移し忘れていたのか!?」

ヴィクトルは表情は崩さずに、無責任にも忘れていた事実を口走った。
川上の顔が今までのポ−カ−フェイスから極度に歪む。
ヴィクトルに対する有り余る負の感情が滲み出ている…鬼の形相だ。

『汝か小僧…!まさか、こんな小僧に我が閉じ込められるとは…何たる不覚よ』
「う…マ、マジ?」

オグンと名乗った悪魔は、腕が硬直してCOMPを離せなくなっている芙爾を確認し、それが自分に今までの仕打ちをしてきた相手だと思い込んだようである。
そんな状況を見て、川上がこぼす。

「だから、お前は信用できないんだ…」

川上とヴィクトルは苦笑いをし合った。
芙爾は、『二人してあれだけ調べといて、お前等の目は二人揃って節穴じゃ!!』と心の叫びを悲痛に上げた。