オグンと対峙する芙爾達の間には緊迫した空気が流れていた。
芙爾に対し、オグンは挑発的且つ高圧的に云い放つ。

『こんな小僧に我が使いこなせるものか…笑わせてくれるな。我が屈辱晴らす為にも、報いは受けて貰うぞッ!!』
「ほぅ…なかなかの使い手だな」

そんなオグンに対し、川上が挑発的な横槍を入れた。
オグンは余程、自信があるのか、そんな川上を見下して云う。

『強気な人の子よ…汝のような者、このオグンは決して拒まぬ。だが、これは我が誇りをかけた復讐…手出しはさせん!もし、この小僧を助けるつもりならば、容赦はせんぞッ!!』
「助ける?フン…誰がそんな事をするか」
「え?」

川上の発言に、芙爾は唖然とした。
川上は更に芙爾を跳ね除けるような発言を続ける。

「自分で蒔いた種さえ刈り取れぬような奴なら、こちらとて必要ない」
「な…せ、先生!そ、そんなぁ!!」

芙爾は必死の思いで川上に助力を求めた。
しかし、のれんに腕押しである。

『ほぅ…ますます気に入ったぞ、人の子。この小僧を殺した後、我と戦わぬか?』
「こいつを殺す?さて…出来るかな?」

川上は不敵で痛烈な笑みを浮かべた。
オグンの表情が崩れて歪む。

『我を馬鹿にするつもりか…?』
「失礼。貴公は名高きヨルバ族の鉄の神、そして、ハイチの守護神たるオグン様と見受けるが、相違はございませぬな?」

口調を一転させ、突如、川上は相手の機嫌を取るかのような態度でおだてる側に回った。
川上が自分を知っていたのがよっぽど嬉しいらしく、オグンの顔がほころぶ。

『いかにも。我を知っているとは、殊勝な人の子よ…』
「僭越ながら名乗らせて頂きます、私は川上 水泉という名のシャ−マン。今までの非礼をお詫びしたい…」

川上は自身を『サマナ−』ではなく『シャ−マン』と称した。
その方が、オグンには理解され易いと思ったのだろう。
事実、オグンは納得したように川上を見下ろす。

『道理で。なるほど、我にも動じぬ訳よ…』
「はい…。ところで、一つ提案があるのですが…」

川上は芙爾を指差して云った。
オグンは顔をしかめる。

『決闘の件か?悪いが、それだけはまかり通らぬぞ』
「それは存じております。ですが、彼の者は私と違い、見ての通りの脆弱な弱輩。そんな者を一方的に殺しまして、はてさて貴方様の気持ちは晴れるのでしょうか?」
『ムゥ…』

オグンは益々、顔をしかめた。
よくもまぁ、舌の根も乾かぬ内にベラベラと喋れるものである。
アウト・オブ・眼中にされているが、当事者である芙爾は固唾を飲んで二人の遣り取りを見守っていた。
川上の一挙一動に五感を集中させている所為か、発汗が尋常ではない。。
心音は、今にも心臓発作で死ぬんじゃないかと思うほどの音量で聞こえてしまっている。

『確かに…一方的な殺戮をしたところで神聖なる決闘が汚れるだけよ。だが、止めてしまっては我が気持ちも収まらぬ…』
「ですから、そこで提案があるのです」

顔色一つ変えずに、川上が話し始める。
その一見、礼儀正し気な仮面の内に、その狡猾さとしたたかさを完璧に隠している。

「オグン様は魔法も武器も使わずに、あの者と戦ってみてはいかがでしょうか?」
『ほぅ…それならば対等なる闘いよ。よかろう…それならば、我が誇りも汚れはしまい。川上と言ったな?汝の善き知恵に感謝と敬意を表そう』
「有難きお言葉…恐悦至極にございます」

川上は全く動じずに、ポ−カ−フェイスのままオグンの言葉に応えた。
オグンは川上の狡猾さにまんまと絡め取られている事も知らずに、その物騒な武器を足下に置いた。
川上はそれを見計らってから、

「あの者に最後の言葉をかけさせて頂きたい」

と、オグンに断ってから芙爾に近付いた。

「…という訳だ」
「何が!?」

芙爾は絶叫した。
今度こそ死ぬな…と、確信めいたモノがこみ上げてくる。
死んだら化けて出る先は川上宅に決定だな…と、ちょっと卑屈に考える。

「まぁ、落ち着け。魔法も武器も使わぬ悪魔など人間と変わらん。K−1のチャンピオン程度の実力だ…勝てる。私を信じろ…」

過去にこれほど効果の薄い説得があっただろうか?
というか、K−1チャンピオンじゃ無理だろおっさん…と、芙爾は頭を掻いた。
どうせ川上など信じていないが、どちらにしろ覚悟は出来ている。

「良い眼だ…野獣の眼をしているな。フム…安心した。玉砕して来い」

安心しといて玉砕とは、強烈に矛盾した台詞である。
しかし、今の芙爾にはそんな事はどうでもよかった。
激しい鼓動の影響で、アドレナリンが過剰分泌されたのである。
脳内麻薬中毒状態だ。
芙爾はオグンの前に勇み出た。
どうせ誰も助けてくれないという、諦めの色が濃い。

『小僧…良い度胸だな』

オグンはほくそ笑んだ。
芙爾はオグンを睨み付けて云う。

「人間は死ぬ気になれば何でも出来る…心に刻んでおけッ!!」
『フフ…面白い。意外と骨がありそうだな…ならば行くぞッ!!』

オグンが先手を打って、芙爾に飛び掛った。
芙爾はそれを紙一重で避ける。
だが、その蹴りで部屋の壁に大きな穴が空いた。
木片が舞い散る。

『ムゥ…出来るな小僧!』
「(こりゃ、無理だ)」

早くも、芙爾は諦めモ−ドに突入した。
K−1チャンピオンとかいうレベルの相手じゃない…やっぱり、悪魔は煮ても焼いても悪魔だ。
それでも、構えてオグンを待つ。
得意の短足カウンタ−でもしないと、勝ち目はないと思ったからである。
一応、死ぬのは怖い。

『良い構えよ…我を誘うか。だが、退かぬ!それで勝ってこそ、真の勝利と呼べるのだッ!!』

オグンはまたしても突進してきた。
冷静さや狡猾さとは無縁の性格であるらしい。
芙爾にも光明が射した。

『砕け散れぇいぃ!!』

オグンが右フックを繰り出してきた。
確かに速いし、威力に関しては凄まじいの一言に尽きる。
だが、単調で隙が多い…芙爾はパンチのモ−ションを咄嗟に見切った。
そして、渾身の足蹴りカウンタ−を、その下がった顎に叩き込む。

『グハッ…!』

芙爾は安全靴を履いている…威力は更に倍増されたハズだった。
しかし、オグンは倒れる事なく、立ったままでそれを堪えた。
効かなかった訳ではない…手応えは確実にあった。
オグンが気力で耐え抜いたのである。
薄ら笑いを浮かべながら、オグンは芙爾の右足を左手でしっかりと掴んだ。

『面白い…面白いぞ小僧!!アフリカでは鉄の神、ハイチでは英雄神と称えられし我をここまで楽しめた人間は、トゥサン=ル−ヴェルチュ−ル以来だッ!!貴様も革命の士とやらか!?』

よく分からない事を云ってから、オグンは再び右フックを繰り出した。
今度は避けようがない…万事休すだ。
だが、芙爾は意外と天に見捨てられていなかった。

「ジオンガ!!」

場違いな幼い声がそう叫んだかと思うと、オグンの目の前に電撃の球が発生した。

バチッ!

『グワッ!?』

オグンはその不意打ちを避けられず、球に弾かれるかのように吹き飛んだ。
フェイがポケットから出てくる。

「フェイ!?」
「芙爾おじちゃん!チャンスだって!!」

フェイに叫ばれて、芙爾は我に返った。
オグンは顔を押さえたまま、よろけている。
芙爾は一気に間合いを詰めて、オグンの顎に二発目の蹴り上げを喰らわせる。
流石のオグンの顎も、砕けた音がする。
更に追い討ちをかけるかのように、芙爾のそのみぞおちに止めの一撃を叩き込んだ。

『グフッ!』

血を吐くが、オグンはまだ倒れなかった。
ただ、中腰となり上目遣いになりながらも、闘気がこもった眼を芙爾へと向ける。

『フフッ…ピクシ−風情にやられるとはな。卑怯だったが見事よ…汝の蹴り、堪えぞ…』

そう云った後で、オグンは二ッと笑った。
そして、とうとう…マットに沈んでくれた。

「フェイ…」

冷や汗を拭いながらも、芙爾はフェイに云う。

「なぁに、おじちゃん?」
「こいつ、回復させてやれ…」
「え〜何で!?」

芙爾の発言にフェイはおろか、川上すらも目を丸くした。
だが、芙爾の意志は変わらない。

「正気に戻れ」

川上がハリセン代わりに扇子でツッコミを入れる。

「俺は正気ッス。こんなんでK−1チャンプを名乗れるかい!!」

息を整えながらも、芙爾は意気揚々と叫んだ。
ちょっと刺激を与え過ぎたかな…と、川上は珍しく後悔した。
その刹那、回復させて貰ったオグンが起き上がった。

『グ…汝は真の戦士か?』
「いや、ただの変人だ」

オグンの問い掛けに、芙爾は真顔でキッパリ云い切った。
それを聞いて、オグンは大声を上げて笑う。

『フハハハハ!!ならば、我はその変人とピクシ−にすら勝てぬ愚か者という訳か!フフ…これは逆に愉快だ』
「何をほざくか、復活チャンピオン!さぁ、来い…リタ−ンマッチだッ!!」
『フ…その必要はない』

オグンが奇妙な笑みを浮かべた。
自分自身の選択を嘲笑っているような笑みだ。

『恐れも知らぬ小僧よ…このハイチの英雄神オグン!汝が為に力を揮おうではないか!!』
「…!?」

芙爾は驚きを隠せなかった。
オグンは自分よりも明らかに強い…そのオグンが自分に従うと云っている。
どういう美学だろうか?
負けた相手…それも、卑怯な手で勝たれた相手を認めるというのは。
神としての余裕が為せるわざだろうか?…何かが愉快なようである。

『小僧…いや、我が主よ。名は何という?』
「芙爾…鹿嵐 芙爾だ」
『フジか…しかと覚えたぞッ!』

そう云って、オグンはCOMPの中へと消えた。
川上すら唖然とする結末だった。
その頃、メアリは黙々と部屋の破損箇所を修復していた。
そして、ヴィクトルはいつの間に持ってきたのか分からないテ−ブルの上で、一人でパイプをふかせながら呑気にティ−タイムを演出していた。
まるで『良い余興を見せて貰った』とでも云わんばかりに、ヴィクトルは芙爾に話し掛ける。

「一杯やらんかヨ−ソロ?」

芙爾は、その日一番の殺意を抱いた。