あまりの衝撃の出来事に、不覚にも気を失ったジェイダはフォルティアの往復ビンタで眼を覚ました。

「ジェイダッ!!」
「リュ、リュンベルクはッ!?」

 気が動転して、この場にいる筈もない想いの人を探す。
 フォルティアはもう一度、ジェイダに往復ビンタを喰らわした。

「リュンベルクはロゼ様を人質に取って、政庁に立て籠もったのッ!!」
「な、何でそんな真似を!?」
「知らないわよッ!!」

 フォルティアのその答えを聞くや否や、ジェイダは駆け出した。
 荒馬のように鼻息荒く、動悸や息切れを無視して。
 飛脚のように走る。
 忍者のように走る。
 馬車馬のように走る。
 赤兎馬のように走る。
 赤いスポーツカーのように走る。
 鉄道のように走る。
 道行く者は皆、未確認高速物体の彼に驚き、飛び退いた。
 途中で、先行していたバイアードすらも追い越す。

「速ッ!!??」

 バイアードはジェイダの疾走ぶりに仰天し、石に躓き派手に宙回転してお星様を見上げる羽目になる。
 それをシカトして、ジェイダはより速く、より加速し、政庁へと向かった。




 政庁の前で出来た人だかりの中にその女はいた。
 ヘルハンプール・タイムズの記者に対し『お前、何様のつもりだ?』といった感じで脳天気且つ無責任に、ある事、ない事、ベラベラと喋り続ける。
「ホンット、ろくでもない奴でねぇ。いつか、こんな事しでかすんじゃないかと思ってましたよぉ……」

 そんな風に言いながら、赤髪長髪のその女は『お前、テレビに映っただけでスター気分か?』と問い詰めたいほどに調子に乗って、口にヘイストをかけまくる。

「この前もさー、捕虜にした兵士に乱暴したとかでロゼ様に呼び出されてまして。あ〜、そろそろやるんじゃないかなぁ〜、って」

 その女。アレクサンドラの信憑性の薄い発言に神妙に頷きながら、記者はメモを取っていた。
 アレクサンドラはますます滑らかになる舌で、本音混じりのでっち上げを吐露し続ける。

「初めて会った時から〜、何か私の事やらしい眼で見てて嫌だなぁ……、って、思ってたんですよ〜」

 実際、そんな事は全くなかった。
 アレクサンドラとしても、リュンベルクはどうでも良かった(ジェイダのホモをからかうのは好きだが)。
 それでも、普段から事実を面白可笑しく誹謗中傷を織り交ぜて誇張して話すアレクサンドラは、ここぞとばかりに言いまくる。
 そこへ、爆音にも似た壮絶な音が響き渡る。

「え……?」

 突如、巻き起こった砂煙の中、一陣の影が驀進する。
 その途中で、調子こいてたアレクサンドラに、彼は怒りのニーキックをくらわした。

「ぶほッ!?」

 顔面をじゃがいものようにして往生するアレクサンドラと、それにフライングニーをくらわした未確認光速物体に衆目が集中した。

「あれは何だ!?」
「鳥か!?」
「飛行機か!?」
 群衆は各々に言い合う。
 そして、最後はみんなで合唱した。

「いや、ホモだッ!!」

 未確認音速物体は思いっ切りずっこけた。
 しかし、そのままローリングしつつ、減速しないで政庁の壁へと激突し……、それを突き破った。

「ジェイダだ!」

 群衆の一人が叫ぶ。

「ある意味、最強兵器彼氏な奴が来たぞ!!」
「おお、奴ならば何とかするかもしれん!!」
「ああ! なんせ、ホモダチだもんな!!」

 群衆の悪意が垣間見えるのもシカトして、今のジェイダは獲物に向かって一直線であった。
 ジェイダは通路でオロオロしている魔族からリュンベルク(とロゼ)の居場所を突き止めると、執務室の真下へと急いだ。
 そして、そこからスーパーマンの如く跳ね上がって、天井を突き破り……、とはいかなかった。
 結果はかなり中途半端なものに終わった、しかも目測も誤った。
 どうやら通路に出てしまったらしいジェイダに丁度、真上にいたらしいエティエルが気付き、まるでゴキブリでも見たか、痴漢にでも遭ったかのような悲鳴を上げる。

「あの……、すいません……」

 ジェイダがお願いする前に、エティエルの踵が飛んだ。

「やらしい! この痴漢ッ!!」

 ジェイダは非常に中途半端な事に、顔だけが天井を突き破った挙句にはまり、エティエルのスカートを覗き込む羽目となった。
 そんな彼にエティエルが足蹴りラッシュをお見舞いする。
 ジェイダは小学校の時、帰りの会で女子生徒に『スカートの中を覗かないで下さい。ブルマ履いてるから良いけど、掃除の時間に覗かないで下さい』と言われたのを思い出しつつ、失墜した。
 もとい、墜落した。

「ギャフッ!?」

 肉体的にも精神的にもかなりの大打撃をくらいつつも、それでもジェイダは立ち上がった。
 彼を突き動かすのは、そう――愛。
 溢れんばかりの、家族ぐるみの付き合いは避けたいばかりの、熱愛。

「待っていろ、リュンベルクッ!!」

 逆境にも挫けず、寧ろだからこそ燃え、というか萌え、橋の上でドキドキした感情を相手への恋愛感情と勘違いしているような部分も孕みつつ、ジェイダは尚も走り続ける。
 今度は格好良い登場をしようなどという『恋という字には下心』的発想は捨て、正規のルートで階段を昇る。
 執務室の前にはイフ、エティエル、アシュレイ・ロフといったお馴染みの面々が揃っていた。

「……誰だ?」

 アシュレイが無機質な声を上げる。

「ジェイダだ。武将の名前くらい、覚えたらどうだ?」

 イフがアシュレイに説明する。
 エティエルは赤面して、ジェイダを睨み続ける……、信用を失ったらしい。
 だが、全ては今のジェイダにとっては些事である。

「リュンベルクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
「!? 待て、ロゼは誰も部屋にいれるなと……」

 アシュレイの制止も振り切り、クルクル回転のコークスクリュー、つまり弾丸と同じ原理でジェイダは扉を突き破った。