回り回りながら部屋へと突撃かましたジェイダは、そこで目撃してしまった。
 まだ18の娘、でも魔皇軍君主なロゼ、でもか弱き乙女に手錠をはめ、おまけに地面にへたれこみ眼を閉じた彼女に剣を振り下ろそうとしている愛しのリュンベルク(弁解の余地なし)の姿を。

「ジェ、ジェイダ……!?」

 思わずリュンベルクの振り下ろそうとした太刀は行き場を無くす。
 それはロゼをそれ、床へと突き刺さった。
 振動でリュンベルクの手が剣から離れる。
 彼は茫然自失と、来訪者を凝視した。
 一方、ジェイダはムンクの叫びのような、この世の終わりを見せてくれる顔をすると、ローリングしつつ魔界獣肉ギフトを取り出し、そのままロゼへそれを献上しつつ土下座した。
 本家本元ムロマチ人もビックリの高等テクニックだ。

「すいません! 申し訳ありません!! 恋人の不手際は恋人である私の責任!! どうかこれで御勘弁を……、しょ、処刑ではなく、どうか国外追放処分くらいで!!」
「何してやがるんだ、テメェはッ!!」

 ロゼより先に我に返ったリュンベルクが、それを若林君の両腕も粉砕出来るような力で蹴り飛ばす。
 ジェイダは廊下まで吹き飛んだ。

「ハァ……、ハァ……、クソッ、訳分かんなくなっちまったッ!!」
「訳分からないけど、でも分かるわ……」
「何がだよッ!?」

 カッとなったリュンベルクに対し、ロゼはつとめて冷静に言った。
 さっきまで命を狙っていた相手にそうする辺りに、君主としての貫禄を感じさせる。

「貴方の為に、したのよ……、やり方はよく分からないけど……」
「……ッ!」

 核心を突かれて、リュンベルクは真っ赤になり、より混乱する。
 自分のような人間に、そうまでするジェイダの心意を量りかねたのだ。
 ロゼは更に畳みかけるように続ける。

「貴方の為に、ジェイダはここまでしたのよ?」
「だから……」

 リュンベルクはますますしどろもどろになりながらも、混乱しながらも、言う。

「だから、それが訳分かんねぇんだよッ!!」
「分からないの?」
「ああ、分からねぇよ!!」
「それだけ、貴方に魔皇軍に残って貰いたいって事よ」

 ロゼは尚もリュンベルクの胸をえぐるように言った。
 リュンベルクは一歩、後ずさる。

「だ、だ、だから、わ、わ、訳が……」
「ねえ、リュンベルク……」

 ロゼは彼女特有の、優しさと憂いを秘めた表情で彼を見る。
 この眼で見られると、大抵の男は弱い。
 それは、リュンベルクとて例外ではない。

「な、何だよ……?」
「復讐は貴方の兄さんの為?」
「そうだよッ! 俺に太陽を見せた所為で死んだ、兄貴の為だよッ!!」
「そう……、でも、いくら悲しんでも憎んでも、死んだ人は生き返らない。それなら、今生きている人の為に生きてみない?」

 ロゼの言葉に、リュンベルクは更に一歩、後ずさる。

「な、何だと……!?」
「貴方には貴方の為に、ここまでしてくれる人がいるじゃない。その為なら、戦えると思わないかしら?」
「う……」

 廊下で昏睡しているジェイダを見て、リュンベルクはすまなそうな顔をする。
 蹴り飛ばすべきではなかったのだ、感謝しなければならなかったのだ、と。

「俺は……、でも復讐を捨てられない……」
「それでも良いわ、それは私も同じ。でも、他にも出来る事はあるでしょう?」
「お前、君主なのに……、何で俺なんかの為に……、お、俺はお前を殺そうとしたんだぞ!? それどころか、いつ裏切るかも分からないのに……」
「何言ってるの」

 ロゼはそして、決定的な一言を口にした。
 彼女のカリスマ性を体現するかの如き一言を。

「仲間じゃないの」

 ――俺みたいなゴロツキを仲間!?

 この一言は天涯孤独に生きてきたリュンベルクに対し、殊の外大きく胸に響き渡った。
 効果は抜群だった。
 リュンベルクはこの一言でロゼを守りたくなった、さっきまで殺そうとしていた事を深く後悔した。
 そして、過去は未来に取って代わられた。
 胸にジーンと、感動の渦が巻き起こり、彼は涙目になった。

「お、俺でも良いなら……、残ってやらない事もない……」
 
 それは、あくまでもひねくれ者のリュンベルクらしい返事だった。
 だが、それだけでロゼには満足出来た。
 微笑みながら、彼女はリュンベルクに言う。

「これからもよろしくね、リュンベルク」

 リュンベルクは己が醜さと不甲斐なさ、そしてあまりのロゼの純粋さ、優しさ、尊さに赤面し胸を激しく打たれながらも、応える。

「これからもよろしくな、ロゼ……」

 それで全てが解決した。
 一時はいつ飛び出すべきかとタイミングを窺っていた側近達も、胸を撫で下ろす。

「良いのか?」

 アシュレイが安堵感に包まれた空気を切り裂いて言う。

「奴は危険だ。まだ、同じ事をしでかすかもしれないのだぞ?」
「その時は、俺達が力尽くで止めるさ……」

 昏睡状態のジェイダを見下ろしつつ、イフが言う。

「でも、その心配はないと思うわ」

 汚らしいものを見る眼差しでジェイダを見下ろしつつ、エティエルが続ける。

「彼も彼なりに、大切なものに気付いたようだから……」

 リュンベルクは口には出さなかったが、ロゼに対して誓いを立てた。
 自分は絶対に彼女を裏切らない、と……