「グリッサはどこだ!」 1030年夏、ガレーナにある王宮にてメーデルワードは叫んでいた。 その声を聞いて、付近の者が顔を向けたがすぐに元に戻していた。 メーデルワードのあまりもの形相に皆が肝を冷やしていたのである。 「どうしたのよメーデルワード、皆が不審に思うわよ」 彼女の声を聴き取ったノーマがメーデルワードに近付いて言った。 「ノーマか、グリッサを知らんか!」 「仮にも王に対して、その口の利き方は良くないと思うわよ」 「呑気にそんな事を言っている場合か!」 「何をそんなに怒っているの…、ああ『アレ』なのね」 「アレ…とは?」 ノーマはメーデルワードに顔を近付けると小さな声で言った。 「月に一度のアレ…なのでしょ?」 「……違う」 「なら…『あっち』ね。ちょっと待ってね」 そう言うと、ノーマは懐から紙に包まれた薬を取り出した。 「はい、ピンクの小粒『コー○ック』よ。これならお通じも大丈夫よ…」 「……私は生理でもないし、ましてや便秘でもない。変に勘ぐらないでくれ…」 メーデルワードは頭を抱えながら、脱力した様子でノーマに言い返した。 「じゃあ何を怒っているのよ。陛下を探しているみたいだけど……」 「そうだグリッサだ、グリッサはどこだ!」 「あの……」 二人の会話に一人の武将が口を挟んできた。 彼はメーデルワードの部下であり、現在はグリッサの護衛を務めるロベルトであった。 「何だロベルト」 「グリッサ陛下でしたら、城下町の散策に出掛けられましたが……」 「何! どうして貴様は止めなかったのだ!!」 「あの…私はこの事をメーデルワード様に伝えるように命じられましたので……」 「お前を何のためにグリッサ陛下の護衛につけたと思っているのだ、この馬鹿者が!」 「も、申し訳ありませんでした」 「謝る必要はないわよ」 ノーマが二人の会話に割って入って言った。 「貴方が命令に従うべき第一の人物はグリッサ陛下であって、メーデルワードではないわ」 「! ノーマ……」 「一体何をそんなに怒っているのよ、執務を放ったらかすなんていつもの事じゃないの」 「今回怒っているのはこの事でだ!」 そう言って、メーデルワードは持っていた書類の束をノーマに叩き付けた。 「ええと…『戦災孤児に対する救済基金創設のための予算請求について』…これがどうかしたの」 「これに関する予算を独断で議会に無理矢理通しているのだ!」 「……ふうん」 「ふうん、じゃない! おかげで他に回す予定だった予算が回らんのだ!!!」 「………愉快ね」 「え…?」 ノーマの意外な一言にメーデルワードは驚いて目をキョトンとさせていた。 「愉快だって言ったのよ。メーデルワード、貴方の事だから削る事になる予算は今までで一番無駄に使われてきた部署を削るのでしょ?」 「ま、まあ恐らくはそうなるだろう」 「という事は、陛下が勝手にやった行為は少なくとも、その削られる事になる部署がやってきた事よりは立派な事になるのじゃないかしら」 「う………」 「貴方は『陛下の命令』の一言で今まで手をつけられなかった部署への改革を実行する事が出来るようになる訳よね」 「し、しかしだな…物事には手順というものが……」 「陛下が勝手にやった事が国民にとってはより良い事になっていくのよね、政治の舞台裏は皮肉に彩られているわね」 メーデルワードはノーマの発言に言い返す事が出来ずにいた。 確かにグリッサが勝手にした行為が、国民にとってはより良い方向にいっているような気がしてならなかったからである。 だが……。 「だが、いつまでもこんな勝手な事を許しては政治の根幹に関わる問題に……」 「それを何とかするのが貴方の役目でしょ?」 「ぐうっ……」 「そうそう、今回の件で彼に入知恵したのは私よ」 メーデルワードの側を通り過ぎる際にノーマはそう言って立ち去った。 「な、何だと? ちょっと待てノーマ、待ってちょうだい」 メーデルワードも彼女を追ってその場を去った。
「と言う訳です陛下。……陛下?」 「ん? ああ、すまんすまん。この玉座に座るのは久し振りなもので、ついボウっとしたわ」 「そうですか。陛下にこの様な形でご足労を願い、申し訳ありませんでした」 「ふふ、気にするでない。あの者を指名したのは予に違いないのだからな」 この会話からも分かるように、現在この王宮にいるのは『本物』のグリッサである。 皆が知るグリッサは本物そっくりの影武者なのである。 ただ、最近はメーデルワードの操り人形からノーマの助言をもとにいろいろとやっているが…。 「ではこれで失礼します」 「ん…」 メーデルワードは部屋から出ていき、玉座にはグリッサ(真)だけとなった。 「ふふっ、久し振りの執務は身体にこたえたわ……」 そう言って玉座に座りながら背伸びをした時、玉座の後ろからゴトンと音がした。 玉座の後ろをよく見てみると、その玉座の下からワインのビンが何本も出てきたのである。 そのワインを見ていくと、ビンの間から『バー・ガレーナ』ボトルキープのカードが出てきた。 『バー・ガレーナ』とは城下町にあるバーで、美人ホステス姉妹が営んでいる店である。 グリッサ(真)もこの店の名前くらいは知っていたのであった。
「どわっはっはは、こんなに美味い酒は久し振りだわい」 「グリちゃんにそう言ってもらえるとアタシたちとしても嬉しいわ♪」 その日の深夜、グリッサ(真)はすっかり出来上っていた(酔っていた)。 好奇心に負けて、お忍びの格好で城下町に出てきてしまったのである。 町の者たちは彼をグリッサ(偽)と認識しており、誰も彼らが二人いるとは思ってもいなかった。 そのお陰でグリッサ(真)はグリッサ(偽)のツケで酒場という酒場をハシゴしていったのであった。 だがその日の彼は少々舞い上がり過ぎたようである。 普段なら警戒しそうな店にも彼は酔った勢いで入って行ってしまったのである。 その店はカードギャンブルを売り物にしている店であった。
これより少し時間を戻して……。 「なに、本物が帰ってこないだと?」 「陛下をモノみたいに言うな」 王宮に戻って来たグリッサ(偽)はメーデルワードから、グリッサ(真)が隠れ家に戻ってきていない事態を伝えられた。 「貴方の方で何か心当りはないの?」 「さあなあ……あ!」 「なに、何か思い出したの?」 「そう言えば、帰路についている時に皆によく不思議そうな顔をされたような……」 「……陛下が城下町に出ているといいたいのか?」 「恐らくは…な」 二人は口裏を合せていたかのように同時に席を立ち、城下町へと出ていった。
「悪いなオッちゃん、こっちはキングのスリーカードだ」 「クッ。次だ、この金の腕輪をコインに換金してくれ」 「へいへい、毎度あり」 怪しい店に入ってしまったグリッサ(真)はすっかり店側にとっての『お客様』となっていた。 恐ろしく負けていたのである。 ゲームはポーカーをやっているようだが、いつも役で負けているのであった。 グリッサ(真)自身も帰るべきだと自覚していたが、酔いがその決心を鈍らせていた。 その結果、傷口をますます深くしようとしていた。 もっとも、すんなりと帰らせてもらえる様子ではなかったが……。 「今度こそ勝つ!」 「そうそう、その意気込だぜオッちゃん」
「これで全部払ったのかな」 「毎度、ウチとしてもこんなにすぐに返してもらえると助かるよ」 「で、俺はこの後どこに行ったか分かるか?」 「ああ、こっちとしても心配だったからどこにいったのか暫く見届けたからね」 グリッサ(偽)は城下町に入って『自分』を見かけなかったか人々に聞き回っていたのである。 すると次々と情報が入ってくるが、その度に『先程の』ツケを請求される始末に追われていたのであった。 「次はあの緑の看板の『大和サムエーズ』に入って行ったよ」 「そうか分かった」 「それにしても……」 「なんだ?」 「さっきまであんなにベロベロに酔っていたのに、もう酔いが覚めたのかい?」 「あんなの飲んだうちに入らんよ」 グリッサ(偽)の方は、一滴も飲んでいないのだから酔っていないのは当然である。 「助かったぜ、ありがとよ。じゃっ!」 そう言って、グリッサ(偽)は店主の前から走り去っていった。 それを見た店主は、 「あんだけ飲んでスグに走れるなんて……あの人は底無しだなあ」 と勘違いをしていたのであった。
「もう賭けるモノは何も無いんじゃないか?」 「……頼む、トイレに行かせてくれ」 ディーラーを兼ねる店主は目配せで、後ろに立っていた男を下がらせて通路を開けさせた。 「いいですとも、トイレで最後の一時を過して下さい。こちらとしても失禁されますと嫌ですし」 グリッサ(真)は逃げ込むようにトイレの中へと入り、すぐに扉の鍵を閉めた。 その様子を見て、店主の後ろに立っていた男が側にやってきた。 「鍵をかけたようですが、どうしますか?」 「ほっとけ、どうせすぐに身包み剥がされる運命なんだ。いずれ出てくるさ」 「珍しくお優しいお言葉で……」 「フッ、私のイカサマに勝てるわけがなかろうが。…馬鹿な男だ」
トイレの中にある洗面台の前にてグリッサは頭を抱えていた。 「ああ、一体私はどうすればいいのだ……」 「何とかして勝たない事にはどうにもならないだろうな」 突如、自分の背後から声がして急いで振り返ると、そこにはやはり『自分』がいた。 「うわああああああああ!!!!!」 「シーッ! シーッ! 静かにしろよ、俺がいるってバレるだろうが」 「か、影武者か……」 「そうだよ、本物」 グリッサ(真)は相手がグリッサ(偽)である事を知って少しホッとしていた。 「ど、どうしてここにいる事が分かったんだ?」 「それならアンタが片っ端から酒場をハシゴしてくれたお陰でどんどん情報が入ってきたんでね。 裏口の厨房から入ってきたんだよ。後はアンタが入ってくるまでトイレの中でじっとしてたんだ。 それよりも、アンタがツケで飲みまくってくれたお陰で俺はえらい大損だよ」 「す、すまない」 「で、ここでは一体いくら負けているんだ?」 そう言われて、グリッサ(真)は鏡に指をなぞって金額を示した。 「よ、よくもまあこの短時間にこれ程巻上げられたもんだなあ……。これはこれで一種の才能だよ。 …ま、いいさ。ここは俺が何とかするからアンタは裏口から逃げてくれ。厨房のシェフは買収して いるからスンナリ逃げられる筈だ」 「私はいいが、お前はどうするんだ?」 「俺かい? 俺は……ここで負けを取り戻してくるさ」 その言葉にグリッサ(真)はビックリした。 「え?」 「まあそれはこっちの話だ…。それより服を脱いでくれ、俺のと換えたいのでな」
「ご無事で何よりです、陛下」 店の裏口の前では、ずっとメーデルワードが待っていたようだった。 「メーデルワードか、すまないな。随分と迷惑をかけてしまったようだ」 「私なら別に構いません。……それよりも急いでここを立ちましょう」 「うむ。……だがあの男は大丈夫なのか?」 「はい、ノーマが上手くやってくれると思われます」 「ノーマか……。彼女に私の影武者の事を喋ったのか?」 「いえ………」 「そうか、ならばいいのだが」 「…………」
「いやいや待たせてすまなかったねえ」 「……アンタ、さっきまでいたオッちゃんと同一人物だよな」 「何を変な事を言ってるんだよ。別人な訳がないじゃないか」 「そ、そりゃあそうなんだが……」 店主が不審に思うのも無理はない、何しろ全くの別人と入れ替っているのだから。 もっとも、彼らにそれを知る術はないのだが……。 「いやあ、すっかり負けちゃってるよねえ。そこで提案があるんだけど、いいかな?」 「何だい?」 「こっちとしても事態を何とかしたいんで、ここらで『代打ち』に勝負を任せたいんだ」 「それは反則というもので、受け入れられんな」 「タダとは言わんさ」 そう言ってグリッサ(偽)は懐から宝石を取り出した。 それを出した途端、店主は勿論、側に立っていた男たちも宝石に近付いてきた。 「これだけのカラットのダイヤモンドはお目にかかった事はないんじゃないか?」 「ゴクッ……」 「賭けるモノは今までの負けでいい。……代打ちの件、OKかな?」 「も、勿論ですとも。……ですがその代打ちの方は近くの店にでもいらっしゃるので?」 「アンタの後ろの立っているのがそうだよ」 言われて後ろを振り向くとそこには黒いドレスを着たノーマが立っていた。 「い、一体いつの間に、どこから……?」 「…玄関からですが……」 「そんな事よりも、早速ゲームを始めようじゃないか」 グリッサの一言で、ノーマが席に座って店主と向かい合った。 「…で、勝負の方法はどうしましょうか?」 ダイヤを見せてからずっと店主は敬語を使ったままである。 本人もかなり興奮しているようである。 「『神経衰弱』でいきたいんだが」 「神経衰弱……?」 「ルールは単純、裏返っているカードの組み合せを作っていくだけだ」 「つまり、より多くの組み合せを作った方の勝ち、という訳ですか?」 「いや、めくるのは彼女だけだ」 「?」 「彼女が一度でも外したらそこでこちらの負けでいい。全部当てたら俺達の勝ちだ。ただし、アンタ らがイカサマでもしていたら、その時点で俺達の勝ちにさせてもらおう。…どうだい?」 そこまで聞いて、店主が後ろに立つ男に小声で話しかけた。 「イカサマが仕込まれていない普通のカードを持って来い」 「いいのですか? かなりの自信があるようですが…」 「こちらのカードを使わせればイカサマは出来んさ。全部のカードを組み合わせるのは不可能だ」 言われて男が部屋の奥に入って行った。 「カードはこちらのものを使わせて頂きますが、宜しいですか?」 「ああ、こっちでは用意していないからそうしてくれないと困るしな」 先程の男が戻って来て、テーブルに封の切られていないトランプを置いた。 「では、彼女にゲームを始めてもらおうか」 ノーマの手でトランプの封が切られた。
「し、信じられん。こんな事が起こるなんて……」 「約束通りこれで負けはなしだ。帰らせてもらうぜ」 ノーマも席を立ってグリッサ(偽)と共に出口へと歩いていた。 ノーマはカードの組み合せを一度もたがえる事なく、全ての組み合せを成立させたのである。 「待て!」 店主のその一言で店の男たちが出口を塞ぐ様にしてグリッサ達の前に立った。 「貴様ら、今のギャンブルでイカサマをしやがったな!」 「ああ、そうだよ」 グリッサは店主の質問に当然の様にイカサマの存在を認めた。 「アンタらが客からイカサマで巻き上げる話はよく聞いていたのでね、当然対処をさせてもらった。 それにアンタらは『俺達がイカサマを使ってはいけない』とは言ってないのだから抗議は無駄だ。 それでも、ここで更に俺達の暴力を振るうのであれば……容赦はしないぜ」 「しゃらくせえ! てめえら、やっちまえ!!!」 「罪人が多用する『パターンワード(常套句)』を確認、敵と認知。敵を撃滅します」 「そうしてくれ、ノーマ。俺も久し振りに大暴れしてやるぜ!」 翌日の朝、グリッサ達が入った店はもうその場所にはなかった。 グリッサ(偽)とノーマによって、文字通り、店は跡形もなく吹き飛ばされたのであった。
翌日の朝、ノーマとメーデルワードは食堂で一緒に食事を取っていた。 正確には食事をしながら昨日の出来事をメーデルワードがしつこく聞きながらであったが。 「グリッサ陛下から一応は聞いたわ、ノーマ。本当にありがとう」 「……兵士としての義務を果しただけよ」 「それにしてもどうやってカードを当てたのよ」 「……『クイック』の応用……」 「?」 「クイックの魔法で動体視力を極限まで高めたのよ。カードがシャッフルされる間の僅かの隙間で カードが何で、どこに行ったのかが分かったのよ」 「で、でも…52枚もあるのよ」 「問題ないわ……」 そう言って、先に食事の終わったノーマは先に席を立った。 こうして今回のちょっとしたアクシデントは解決をした。 王様がちょっと暴走したが、誰も傷つかずに済んだのであった。 ……………と思ったら、 「ぬおおおおおおおおっ! 俺の酒がほとんど無くなってやがる!!! あの酒飲み王め、覚えてろよーーーーーーーっ!!!!!」 グリッサ(偽)のみ、懐を冷やし、秘蔵の酒を失ったのであったとさ。 (2002年3月12日) 大和サムエーズの皆さん、初めまして。この作品の作者、ミスターRです。 これは相互リンク記念によのこさんからのリクエストに応えたものです。 本来であれば、もう少し早く完成する筈だったのですが、ネタに苦しみ遅れてしまいました。 とりあえず、完成した事を喜んでいます。 この作品の時期としては「残り10勢力」のイベントの後の感じで書きました。 ノーマはグリッサ(偽)の正体には気付いていた……かも? それは皆さんの判断に任せましょう。 そろそろこれで失礼します。 では、さらば! |
グリッサ公国の一番の見所は定番の“王様と乞食(影武者)”設定だと思ってます。 並んで“ストイックな女武将2人”も大きな魅力だと思います。 そんなグリッサ公国の魅力がテンコ盛り!!の素敵な作品、大変有難うございました。 直球型のメーデルワードと曲者型のノーマって感じがいいです。 黒いドレス姿かぁ…。 頭の中にコークスクリューを打ち込まれた感じです。 視点ずれ気味ですが、ロベルトが出てくるのも嬉しいです。 全身像無しキャラは…たとえイベントがなくても見てる内に愛着沸いてきますから…。 いえ、さりげなく(?)大和サムエーズが出でくるところは…照れますよ(嬉)。 (よのこ) |