帝王の落日

  魔族の蜂起によって勃発した反乱は瞬く間にネバーランド大陸全土を覆い、未曾有の大乱を引

き起こす結果となった。

これが後に呼ばれる「第二次ネバーランド大戦」の様相である。

この戦いの中、多くの民衆蜂起が各地で催されたが殆どが鎮圧、弾圧されていった。

大陸最大の国家である「シンバ帝国軍」によるものだが、民衆の反感を買っていく事となった。

そんな中、大陸中部にあるゲリラ集団「旅団・八眼蟲」が本格的な組織化に成功し、帝国に対する

一大対抗勢力へと成長していった。

「……これが最後の戦いだよ。アタシがこんな事を皆に言うのも変だけどね……。

 皆、こんなツマンない戦いで死ぬんじゃないよ! 帰って来て大宴会をするよ!!

 勝つんだよ、……生きて…生きて、…生きて帰って来ようじゃないかぁ!!!」

  ウオオオオオオオオオオ………。

  この演説に、会場からは地鳴りのような歓声が起こっていた。

このアリーの演説は、リトに終結していた多くの将兵達の士気を高ぶらせていた。

一方で、昔からいる古参のメンバーはこの演説を苦笑しながら聞いていた。

「よく言えたもんだ。『野郎ども 死ぬ気で戦え!』ってしょっちゅう言ってたのによ」

「まあまあ、オース隊長。姐御も冗談でも『死ね』とは言えなくなっちまったんですよ」

「うおおおおお……。アリーさん、俺は…俺は……」

「ね、ラジェット副長をご覧なさい。こんな風に姐御に心酔する野郎が今じゃあ沢山いるんですよ。

 冗談でもそんな事言ったら、何人もの野郎が帝国軍の兵の中に爆弾抱えて特攻しちまいますよ」

  感涙にむせているラジェットを見て、オースも呆れながら納得した。

「…確かにラクターの言う通りだな。今では姐御をよく知る古参の仲間はほんの一握りだからなあ」

  ここにいるのは旅団・八眼蟲の古参のメンバー、ラクター、オース、ラジェットの三幹部である。

フェアリスの片田舎で活動をしていた盗賊団がアリーの決意と、帝国軍からの仲間入りを果たした

ラジェットが持つ「帝国軍の隠し財宝」の場所の情報を手に入れた事によって、一大勢力へと変貌

していったのである。

今では古参のメンバーよりも新規に加入したメンバーの方がずっと多くなっているのである。

「…苦しい戦いが本当に長く続きました。でも、これで戦争に終止符を打つ事が出来るのですね」

「この戦いで勝つ事が条件だけどよお」

「アリーさんが指揮するんだ、勝つに決まっているだろうが! …勝たねえとよ…勝たねえとよお、

今までの戦いで死んでいった仲間たちに申し訳が立たねえじゃねえか!」

  沈んだ表情でラジェットがこぼした言葉には負けられない『決意』を感じさせた。

彼だけではない、古参のメンバーの顔には深刻な表情が浮かんでいた。

皆が、この戦いを最後にこれまでの戦争が『無意味ではなかった』ものとしたかったのである。

今までの戦いで死んでいった仲間たちのために……、これからを生きる若者達のために……。

「グラーツ第三部隊は城門前に集結せよ! ラディンス第四部隊は城下町にて敵軍と応戦している

 クレア第二部隊の支援に行きなさい!」

  シンバ帝国軍の軍議室にては、軍師のティータが矢継ぎ早に伝令兵に指示を伝えていた。

リトから次々と進軍してくる旅団・八眼蟲の軍勢への対処をするためである。

「ふふ、この程度の兵力ではゴルデンは陥落しないわ。アリーという女は本気で勝てると思っている

 のかしら。配下のルネージュ公国軍と挟み撃ちにしてくれるわ」

  その時、軍議室に一人の兵士が飛び込む様にして入って来た。

「た、大変です、ティータ様!!!」

「何事なの、落ち着いて説明しなさい」

  ティータは46時中この様な伝令の言葉を聞いていたので、この時にはさして焦っていなかった。

だが次の一言は彼女の顔を戦慄させた。

「我が軍の統治下に置かれていたルネージュ公国軍が叛意を表明、 代表者は我が国より派遣を

 されていたペズン総督の模様!」

「何ですって?」

「ルネージュ公国軍は既に旅団・八眼蟲と同盟を樹立。目下、援軍としてゴルデンに進軍中です」

「……その部隊はどこまで来ているの?」

「既にリトを越えている模様です……。旅団・八眼蟲と合流するのは時間の問題です」

「あの変人…、一体何を考えているのよ!」

  さすがのティータもこの時にはペズンの行為を理解できずにいた。

シンバ帝国の首都ゴルデンは正に「風前の灯」となっていたのである。

「いいことをしたあとはキモチいいな〜♪」

「何を呑気な事を言われているのですか、ペズン様」

  ルネージュ公国軍からの援軍はリトを越えてゴルデンを目前としていた。

総督のペズンは将軍のバグバットと共に進軍を急いでいた。

「これで平和が訪れるんだよ、皆にとっていい事じゃないか」

「ですが、その為にペズン様は裏切者呼ばわりされるのですよ」

「そんなの大した事じゃないよ、シンバ帝国による圧政に終止符を打てるのだからね」

「ううう…我が身を犠牲にして皆のためになろうとは……。このバグバット、感服いたします」

「大袈裟、大袈裟♪ それより早く行かないと」

「はっ。皆の者、進軍を急ぐのだ!」

「アリーさん、何をやっているんですか?」

  リトからゴルデンへの進軍中にアリーが何やら剣を弄っているのを見たラジェットが質問した。

よく見ると、剣の柄頭(つかがしら)に紐のようなものを括り付けているようだ。

「ああ、孤児院の子供たちがくれたミサンガを括り付けているんだよ」

「へえ」

「皆の平和への思いを込めて、最後の戦いをする訳だからね」

「自然にミサンガが切れた時に願いがかなうと言いますし、いい事がおこりゃあいいですね」

「フッ、そんなすぐに切れるかい!」

  ミサンガの括り付けを終えると、アリーは改めて進軍中の仲間たちに向かって叫んだ。

「さあもうすぐゴルデンだよ、臆するんじゃないよ!」

「……我が帝国が燃えている。まさか盗賊ぶぜいに我が野望を阻まれようとは……」

  夕刻になり王宮より見えるゴルデンの街並は紅く染まっていた、……炎である。

炎が街を覆い尽くしていたのである。

敗北を悟ったシンバ帝国の一部の隊長が街に火を放つように指示したのである。

それでも旅団・八眼蟲とルネージュ公国軍の同盟軍の進軍を阻む事は出来なかった。

シンバ帝国の事実上の君主であるアフラン司令官は追い詰められていた。

敵軍は既に場内に侵入を果たし、アフラン自身の首を狙っているのである。

彼に付き従ってきたティータももういない、彼女の方が先に逝ってしまったのである。

「ネズミどもめ、このまますんなり終わると思うなよ……」

「まさか隠れてもいないなんて…、意外だったわ」

  アリー達が玉座の間に入って来た時、アフランは玉座に座って優雅にワインを嗜んでいたのだ。

「何を呑気に酒なんか飲んでやがるんだ、お前はもうおしまいだってのによ!」

「帝国の短い歴史もお前を最後にここで幕が降りるんだぜ!」

  アリーの後ろにいたオースとラジェットが毒づいたが、アフランはアリーを見つめたままだった。

「よくぞここまで来た、誉めてつかわそう。予がシンバ帝国軍の司令官、アフランだ」

「私は旅団・八眼蟲のリーダーのアリー、この大乱を煽った貴方を…殺すためにここまで来たわ」

「リーダー自らが赴くとは、貴様は予が思っていたよりも馬鹿なようだな」

「戦いなんて、好きな奴だけでやればいいのよ。他者を巻き込むのがハナから間違っているのよ」

「貴様と予は同類なのか…」

「勘違いしないで頂戴! 私は余計な犠牲を出したくないだけなのよ。貴方を倒せば仲間は勿論、

 兵士として『戦わされている』シンバ帝国軍の兵士も死ななくて済むわ」

「ほう、ならば貴様が自らの首を差し出せばこの戦争はすぐにでも終わるだろうに」

「貴方が生きていれば、悲劇は繰り返されるわ」

  そう言いながら、アリーは腰に差していた剣を抜いた。

「大将同士が戦えば、被害は最小限度で済むのよ。……さあ、この戦いに終止符を打ちましょう」

  アリーの目は冷たく悲しみに満ちているようであった。

この様なアリーの目をラクター達は今まで見た事が無かった。

誰よりもこの『最後の戦い』への思いがアリーは強かったのである。

「怒りではなく、悲しみを背負って戦うか……。落ちぶれた今の我が姿を見ても笑わない筈だな。

 ……我は権力に躍らされて生きてきた。では、貴様の目には何が映っていたのだ!」

「……私はただ荒れ果てた街並を見てきただけ。荒野に一人佇む少女を……。赤子を抱えながら

 死に絶えた母親を……。少なくとも貴方よりは『真実』を見てきたと思うわ」

  そこまで聞いてアフランは玉座から立ち上った。

「貴様の考えはわかった。我等は決して交わる事無き『水と油』だな。お喋りは終わりだ、貴様らを

 始末して活路を切り開く事にしよう」

  そう言うと、右手の指を「パチン」と鳴らした。

その音によって部屋の隅から衛兵二人と神官が出てきた、彼らは近衛兵のようだ。

「アリー!」

「アリーさん!」

「姐さん!」

「皆、死にもの狂いで戦うよ!!!」

  アリーの瞳が紅い炎の色に染まっていた。

  キンッ!

  キンッ!

  ガキィィィィ…………!!!

「はあはあ…。や、やるではないか」

「ふぅふぅ…。あ、あんたこそね……」

  先程からアリーとアフランの戦いは激しい鍔迫り合いが続いていた。

アフランの近衛兵を始末し、アリーは最後にアフランとの一騎打ちで決着をつけようとしていた。

他の仲間たちは、静かに彼女の勝利を祈って見守っているしかなかった。

アリーが彼らの助太刀を拒んだからである。

  キン!

  二人は鍔迫り合う剣を互いに押し合って身体を一歩後退させて間合いを取ると、間髪をおかず

に渾身の力で剣を振り下ろした。

「ぬおおおおおおおおおお!!!!!」

「でやあああああああああ!!!!!」

  ガキィッ!!!

  剣の激しい衝突でアリーの手元から剣が弾けとんだ瞬間、彼女は自らの死を覚悟した。

だがこの時奇跡が起こった、柄頭から右手首に通されていたミサンガが手首で引っかかり、再び

剣を彼女の手元に戻したのだ。

「たあああああああああっ!!!!!」

  ズバッ!

  アリーは右手一本で剣を持ち直すや否や、崩れた姿勢のまま一気に剣を水平に振ってアフラン

の喉元をかっ斬り、そのまま倒れた。

「グッ、グアアアアアア………」

  アフランは喉から流れる血を手で押さえながら、膝をついて倒れた。

  その傍らでアリーは立ち上がると、柄頭に括り付けられたミサンガに目をやった。

既にミサンガは切れており、それを確認すると彼女は剣を鞘に戻した。

「ふうっ……」

  アリーは顔にかかった返り血を手で拭うと、倒れているアフランの側にやって来て片膝をついて

しゃがんだ。

「最後に言い残す事はある?」

「ど、どうして…剣が戻って来たのだ……?」

「孤児院の子供たちが私を助けてくれたのよ」

  そう言って、アリーは柄頭につけられている切れたミサンガを見せた。

「……貴様に…天は見方したよう…だ…な」

「…………」

「覚えておくがいい予を……。権力に躍らされた者の…哀れな末路を……」

「…覚えておくわ、同じような悲劇を繰り返さないためにも」

「…うむ。では、我もジンヴァとティータの元へ逝くとしよう。滅びの…時を迎えたのだ…から…」

「アフラン……?」

  だが返事はなく、アリーは確認を取るとアフランの瞼を閉じて静かに立ち上がった。

「あれ、もう決着がついちゃったの? 遅刻しちゃったみたいだねえ…」

  玉座の間に遅れてペズンとバグバットがやって来た。

彼の話によると既に城外の敵勢力は一掃され、城内の敵にも投降を呼びかけている最中らしい。

「さて、これからどうするんだい? ルネージュ公国軍としては協力は惜しまないよ」

「では頼みたい事がある……」

  アリーの申し出はその場にいる一同にとってあまりにも意外なものであった。

10

「本当にこれで良かったのかなあ…」

「いつまでも未練たらしいぞ、ラジェット」

「でもよぉ、せっかくゴルデンを制圧したのに……」

「そう言えばラジェットさんは元帝国軍の兵士ですしね。…首都が懐かしいですか?」

「馬鹿言うなよラクター! 俺はアリーさんの側でいられれば幸せなんだ。…でもなあ」

  アリー一行は街道を歩いていた。

彼女を共に歩いているのはラクター、オース、ラジェットの三人組である。

彼らはアリーと行動を共にする事を選んだのである。

さて、アリーが取った行動とは……。

「まさか、シンバ帝国の旧領土の管理をあのペズンて言う胡散臭い野郎に任せるたぁなぁ」

「姐さんに世界の王になって欲しかったのですか?」

「少なくともアリーにはその資格があったな」

「でも姐さんはフェアリスに残してきた孤児達の世話を選びました。私はそれでいいと思います」

「でも……」

「お前はいい加減にしろ!」

「ちょっと三人とも遅いわよ、置いていっちゃうわよ!」

  三人の歩みが遅くなったのでアリーが声を掛けてきたが、その声には元気が溢れていた。

「姐さんが催促してますよ。急ぎましょうか」

「ああ」

「アリーさーーーん、待ってくれぇ!」

  1032年10月、長き大陸の戦乱は勇気ある女性の行動によって終わりを告げたのである。

彼女は王となる事よりも、市井にいる一人の女性としての立場を選んだのであった。

願わくばこの平和が長きにわたって続く事を祈ろう。

(2002年3月14日)


大和サムエーズの皆さん、初めまして。この作品の作者、ミスターRです。

これは相互リンク記念に房尾鍬二郎さんからのリクエストに応えたものです。

よのこさんの作品をギャグ系にしましたので、こちらはシリアス系にしました。

こちらの作品は本当に最後まで話をどうするかまとまっていませんでした(←おい!)。

まあ、結果オーライでしょうか?(←ちょっと違うだろ!!)

結末は最後の最後でまた変えてしまいました。

おかげで完成が遅くなってしまったのですが、書いた本人は満足しています。

折角ですので比較して見て下さい、「8」の内容がそうなります。

 

「ぬおおおおおおおおおお!!!!!」

「でやあああああああああ!!!!!」

  ズバッ!

  アフランが頭上から振り下ろした剣に対し、アリーは身体を右に捻りながら腰を引いている際に

持っていた剣を横合から振ってアフランの喉を掻っ切ったのである。

「グッ、グアアアアアア………」

  アフランは喉から流れる血を手で押さえながら、膝をついて倒れた。

「ふうっ……」

  アリーは顔にかかった返り血を拭いながら倒れているアフランの側にやって来て片膝をついた。

「よ…予と…貴様の何が…何が違ったというのだ……」

「……外を歩いてご覧なさい、貴方が目を逸らし続けてきた『真実』が見えるわ」

「…………」

「その曇り眼(くもりまなこ)を拭って、真摯に真実と向かい合うことね。…貴方でもわかるわ」

「…最早それは叶わぬ。この野望の渦の中で滅びの時を迎えたのは予のようだな」

「アフラン……?」

  だが返事はなかった、既に彼の瞳孔が開いていたのである。

アフランは死んだ。

アリーはアフランの瞼を閉じると静かに立ち上がった。

この長き戦いに彼女は自らの力で終止符を打ったのである。

 

そろそろこれで失礼します。

では、さらば!


アリ−も良いですが、アフランの格好良さが際立っていると個人的には思っています。彼は野心家ですが使命の世界に生きています。最後まで彼は超現実主義者なのでしょう。彼には、無駄に動く愚者よりもよっぽど大義があると思います。混乱に乗じた解放闘争、秩序の破壊は愚劣の窮みでしかありません。やり方はどうあれ、強い王に民はついていくでしょう。彼らにとっての世界は宿命でしかありませんから。
まあ、何は兎も角、こういうエンディングが正規だったら何よりも幸せですね。アリ−が語るのも所詮、偽善の夢想ですが、成し遂げられればそれが一番幸せな結末なのでしょう。少し、理想に酔いたかったんです…。しかし、求めても得られぬ世界、時代。求めずして何を得られましょうか?歴史の裏に蠢く人のエゴがそれを許しませんでしょうね。
アリ−とアフラン。
対照的ですが、GOCでは誰よりも使命と信念の下に戦っている人物だと個人的には思っています。

ミスタ−Rさん、本当に有難うございます。こんなマイナ−なリクエストをわざわざすいません。これを受け取った時の私は、その日一日の悔いを無くしました。そう、奇跡なんです。彼等が勝てるとしたら、それは奇跡でしかないんです。
でも、何よりもアリ−とアフランとの会話が格好良いです!こんな素敵な二人の共演が見えて、私は猛烈に感動しました!!

くどいですが、もう一度。
本当に有難うございました!!
(房尾 鍬二郎)