果てしない戦いかと思われたムゲンとの激闘も終焉を迎え、イーディス大陸には平和が戻っていた。
それは天空の島ガラドとて例外ではない。
今までは啀み合っていた神界人と魔界人だったが、相思相愛であった天使長ロズと魔界の王子ブラックマージの婚姻により─―嫉妬に狂ったヴァルトロがロズファンクラブを率いて反乱を起こしたり、ウルナが連れてきた地上世界のモンスター達が増殖してパニックムービーさながらの大騒動になったりと多少の例外はあったものの─―相互理解と歩み寄りを見せ、平和を享受していた。
というよりも、天使達の間では魔族の恋人を作るのがブームになっているくらいの、平和ボケぶりである。
そんな中、ムゲンを倒してから最初のクリスマスがやって来た。
真夜中、雪降る魔界の首都ギーヘムを、挙動不審な二人組が闊歩していた。
一人はトナカイ着ぐるみを着た、額にビームを発射出来そうなホクロのある色男ヴァルトロである。
本当は反乱を起こして謹慎処分中だったのだが、ブラックマージに止めを刺す為に脱獄してきたのだった。
その脱獄の手助けをしたのがもう一人の人物、サンタクロースコスプレをしているが、ヴァルトロにアピールする為にしっかりとミニスカを履いている女、ハニーである。
しかし、彼女の場合は容姿が幼い所為か、ミニスカを履いても色気より愛嬌になってしまうが。
ヴァルトロの方はというと、脱獄の手助けをして貰ったので渋々といった感じで、ハニーの戯れに付き合っていた。
発端は、地上世界の腹ヘリコプターズ共がハニーにクリスマスプレゼントという習慣を入れ知恵した事にあった。
地上世界だけでなく、地下世界にもあったその風習は、クリスマスイヴの夜にサンタという赤い服を着た不審者がやって来て、子供達にプレゼントを与えるという話であった。
ハニーはそれを聞くと眼を輝かせて『やってみた~い』と甘ったるい声を出したものだった。
そして、彼女は本気でそれを決行したのである。
しかも、深く考えずにノリで、謹慎処分中のヴァルトロを相方に選んで。
かくして、適当に見繕ったと思われるソリ一杯のプレゼントの類を載っけたソリを二人で引っ張りながら、彼等は共に戦った仲間達へクリスマスプレゼントを振りまく終わりなき旅へと飛び出したのであった。
「ヴァルトロ様、まずは誰の家に行きましょうか?」
「そうだな……、まずはゾマフィートの家にでも行ってみるか……」
「ゾマホン?」
ハニーは素で『それ、誰ですか?』といった感じで小首を傾げてみせた。
ヴァルトロは呆れながら、言う。
「ゾマフィートだ。ゴンドーラでグローゼンの副官をしていた男だ。大体、お前を捕虜にした奴だ、忘れたのか?」
「あ~、彼、ちょっとステキかなぁ……、あの時、お茶に誘われたんですよ~♪」
「そんな理由で寝返ったのか、お前は!?」
ヴァルトロはハニーの脳天気さに、呆れて物も言えなくなってしまいそうだった。
ハニーはニコニコしながら『でも、ヴァルトロ様の方が百倍ステキ☆』とか言う。
そうこうしている内に、不審さMAXの二人はゾマフィートの家、通称“ゾマハウス”に到着した。
ゾマフィートは、思った以上の極貧生活を送っていた。
「物凄い貧民窟だな、これは……」
「プレゼントの配り甲斐がありますね!」
手早く、サムターン回しで鍵を開けると、二人は住居不法侵入をした。
本来ならば、煙突から入らなければならないようなのだが、ゾマハウスには煙突がないので仕方がないところである。
抜き足差し足でゾマフィートの寝室に入ると、ゾマフィートはこの世の苦労を一身に背負ったかのような苦悶の表情で寝入っていた。
「……こいつは、どういう夢を見ているんだ?」
「さあ……、あ、日記だ」
「どれどれ……」
不法侵入した挙句に、二人はゾマフィートの日記らしきものを拝借してみる。
まさに傍若無人、やりたい放題のクリスマスであった。
「ええと……『12月11日、今日もブラックマージ様は超ステキ、マジ格好いい。なのに、あの女、俺達が蝶よ花よと育ててきたブラックマージ様にベタベタと……殺したい、ていうか死ねブス』……」
「……」
「『12月12日、アザンが無駄に露出した筋肉を晒してきた。マジで気持ち悪い。口直しというか、目の保養にブラックマージ様の横顔を見た。悶絶。鼻血が止まらない。あの腕に抱かれるなら、いっそ死んでも良い。スキスキスキスキスキスキ・ブラックマージ様★』」
「私は今、彼を殺したくて仕方がないのだが……」
二日分読んだだけで、ヴァルトロの決意は固まった。
それをハニーがなだめる。
「まあまあ……、そういう世界もあるって事で……」
「それは良い。だが、私の姉さんをブス呼ばわりした事、万死に値する……」
そう言い、ヴァルトロは弐式魔法銃をぶっ放した。
突如、何をされたか分からないゾマフィートは直撃を受けて吹き飛ぶが、流石に大戦を生き抜いただけあるタフネスさで生き残る。
だが、ゾマハウスは崩壊した。
「こいつのプレゼントはこれで良い……」
「でも、それじゃあ、あまりに……」
「良い」
「ていうか、何事ゾマぁ!?」
意識を取り戻したゾマフィートが絶叫した。
語尾にいちいち『ゾマ』を付けるので、うざい事この上ないのだこのゾマホン谷のゾマフィートは。
その眉間に、無言でヴァルトロは銃口を突き付ける。
「ちょ、ヴァ、ヴァルトロ……様?」
「違うな。私はただの通りすがりのトナカイだ」
「え? ちょ、ちょっと待って下さいゾマ! 俺、何が何だが分からないゾマぁ……」
「分からなくて良い、死ね」
今度は至近距離からヴァルトロは旧エンジェルダストをゾマフィートにお見舞いした。
哀れなゾマフィートは吹き飛ぶが、やはり生き長らえる。
なかなかのタフさだ、ヴァルトロはそれに免じて見逃してやる事にする。
「ゾマホンさん、そっち系だったんですね~」
「ここは天国ゾマ……? ていうか、ハニーちゃんまで何ゾマ?」
「ヴァルトロ様、やっぱりあんまりですよ~、他のプレゼントもあげましょう?」
「仕方ないな……」
派手にぶっ放して、少し怒りが収まったヴァルトロはゴソゴソと袋を物色し、やけに造形がリアルなブラックマージの人形を取り出した。
ハニーが小首を傾げて、尋ねる。
「何で、そんなもの持ってるんですかぁ?」
「釘を打つ為だ。ゾマフィート、メリークリスマス!」
呆気に取られるゾマフィートの口に、ヴァルトロは力一杯にブラックマージ君人形釘打ち用を押し込んだ。
気絶したゾマフィートを放置し、サンタというより最早、黒サンタな悪魔的な二人は、次の獲物を襲いに行った。
「次はドレミアの家だな……」
「ドレミファ? ソラシド?」
「ハニー、お前は本当に馬鹿だな……、羊さんだ、羊さん」
「ああ、あの子!」
ハニーの記憶力の欠落ぶりに呆れつつ、ヴァルトロは次なる獲物の家へと向かった。
魔界随一の魔道師ドレミアの家は、ゾマハウスとは違い格調高い家であった。
ピッキングで無事に侵入に成功すると、衛兵を気絶させながら、二人は忍者顔負けの忍びっぷりでドレミアの寝室へと入っていった。
ベッドの上ですやすやと寝息を立てるドレミアを余所に、さも当然であるかのように二人は日記を物色する。
「どれどれ……『12月12日、ブラックマージ様に声を掛けられた。それだけで、私は天にも昇りそうになった。なのにアザンが贅肉を見せてきた所為で気持ち悪くなった。今度、セクハラで訴えてやろうと思っている。ブラックマージ様の愛が欲しい……』」
「魔界って、こんな人ばっかですねぇ……」
「『12月13日、ジャミラに発展途上胸と言われた。今度、暗黒変異でカエルしてやろうと思っている。ウルトラマンに出てくる怪獣と同姓同名のくせに、私より胸があるのは許せない。今日もブラックマージ様は素敵だった。なのに、ロズ様と一緒で私の胸は張り裂けそうだった。振り向いてくれないかと思ってずっと見ていたけど、とうとう振り向いてはくれなかった……、ブラックマージ様の愛が欲しい……』」
「どうしますぅ?」
ハニーが聞くと、ヴァルトロはガサコソとプレゼント袋を漁って、中から等身大ブラックマージ抱き枕を取り出した。
呆気に取られるハニーに、ヴァルトロは言う。
「昔、姉さんが愛用していたものだ……、そう、今となっては必要ないものだ。だって、今は、今は、あぁの男といつでも一緒だぁかぁらぁなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ヴァルトロが壊れた。
というよりも、何かスイッチが入ってしまったらしい。
嫉妬スイッチが。
ヴァルトロの雄叫びに驚いて跳ね起きたドレミアに対し、ストレス解消&八つ当たり及び証拠隠滅の為にヴァルトロはまたしても容赦なく旧エンジェルダストをぶっ放した。
ドレミアが、気が付いた時、そこには廃墟と化した家と等身大ブラックマージ抱き枕があった……
こんな感じで、その後、アザン(より逞しい肉体美と言っていたので、開発中の筋肉増強剤を打ってみたらしぼんだ)、ラバロン(気付かれたのでDエンジェル砲で始末)、など方々で悪夢を振りまきながら、二人は進んだ。
とりあえず、普通に済ました場所もあったが、大抵はろくでもないものを押し付けた。
クリスマスセールの売れ残りをさばくのが本来の目的だからだ。
そして、二人は本命の家へとやって来る。
ロズとブラックマージの愛の巣へ……
「ついにここまで来た……」
ヴァルトロの脱獄と各地の襲撃騒ぎにより、愛の巣の防備は強化されていた。
どうやら、魔招軍のグローゼンが大慌てで防衛に付いたらしい。
驚いた事に、何食わぬ顔で小脇にブラックマージ君人形を抱えたゾマフィートも防衛に付いていた、本当に頑丈な男である。
流石はブラックマージの後ろに付いて、鼻血を出しながらいつもハァハァしていただけある。
「ここを突破しなければ、全ての意味が無に帰してしまう……」
「あのぅ……、エンジェルダストぶっ放すのが目的じゃなくて、プレゼントを渡すのが目的なんですけどぉ……」
ハニーが心配そうに言うが、勢いの付いたヴァルトロは最早、止まらなかった。
完全に我を失ったヴァルトロは、雄叫びを上げ、十八番の旧エンジェルダストをロズとブラックマージの愛の巣へと叩き込んだ。
「Manyクルシミマスッ!!」
明らかに間違った、寧ろ正しいのかもしれない掛け声だった。
愛の巣は崩壊した。
そこまで完膚無きほどに叩き潰しておいて、やっとヴァルトロは気付く。
「しまった!? 姉さんも中にいるんだった!!」
その我を忘れように、今度はハニーの方が呆れて物も言えなくなった。
ヴァルトロは慌てて、自分がついさっき更地にした愛の巣へと駆け寄る。
とりあえず、焦げているグローゼンやゾマフィート、以下大勢を踏み付けながら、シスコンの彼は姉ロズを探した。
それを見守るハニーに、後ろから声を掛ける二人がいた。
「どうして家がなくなっているんだ?」
声の主はブラックマージだった。
隣にはロズもいた。
「あれ~? どうして、そこにいるんですかぁ?」
「クリスマスのイルミネーションを見ていたのだけれど……、ねぇハニー。どうして、家がなくなっているのかしら?」
「ええと……、それは……」
選択肢はただ一つしかなかった。
ハニーは逃走した。
後には何も知らず、瓦礫の山でいる筈もないロズを必死で探しているヴァルトロだけが残される。
状況証拠で、ロズとブラックマージは何が起きたかを全て理解した。
「ヴァルトロ……、また貴様か……」
「その声は!? ここで会ったが百年目、死ね」
問答無用で速攻、ヴァルトロは本日何回目かの旧エンジェルダストをぶっ放した。
よくエネルギー切れしないものだと感心してしまう。
どうやら、嫉妬を精神及び物理エネルギーへと変換出来るらしい。
だが、ブラックマージはそれを巧みにかわした。
「何だと!?」
そして、驚愕するヴァルトロに対し、ラヴラヴに見せ付けてくれる二人は合体技を放った。
「行くぞロズ……」
「はい、分かっています……」
神族の力と魔族の力が融合され、ヴァルトロの身体は眩い閃光に包まれた。
物理的なダメージと精神的なダメージで二度おいしいヴァルトロは、まるで格闘漫画の敵役のような壮絶な顔で吹っ飛ばされる。
そうやって実弟を消し炭にしておきながら、その屍を前にロズはブラックマージとイチャ付く。
「ブラックマージ、素敵だったわ」
「フッ、お前も素敵だったぞ、ロズ」
今にも『クリスマスのイルミネーション以上にお前の方が素敵だ』なんてキザな台詞をほざきそうな二人は、そのまま自己完結自己保管可能な二人だけの世界へ旅立ってしまった。
色々な意味で、哀れで惨めで報われないヴァルトロが死んでいるのを、おそるおそるハニーが棒切れで突いてみる。
「ヴァルトロ様ぁ~、生きてますぅ……?」
「来年こそは……」
黒こげになりながらも、グッと雪を掴んでヴァルトロは誓う。
「来年のクリスマスこそは、奴の返り血で服を真っ赤に染め上げ、本当のサンタクロースをやる……!」
「あの~、それってかなり違うような……、どういう勘違いすれば、そうなるんですか?」
ポカンとした顔で小首を傾げながら、ハニーは言った。
そんな彼女の事など眼中にないようで、ヴァルトロは尚も叫んだ。
「来年のクリスマスこそリベンジだ! Manyクルシミマス!!」
刹那、本日二度目の神魔光輪(ロズとブラックマージのラヴラヴ合体技)が放たれた。
今度はもれなくハニーも巻き込まれて、ヴァルトロと共に吹き飛ばされる。
そんな彼等のクリスマスイヴだった……