ブラジル・カードの悲劇

 今までの旅の中で、至上最大級の損害と失望を与えた事件が、ここブラジルのコルンバで起こった。 悔しいことに、それは日本に帰ってから気づかされることになる。

 大晦日、元旦をパンタナール湿原の大自然の中で過ごそうと思っていた。コルンバ到着後、 宿探しをしているときに、ジルと名乗る男に捕まった。パンタナールのツアーを斡旋している 代理店の人間で、安い宿も隣接していると言う。オフィスで話を聞くことにした。

 話がまとまり、いざ出発となったとき、
「パンタナールには盗賊がいる」
「だから貴重品を宿のセーフティボックスに預けたほうがいい」
ジルはそう言った。
「こんなボロっちい宿にセーフティボックスなんてあんのか?」
と思い、ちょっと躊躇したが彼を信じ、ほとんどの貴重品を預けた。

 パンタナールはほどほどによかった。しかし、その印象は別のものとして記憶されることになる。 3日後、コルンバの街に戻ってきて、貴重品を受け取った。セーフティボックスとは名ばかりで、 実際、俺の貴重品が取り出されたのは、ジルの机の引き出しからだった。なにがセーフティボックスだよ。 パンタナールにいるときから何か胸騒ぎがしていた。一層の不安がこみ上げてくる。 そして、中をじっくりと確認した。

 一見、何も変わっていないように見えた。中米あたりから、現金がなくなっていて、 クレジットカードで生活をしていた。銀行に行って窓口で現地通貨を引き出していたのだ。 だから、現金はもともと少なかった。ただ、よく見るとドル紙幣が何かおかしい。 偽の高額ドル紙幣が結構出回っていることを知っていたので、念入りにチェックした。

 俺の持っていた紙幣とは違っていた。前にチェックしていたから覚えていたのだ。 100ドル紙幣なんて持っていなかったのに、50ドル2枚が100ドル紙幣になっていた。 さらに怪しい紙幣が何枚か。 ジルを問い詰めようとしたが、あいにく不在で、秘書っぽい女性しかいなかった。 彼女に「彼と話したい」旨を伝える。彼女は何故かおどおどしていた。

 結構待ったが、「連絡がつかない」の一点張り。これからサン・パウロ行きの バスに乗らなければならなかったので、イライラする。結局、ジルが姿を見せることはなかった。 まぁ、何とかなるだろうと思い、その街を後にした。

 サン・パウロ行きのチケットをカードで購入したが、係の人間がなにやらてこずっていて、時間がかかった。 しかし、最後には承認された。そしてサン・パウロ。いい加減、現金がなくなってきたので、 どこかの銀行で金を引き出さなければならなかった。 だが、どこにいっても俺のカードが承認されない。窓口の人いわく、
「口座のある銀行が承認しない」
とのこと。

 計算上、限度額は超えていないはずだった。それにしてもここブラジルやチリ、アルゼンチン といったところでは、窓口においてカードで引き出すことが一般的ではないようだ。 機械を使えとよく言われたが、海外の機械に対応させていなかったので、それは無理だった。

 手持ちのドルが底をつきかけてきたので、ひとつの選択をしなければならなかった。 銀行の引き落とし日まで我慢して生活し、計画していたマナウスとベネズエラのギアナ高地を目指すか、 日本に帰国するか。何故か店でカードを使うと承認されることがあった。 その場で処理してなかったのだろうか。よくわからないが・・・。 多分、高額だが飛行機代はカードで何とか処理してもらえるだろうと前向きに確信していた。

 にっちもさっちもいかなくなり、日本に戻ることにした。日本まで片道1000ドル。 何とかカードで処理できたようだ。が、新たなトラブルが発生。 チケットの明細を見ると1400ドルになっている。 おいおい、俺は1000ドルの奴にサインしたんだぞ、それはどこにいった?  スペイン語のできる担当者を問い詰めると、
「カードでは格安料金がきかない」
「君のカードでは承認されなかった」
云々。この人の奥さんは日本人で信用していたのだが、なんだか誰も信用できなくなってきた。 少しは悪いと思ったのか、家族で空港まで見送りにきてくれた。

 飛行機に乗り込んで愕然とした。ビジネスクラスだった。いったいどうなってるんだ。 なんだかんだ言ってたけど、エコノミーに空きがなくてビジネスになったんだなと自分に言い聞かせ、 怒りを鎮めた。もう、いい。こうなったら生まれて初めてのビジネスクラスを満喫してやるっ。

 日本帰国。その数ヵ月後、ブラジル滞在時のカード明細が来た。驚愕の事実。 誰かが俺のカードを使って、8万円分のバスのチケットを購入していた。 これが原因だった。日付は1月2日。俺がコルンバの街に戻ってくる前日のことだ。 カード会社に連絡。サインを見せてもらった。もちろん俺の字ではなかった。 その点をアピールしたが、
「確かに字は違うような気がしますが、漢字で書いとけばもっとはっきり違いが・・・」
「当方の過失ではなくて、あなた、もしくは宿側の問題です」
とまぁ、冷たいお言葉。俺はこの対応にもがっくり来てしまった。 確かにセーフティボックスでも、カードは預けるべきではなかった。 むしろ盗んでくれたほうが補償が効いたようだ。 すんだこととはいえ、こんなことで旅が中断させられるとは。 すっかりカードに依存していたからなぁ。

 そんなこんなで、スペインから始まったこの旅、中米を抜け、南米のブラジルまでたどり着いたところで終了。 アマゾンとギアナ高地が心残りだが、それはまた別の機会にとっておこう。重要なのはこの経験を活かすこと。 むしろ楽しまなくては旅ではない。こういったことが人を強くする、と俺は信じてやまない。