コロンビア・さよならメガネ

 中米を旅して、南米コロンビアの首都ボゴタに到着した2日目の出来事。 初日の宿が気に入らず、宿チェンジしたその宿で事件が起こった。

 その日の予定は、日中は市内観光、そして夜10時発のサン・アグスティン行きの夜行バスに乗ることだった。 荷造りを終え、フロントに行ってチェックアウトする。 重い荷物で街を歩きたくなかったので荷物を預かってもらうことにした。

 そして、宿を出ようとしたその瞬間、メガネを部屋に置き忘れたことに気がついた。 あわてて部屋に戻る。が、・・・もうすでにそこにはなかった。確かにたんすの上に置いていたのだ。 部屋を出てから、出口に行くまでほんの3分ぐらいの出来事。

 恐ろしいぐらいの早業だ。メイドだろうか、いや違う。フロントの男だ。そう確信していた。 俺の部屋からフロントまで2,3mぐらいしかなかったのだが、俺がフロントから離れた瞬間、 俺の部屋に向かって行ったのを横目で見たからだ。忘れ物狙いのすばやい反応と見た。

 もちろん、俺は懇願した。見た目はサングラスだが、正真正銘のメガネだった。 一風変わっていて、可動式なのが特徴なのだが、それがアダになったか。
「俺は目が悪い、それがないと困る」
すると、フロントの男はニヤけた顔で
「どっかバックの中に入ってるんじゃないの?」
と知らぬ顔。

 さらには
「どこか違う場所に置き忘れたんじゃないの?」
俺はたんすの上を指差し、
「さっきまでここにあったんだ」
と力説し、もう一度懇願した。
「普通の人には意味のないものだ、メガネだから」

 返ってきた答えにこいつが犯人だという確信を持った。
「私も目が悪いんだ」
決して冗談で言ったのではない。こいつ明らかにこの状況を楽しんでやがる。結局あきらめた。 すべては俺の不注意だったのだ。俺は "返してくれ" と言ったのだが、 彼は自分が犯人であることを否定せずに、首を少しすくめただけだった。

 とても観光する気になれず、気分転換に髪を切った。経済的に切り詰めていこうと思った 南米編の2日目にしてCDも買ってしまった。夕方にはすでに宿から荷物を受け取り、 早くボゴタを離れたい一心で、5時間も前にバスターミナルに来てしまった。

 結局は俺の凡ミスだった。実はたんすの上に置いたとき、忘れそうな予感がしていたのだ。 にも関わらず、実際そうなってしまった。愛着のあったサングラス付のメガネ。 相当のショックを受けていたが、次の土地、サン・アグスティンでの環境がそんな状況を変えてくれた。 過ぎたことを考えてもしょうがない、先に進むだけだ。 さよならメガネ、数々の旅を、風景を見せてくれたメガネよ、さようなら。