エジプトの詐欺師たち

 2回目の海外旅行はエジプトだった。初めての一人旅。エジプトは前回のツアーで訪れて以来、 2度目になる。そんなエジプトのアスワンで事件が起こった。

 アスワンの宿に着いたとき、二人の男に出会った。一人はアブ・シンベル行きなどのツアーを 扱っていた男、自称ホワイトタイガー。もう一人はこの宿のオーナーの息子、ハサン(仮名)だ。 ホワイトタイガーと交渉して「アブ・シンベル45、フィラエ島15、宿代30ポンド」で話がついた。

 この交渉の最中にハサンが突然「両替の必要はないか?」と聞いてきた。ちょうど100ポンド紙幣を くずしたいなと思っていたので、俺は彼に100ポンド紙幣を差し出した。「これは20ポンド紙幣だよ」 「この二つは似ているからね」と彼は言い、20ポンド紙幣が俺の手に戻ってきた。 「あれっ、確かに100ポンド紙幣だと思ったのになぁ」と不思議に思いながらも、 もう一度、100ポンド紙幣を出した。

 その晩、部屋でその日の出費を計算してみると、金額が合わなかった。そう、ハサンにやられたのだ。 それにしても、なんという早業。用心していなかったといえばそれまでだが、 100ポンドを20ポンドにすり替えるそのフィンガーテクニックに感心するより先に 怒りが湧き起こってきた。「明日、問い詰めてやろう」そう思っていた。

 翌日、アブシンベル神殿を観光し、さぁ、チェックアウトしてカイロに行くぞと思っていたときに 問題が発生した。宿代が支払われていないという。「ホワイトタイガーに払ったよ」と言ったら、 「そんなの知らない」との答え。嫌~な予感がフツフツと湧き上がってきた。フロントの人は ホワイトタイガーを探し始めた。

 そこへハサン登場、「どうした?」。俺は説明するより先に「君のフィンガーテクニックは最高だね」 とぶちかましてやった。奴の笑顔が一瞬にして凍りつく。 すると、あわてたように「お茶でも飲まないか? ごちそうするよ」と猫なで声。 「俺はおまえを信用しない」、そう言ったが、どうしてもお茶を飲ませたいらしい。 「80ポンド返せよ」俺は語気を強め、そう言った。

 「わたしはここのオーナーの息子だ、コーラでも、ミリンダでも何でも飲んでいいよ、 ごちそうするよ」と急にサービスがよくなる。「そのコーラは一杯80ポンドか?」とでも言って やろうかと思ったその時、ホワイトタイガーがついにやってきた。どのように俺たちが交渉をしたのか、 フロントの人を交えて振り返った。

 紙に領収書を書いてもらったが、それにはフィラエとアブ・シンベルのことしか記述されていなかったこと、 そして「宿のエージェント以外の話に乗らないこと」という注意書きが 貼られているいうことが俺にとって不利な材料だった。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。 俺は完全に頭にきていたのだ。交渉中、タイガーが「It's secret」と言ったことを思い出し、 それを宿の人に言うと、明らかにタイガーはうろたえた。

 宿側は、フィフティ・フィフティで宿泊費30ポンドを、それぞれ15ポンドづつ払うという解決策を 提示してきた。まず俺が不満を示し、領収書を武器に今度はタイガーが不満を示した。 不利な現状を打開するため、俺はとっておきの最終手段をぶちかますことにした。

 「おまえのことをガイドブックの会社に言いつけて、ブラックリストに載せてやる、 この宿のこともだ」。明らかにタイガーはうろたえた。もっとうろたえたのは宿側だ。 宿側は自分たちを守るための防衛手段としてタイガーを犠牲にする事に決めたようだ。 フロントの男はメモを用意しろと言った。「奴の本名はアブデル・サマット。 英語の綴りはわからないから、発音で判断してくれ。あいつは悪い奴だ」とこっそり教えてくれた。 ハサンもやってきて「あいつは悪人だ。ぜひガイドブックに載せてくれ」と言った。

 俺はこいつに我慢ならず「おまえの方が悪人だと思うよ」と言おうかと思った。言ったかもしれない。 怒りのあまり、記憶がない。俺には時間がなかった。周りの人も興味津々で俺たちのやりとりを見ている。 俺は潮時と感じ、「俺はこれ以上払わない、後はあいつにもらえ」とフロントのテーブルに15ポンドたたきつけ、 オーナーの息子に荷物を取れと言った。「今日中にカイロに行かなければならない、俺は急いでるんだ」
「列車のチケットはあるのか?」
「ない」
「じゃあバスがある」
「バスは遅いんじゃないか」
「いや、バスの方が早い」
「いつ着くんだ?」
「朝の7、8時には着く」。

 俺には手段がなかった。仕方なくその話に乗ることにした。奴は乗り場まで俺を案内する。 そのとき初めてツーリストポリスも来ていたことを知った。結構、楽しめたかなと思ったが、 不愉快な気持ちは変わらなかった。バス乗り場に行くとカイロまで50ポンドだという。 「ちょっと高めかな」と思ったがもうやり合う気はなかった。すっかり手持ちのポンドがなくなった。 息子に両替したいと言ったが、相場を気にして替えてくれなかった。俺は最後の最後まで 「80ポンド返せ」と言ったが、彼はしらを切り通した。

 バスの側部に荷物を入れ、乗り込んだ。これまでのことをじっくりと振り返ってみる。 15と50を間違えたのか? しかし、確かに奴は別の紙に 「アブ・シンベル45、フィラエ15、ホテル30ポンド」と書いたのだ。 これは間違いない。だから90払ったのだ。それに50だったとして、アブ・シンベル+フィラエ=95ポンド。 俺は90ポンドしか払ってない。これは明らかに15と50のマジックだ。 フィラエ島のときの運転手の質問が思い出される。 「フィフティーンかフィフティか」彼は遠回しに教えてくれたのかもしれない。 彼はヌビア人、エジプト人じゃない。それを誇りにしていた。 俺の他にも犠牲者がいるってことか?  結局は領収書を書いてもらった時点で安心してしまい、内訳の確認を怠ったのが最大の失敗だ。 引っかかった俺が悪い。

 結局、この事件は「似ている」ということを利用した詐欺事件であった。 「100ポンド紙幣と20ポンド紙幣」、「フィフティーンとフィフティ」。 きっとこれはありがちな事件なんだと思う。海外旅行初心者にとっては手痛い洗礼だ。 しかし、いい経験になった。みんながみんな、そう、俺も含めて「猿芝居」を演じた時間がそこにはあった。