スペイン・パスポートがないっ!

 4ヶ月間、すっかり住み慣れたスペインはマラガを去る前の晩、お別れ会をかねてか、 同居人の日本人ナツ(仮名)とノルウェー人のミーナ(仮名)、 そしてナツとつきあい始めたロビート(仮名)とでディスコテカに行った。 早朝5時にピソに戻る。もちろん寝られるわけがない。 6時前にカギを置いてピソを後にした。準備は完璧だった。

 だが、問題はここからだった。空港に向かうバスに乗り込み、座る前に後ろポケットにいれていた パスポートを何気なく確認しようとした。ないっ! 確かに入れたはずのパスポートがない。 相当焦り、すぐにバスを降りた。そのあわてぶりに運転手もびっくりしていた。

 タクシーでピソに戻る。だけどナツとロビートは寝ているのでブザーを鳴らしても起き出してこない。 焦りはピークに達していた。起きてくれ、頼む。ブザーを押し続けていたらついには壊れてしまい、 音もでなくなった。万事休す。隣の人も起き出してしまった。ドアをドンドンと叩く。 そして、ついに扉が開かれた。

 ロビートが眠そうだが驚いた顔で「どうしたんだ、ミルベソス!」。 俺は自分の部屋だった場所に入りながら答える。
「パスポートを忘れたんだ、あぁーなんてこった、ない」
落としてしまったんだ。俺はバス乗り場までの道のりを丹念に探して歩いた。だが、なかった。 俺はロビートに電話をかけてもらうようにお願いした。イベリア航空のオフィスにだ。担当者曰く、 まず最初に警察に行くこと、次にイベリア航空のオフィスに来ること、さらに、日本大使館に行くこと。 はぁ~、なんてこった。しかし、起こってしまったことはしょうがない。 先のことを考えよう、そう思った。

 まず警察署に行った。そこに俺のパスポートは届けられていなかったが、証明書を書いてくれた。 次に空港だ。両替もしなきゃならないだろう。しかも日本大使館はマドリーにある。 バスに乗って空港に行った。イベリア航空のカウンターで状況を説明した後、 US$100を両替をする。そして空港を出たとき・・・・目の前に一台のバスが止まっていた。

 最初の空港行きのバスの運ちゃんだったが、なにやら呼んでいる。行ってみるといきなり質問。
「パスポートは見つかったか?」
「いいや」
「俺が見つけたよ」
「えっ?」

 はじめ言っていることが理解できなかった。言っていることはわかっているのだが、信じられなかったのだ。 そして数秒後、俺は天にも昇る気持ちになった。この運ちゃんを抱きしめかねない勢いだったのは言うまでもない。
「どこにあったの?」
「バスの通路に落ちてたんだ、君がバスを降りた後、通路を見たらあったのさ」

 その後、彼は俺が戻ってくるのを待ってくれていたらしい。いやぁとにかく感謝。 そのパスポートは空港の遺失物届けにあるという。
「飛行機は?」
運ちゃんが聞く。
「もう行ってってしまったよ」
そういうと運ちゃんまでもが悲しい顔をした。この人、本当にいい人だ。 しかもその遺失物届けの場所まで案内してくれた。感謝しても感謝しきれない。 普通なら盗んでもおかしくないのだ。日本人のパスポートは裏では100万で売れるらしい。 本当かどうかは知らないが、そして、それを知らなかったのかもしれないが、本当にいい人に拾ってもらった。

 遺失物預かり所のところにまで運ちゃんは来てくれ、パスポートが当人のものであると説明してくれた。 係りの人は証明書がどうのこうの言っていたので、俺は警察署でもらった証明書を出してみた。 ビンゴ! すぐにパスポートは俺のところに戻ってきた。運ちゃん、本当に、本当にどうもありがとう。

 すぐにイベリアのオフィスに行き、明日のチケットを確保した。ペナルティ料金10000pts。 あはは。笑っちゃうね。パスポートを落とした代償がこれか・・・。 でも温かい心に触れていた俺は妙にさばさばしていた。パスポートがないより百万倍ましだ。

 ピソに戻り、そのことをナツとロビートに話した。ナツはあきれかえりながら
「酔っぱらってたんじゃないのぉ?」
と悪戯っぽい笑顔で言った。パスポートを取り出しやすいようにズボンの後ろポケットに入れたのが失敗だった。 重いバッグをバスの車内でおろすときに一緒に飛び出てしまったようだ。 すっかりあわててしまい、周りを見なかったのも原因の一つだ。眠かったのは確かだが、 決して酔っぱらってはいなかった。そんな二人は今夜も夜の街へ消えていった。 俺は反省の意味も含めて、そしてなによりも寝ていなかったので今回は行かなかった。 二人も無理強いはしなかった。

 朝の5時頃、二人は帰ってきて俺を起こしてくれた。そんな二人にも大いに感謝したい。 本当にありがとう。そして俺はマイアミ経由でグアテマラに向かったのだ。