おひとついかが?


「…ゾロ?」
「何だ?」
どこか海図にも掲載されていない島が存在しているのだろうか? くわ、くわと特徴ある声を発するカモメが自分達の上をくるくると奇麗な楕円を描いていた。チョッパーは後甲板で修行と称して、人間が持てるわけも無いほどの重さを持つダンベルを振り回すゾロに向かって小さく、小さく声をかけた。
「なあ、ゾロ、修行ってやりすぎると、筋肉疲労を起こすぞ?」
「ああ?」
「適度な休憩も必要なんだよ。プロテインが筋肉を作り上げるのに」
チョッパーの言葉に、ゾロは肩にかけたままのタオルを思い出したようにその流れる汗を拭った。
「そうか」
「うん」
いつもは一生懸命に修行と称するトレーニングを続けているゾロが、珍しく自分の言葉を聞いてくれたことが嬉しくて、チョッパーは大きく首を振った。その様子にくすり、と小さな笑いを零すと、ゾロはぽん、と軽くチョッパーの頭の上へとその大きな掌を乗せた。
「ありがとうな」
白いみかんの花の良いにおいを乗せた風が、ゆっくりと流れていった。嬉しそうに笑うチョッパーの鼻をくすん、とくすぐりながら。
「ああ、いたいた、チョッパーっ!!!」
ゾロのその大きな掌でのお礼と、奇麗な匂いに嬉しくなりながら、デッキの階段を下りようとしたチョッパーに、ウソップが倉庫のドアから顔を出して、声を掛けた。
「何だ?」
「いいもの、やるよ」
「?」
にかにかと笑うウソップのその表情に、不思議そうな顔をしながらチョッパーが駆け寄ると、ウソップは「ほら」と大きなリアクションをつけながら、そのドアを全開にしてみせた。そこにあったのは角ばった立方体のような箱。
「?何だ?これ」
「これはな、こうやったら、大きく開くんだ」
まるで魔法のようにウソップがその上部の蓋を開いて見せて、するりと横の板をずらすと、それは段々と開いて薬を調合する一式をきちんと整理して、仕舞えるように作られたチョッパーが持ち歩けるほどの大きさの箱だった。
「うわあ、ウソップ!これすげえ!」
「お前、オレの研究室ほしい、って言っていただろ?ちょーっと作るには材料が足りないけど、これだったら手持ちの分で出来そうだったからな」
『すげえ、すげえ』とその箱のあちこちを弄りながら騒ぐチョッパーに、『キャプテン・ウソップを褒め称えてもいいんだぜ』とか言っていたはずのウソップは段々と気恥ずかしくなってきたのらしい。ぽり、と頭をかくとしゃがみ込んで、少し赤くなりながらチョッパーに細部の説明を始めたりしたのだった。
 さらさらとした、刷毛で描いたようなあっさりとした雲が見えた。

「おお、長っ鼻」
「だから、ラブコック!長っ鼻じゃなく、キャプテン・ウソップって呼べ!」
「いいから、ちっと手伝えよ」
物凄く嬉しそうな仕種を見せていたチョッパーに説明した後、喉が渇いたと、キッチンのドアを開けたウソップに、棚の中に入っているいつもは使うことの少ない種類の香辛料のチェックをしながらサンジは振り向きもせずに声をかけた。彼はドアの開ける様子でどの仲間がキッチンへと入ってきたのか分かっている。そして殆どそれは外れたことなどなかった。
「ちょっとそのジャガイモの皮を剥くの手伝ってくれ」
「何ー?」
「キャプテン・ウソップは手先が物凄く器用だからな、頼っているんだぜ?」
「おお!このウソップさまに任せておけ!」
かたん、とキッチンの椅子に座り込むと、くるくると上手に皮を剥き始めるウソップの様子を見て、サンジはオーブンから焼きあがったものを取り出すと、それに薄い布を掛けてトレイの上に置いた。そして小さく笑った。実は頼まなくても、彼やチョッパーは簡単な手伝いなら、何という事もなくやってくれる事が多い。一人で料理を進めていくのもそれはそれで楽しい時間ではあるが、何となく背後に人の気配を感じて、一言二言と言葉を交わしながら、ゆっくりと時間が流れていく、そんな時間も捨てがたいものがある。決して彼は口にしないが、楽しみの一つだったりするのだった。
 手にしていた香辛料が入った瓶をかたん、と置いてサンジは今度はコンロにやかんをのせた。その様子にウソップは気付かれないように小さく笑う。さっき自分が思ったように頃合だと思ったのだろう。段々と甘い匂いがキッチンの中に充満してきている。香ばしく焼けるケーキの匂い。さっき取り出して落ち着かせていたケーキは今頃はしっとりとした食感に変わってきているだろう。サンジが淹れているお茶の香りは、ナミのみかんの皮も一緒に入っている匂いがする。ルフィが一番好きな紅茶の種類だ。
「サンジくん、お茶頂けるかしら?」
「はいっ、ただいまっ」
ほらな、と小さく口の中でウソップは呟く。そろそろおやつの時間だから、ナミも一段落をつけて現れたのだろう。いつものおやつの時間の風景が、何となくほっとさせてくれるように思うのは、自分だけではないだろう。ウソップの手の中で、皮の剥かれたジャガイモがくるくると回る。やがて一人ずつこのキッチンの中に姿を現していくと、いつものおやつの時間が始まる頃だ。

「ルフィ、お前、おやつの時間じゃないのか?」
「うん、そだな」
「良い匂いしてきたぞ?」
「うん」
「いい加減そこから降りろ」
修行と同じだけいつもの彼の仕事である、ルフィが船首へ乗り込んだ時のお目付け役を律儀にこなしているらしいゾロは、少し眉間の皺を深くしていた。今日は朝からずうっと、この場所へ陣取り目の前に広がるその大海原を飽きることなく見続けていた。しょうがなく修行の場所を、いつもの後甲板ではなく、本来なら昼寝場所と決めているらしい、この前甲板へと移してみたりもしていたのだが、それでもルフィはそのまま同じ体勢を取り続けている。
「…たく、めんどくせえ」
がり、とゾロは自分の後頭部を掻いた。目の前でどんな言葉にも自分を振り向こうとしない、その細身の体を無理やりに横抱きで抱き上げた。
「ゾロ?」
「お前がおやつの時間にいねえと、色々と煩いんだよ」
「おやつは食うぞ!」
「んなこた、分かっている。大人しくしていろ。……たく、良くも飽きもせず海ばっか見てるんだよ」
「ん?砂じゃないからな!久しぶりって挨拶していたんだ」
「そうか」
「大好きだからな!」
その言葉にルフィは自分の体を無造作に横抱きにしているその男の顔が一瞬で真っ赤になったのを見た。大好きな、でも久しぶりにあう存在へと挨拶をした。その言葉の意味に、いつもは冷静に状況を把握をするくせに、どこか鈍感なこの大好きな彼にも伝わったのだろうか、とにしし、と特徴ある声で笑った。でも、自分からはその話をしてやらない。
「ルフィ、それってなあ…」
「このクソッタレどもっ!早く来ねえと、このオレ様のデザートが冷めちまうだろうがっ」
まるで見ていたかのようなタイミングの良さで、サンジの罵声がキッチンのドアから甲板の二人へと降り注いだ。
「ゾロっ。おーやーつっ! いそげーっ!!!」
「だああっ、分かってるよっ!!!」
横抱きにされたまま、じたばたと手足をさせるルフィに、言葉の先をいえないままゾロはルフィの言葉どおりにキッチンへと飛び込んでいった。

 その様子に。
 まるで笑うかのように、小さな風がみかんの木の花の微かな香りを運んでいく。まるで吸い込まれそうな青い空の中には、子どもが刷毛を悪戯して塗りたくったような、どこかラフな感じのする白い雲が流されていく。蒼い海の上には小さな小さなどこか頼りなげなくらい小さな船が、いつもと同じような風景を繰り広げながら、次の目的地を目指しているのだった。
 

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ということで、タイトルの説明(説明をせんといかんとは、ダメダメだな、SAMI)。
一人ずつ誰かに何かをあげています。言葉とか、時間とか、そんなものを。
仲間達の中でも具体的な物体だけではなく、思いやりとかそういうものを
それぞれにあげています、という話です。

何故、そんなテーマかというと。
SAMIはMorlin.さまに色んなお気遣いや、お言葉を頂きました。
それがどんなに嬉しかったか、ということなんです。

という訳でMorlin.さま、お誕生日おめでとうなSSです。
ご笑納くだされば、幸いです〜。


*うひゃあです。
 メールを開いたら、こんな温かなお話が。
 ただでさえお忙しい方なのに、
 ましてや今は、年度切り替えの壮絶なお仕事に追われていらっしゃるのに。
 なのに、Morlin.のような者のために、貴重なお時間を割いてくださって、
 こうまでおステキで嬉しいお話をプレゼントくださって。
 十分なお礼の言葉というのを見つけられないのが、
 もうもう悔しいばかりです。(んきぃ〜〜〜!)
 いつもいつもMorlin.の我儘を聞いてくださる優しいSAMIサマ、
 本当に本当に、ありがとうございましたvv


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