Valentine-day kiss
 

 
 某先輩さんがBB弾代わりに炒った大豆を装填したマシンガンを引っ提げて遊びに来てくれての、かなり型破りだった"豆まき"に結構沸いた節分が過ぎて、立春寒波がやって来た街中を、それでも暖かい雰囲気が包み込む。
"そっか。週末はバレンタインデーなんだった。"
 いよいよの受験シーズンへと突入したものだから、メールのみという何日かが続いていたけれど。こういったイベントになるとやっぱり思い浮かべてしまうのは、愛しい人の面影であり。
"今年はどうしようかな。"
 手ぶくろの先っぽに吐息を吹きかけながら、瀬那くん、ぼんやりと想いを巡らせる。確か去年はね、頑張って"告白"したんだったよね。お友達よりもう少し深く、あなたのこと、特別に好きですと。男の子からそんなこと言われるのって困ってしまうかなってドキドキしたけれど、進さんは自分からも"好きだよ"と言ってくれて、それでとっても嬉しくて…vv そしてそして、今は…というと。
"うっと…。////////"
 あのその…えっと。////// そういうものを引っ張って来て"確かなもの"と言い切るのも何だか妙なものかも知れないけれど。二人一つに蕩け合いたいとするような、甘くて温かな抱擁という形にて…もっと深いところでまで互いを確かめ合っているほど、進展もした二人であるだけに。戸惑いのカラーも随分と違っているのがあらためて嬉しい。だって、
"…う〜ん。"
 今の自分は、去年より全然余裕があることを悩んでいるのだもの。

  "進さんて、チョコは食べないんだよね。"

 甘いものが苦手な恋人さん。カロリーが高いから…という理由でもないのだそうで、少しくらいの摂取量過多くらい、そこいらを走ったりセナくんを背中に乗っけての腕立て伏せで何とでも消費してしまえる人であるからして、これはもうもう味覚上の好みの問題なのだろう。

  "そゆとこも大人なんだよねvv"

 どんな些細なことでさえ"ぽわん"と頬を染める理由になってしまうほどに愛しい人。なもんだから、一向に考えがまとまらない。今年は丁度週末で。ああ、でも進さんは受験期間の真っ只中だからな。二次試験とかの日程と重なっていないかしら。ピンクやオレンジといった春めいた色合いを使って、それは暖かな雰囲気にディスプレイされた"バレンタインギフト"のショーウィンドウをぼんやりと眺めながら、そんなこんな考えていた瀬那くんの小さな肩を、
「せ〜な〜くんvv
 小さな子供のような呼びかけとともにポンポンと軽く叩いた人がいる。はや?と振り向くと、そこに立っていたのは背の高い、
「さ…くらばさん。」
 ついつい声を高めかけ、おとと…と慌てて小声へ変換。何せここはQ街のショッピングモール。周囲には結構な人出が行き交っており、こんな場で人気タレントの桜庭春人がいるなんて事が知れたら…ちょっとしたパニック状態になることは必至だ。それを素早く察して声を押さえたセナの対応に、
「ありがと。」
 やわらかそうな亜麻色の髪をいつものスポーツキャップにて隠した、サングラス着用の長身のアイドルさんは、ふんわりと笑ってお礼を言った。それから、
「何見てたの? あ、そっか。進に渡すプレゼント?」
 いろいろなメーカーの輸入チョコレートを中心に、まるで宝石箱みたいに銀紙キラキラの粒チョコをシックな化粧箱へと詰め込まれたものやら、生チョコ、トリュフなどなどと。毎年のことながら、よくもこんなに集めたものだと目移りしちゃうほどに沢山のチョコやスゥイーツが並んでおり、
「今年はチョコ風味のモンブランケーキってのが人気だってね。」
 あと、和風の変わりチョコとか…と、さすがは女の子に人気のあるアイドルさん、トレンド情報にはきっちりとチェックも入っている様子。ボクは割と甘いもの好きだからね、自分が食べるのにって、こういう時にしか並ばないのを買ったりするんだよと、にっこり笑う桜庭さんに、
「あ…ボクもですvv
 カードみたいに薄いのとか、包装紙まで縮小してミニサイズにした色んなフレーバーの板チョコがどっさり入ってるバラエティチョコとか。そうと話せば、そうそう、外国のはあんまり甘くないけど、そこが美味しいってのがあるものねと桜庭くんも嬉しそう。ちなみに、外国のチョコレートが日本のものほど甘くないのは、カカオマス以外の油脂成分を混合することを禁じている国があるため(ドイツとか)、広く輸出することを考えてそういう国に合わせているからだそうです。(主原料以外に混ぜものをしてはいけません…としているのは、他にビールなんかがそうですね。)甘党同士で話題がちょっと華やいだものの、
「でも、進さんは…。」
「あ、そうか。」
 甘いものどころか普段の食事でさえ、バランスだのカロリーだのきっちりと考えて取るようなタイプの男。
"まあ、この1年はね。随分とあれこれ食べるようになった方だけど。"
 あれほど体を鍛えることを厭わない男だから、そのまま燃やしてガソリンとなる炭水化物はむしろ怠らない程度に取ってもいる。それに加えて、セナくんとの外食で覚えたらしく、オムライスだのグラタンだのドリアだの、彼にしては珍しいメニューを学食やら遠征先のレストランなどで口にしている時もあったほどで、だが。甘いものは食味的に苦手ならしく、クッキーやガムといったささやかな甘味さえ、食べているところを見たことがないのは相変わらず。
「チョコにこだわることもないんだけどね。」
 そもそも"チョコレート"が飛び交うのは、日本のとあるお菓子会社のキャンペーンのせいだ。本場の西洋では、愛を込めたカードとお花が主流。セナだとてそのくらいは判っているんだろうなと思いつつ、そんなお言葉をかけてやる。此処でついでに余談を並べるなら、チョコレートの大元はもともと"お薬"だったんですよね。カカオの原産地だった南米のインディオたちが、滋養の高さから飲んでいたものを大航海時代の探検家たちが持ち帰り、高価だったことから最初の内は貴族の間でだけ飲まれていた。あんまり苦いものだからとミルクやクリーム、砂糖を入れるようになったそうで、きっと誰かが"これでもか"って目茶苦茶入れたのが、案外あの香りとマッチして受けたんでしょうな。………閑話休題
それはともかく
「桜庭さんはどうするんですか?」
「ボク?」
 何でも参考にしたいらしいセナくんとしては、そちらもあんまり甘党では無さそうな、ちょいと過激な恋人さんの事を訊いてみる。聞いた話ではお料理が得意で何でも作ってくれるぞと、なかなかご満悦な様子でしたが。や〜ん、妖一ったらセナくんにそんな話までしてるのぉvvと。相変わらずのやり取りの後、
(笑)
「うん、一応は考えてるよ。妖一は少しくらいならチョコやケーキとかも食べてくれるからね。」
 でもね、と。くすくす笑って、
「チョコを使いはするけど、ボクのは"食べる"が主眼目じゃないんだ。」
 何だか意味深な言い方をするアイドルさんであり、あ、そろそろ行かなきゃと、タクシー乗り場の方へと向かう。軽やかに駆け去る長身の後ろ姿へ手を振って、さて。

  「…どうしよう。」

 再びディスプレイに注意を戻したセナくんだったのだった。







            ◇



 ここ数日勢いをつけて春めいて来たうららかな陽光が明るく降りそそぎ、ガラス器の縁やステンレスを目映く煌めかせている。清潔そうなキッチンには芳ばしくも甘い、チョコレートの香りがまろやかに漂っていて。その真ん中で、お母さんのエプロンを借りて"よしっ"と気合いを入れて小さな拳を握ったセナくんだったりする。時期的にチョコレート関連の特集記事も多数出ている中、甘くないケーキというのも結構あるのだそうだと知って、とりあえずは…ブラウニーというパウンドケーキを作ってみることにした。ケーキにクッキー、プリンにシャーベット。お菓子作りが得意な まもりのお手伝いを時々した覚えがあったので、何をどうするという流れのような感覚は辛うじて身についている。材料を揃えて1つ1つをきっちり計り、レシピをコピーして、分かりやすいようにと釣り戸棚の縁に貼って下げ、
"えっと…。"
 型の内側にクッキングシートを敷いておき、オーブンを 180℃に温めておく。薄力粉とベーキングパウダー、塩とココアを合わせてふるい、くるみは適当な大きさに刻んで、フライパンで から炒り。ビターチョコレートは細かく刻んで、無塩バターは室温に戻して、さて。
"それから…と。"
 ボウルに刻んだチョコとバターを入れ、約60℃の湯せんにかけて溶かし混ぜる。
"ココアもチョコも、無糖のだから…。"
 あんまり甘くはならない筈だと、それでもお祈りしながら…別のボウルに砂糖と卵を入れて泡立て器ですり混ぜたものを、溶かしたチョコへと混ぜて。
"あやや…。"
 どさぁと勢いよく入れないように、慎重に慎重に。ふるった粉を3回に分けて加え、ゴムべらでさっくりと混ぜ、クルミを加える。そしてそして、
"…ふやや。"
 型に流し込んで、表面を平らに均し、180℃のオーブンで20〜25分焼いて。そこにいたって仕方がないのにね。どうしてだろうか、離れられないの。それでもね、お片付けしてようって切り替えて、流しの前へと身を剥がして。ボウルやゴムべら、粉ふるいに泡立て器。ごしごし洗い終わったあたりのタイミングに、チンって軽やかにベルが鳴った。ドキドキしながら覗き込んだオーブン。

  「…うわぁ〜〜〜vv

 意外にうまく焼けたんじゃなかろうか。一人で焼いたの初めてなのにねvv 網の上へ載せて冷まして、よく切れる包丁で切り分けて、お好みで粉砂糖を振ったりして…出来上がりvv 1つ1つをセロファンで丁寧に包んで、余った端っこを食べてみたらば…。
「あ、ふかふかしてる。」
 ちょっとしっとり、でもちゃんとケーキになってるのが何だか感動。お粉とバターと卵とチョコと。それがこんなスポンジチョコケーキになっちゃうんだもんね。セナくんの好みには…生クリームとか添えた方が良いかなってくらいに ちょっと苦いめだったけど、だったら進さんの好みには丁度合うのかも。やったねvvと飛び跳ねたいくらいに大成功したから、
"明日、進さんチにお邪魔しよっとvv"
 勿論のこと、一応ご予定をメールで訊いてからだけど、ちゃんと当日に手渡ししたいもの。あ、そうそう…と。昨日の内にここらでは割と有名な神社まで買いに行ったお守りも添えなきゃねと思い出す。進さんは神頼みなんかしないだろうけど、気の小さい僕の分ですって。それも一緒に渡さなきゃ。何か1つ、良い方に転がると、みんなして そちらへ転がるもので。
「………え?」
 すぐお隣のリビングに出してた携帯電話が"メールですよ"と呼んでいる。それもこの曲って、
「あややっ。」
 メールなのに、他には誰もいないのに。ついつい慌てて飛びついて。ピピッて操作したら…ああ、やっぱりだ。

  《 from;進清十郎
       明日は時間が取れるだろうか。
       良ければそちらへ伺いたいのだが。》

 ああ、そっか。進さん、明日は空いてるんだ。良かった、良かったvv ほころぶお顔を隠しもしないで、大急ぎでメールのお返事を打つセナくんで。さあさ、明日は幸せな一日となりますようにvv それをこそ、お祈りしなくちゃですぞ?








            ◇



 良く晴れた土曜のお昼下がりに雨太市駅へと降り立った、ジャケット姿も雄々しき、それはそれは男らしい威容をたたえたその人は。駅前のとあるお店の前でじっと佇むこと…………数分程。待ち合わせの暇つぶしに、売りもののお花を眺めているのかと思えたほどに、視線だけを向けていたものが。不意に店先へとその足を向け、色々に様々なお花たちをぎっちりと立てた打ち出しアルミのバケツが足元に幾つも居並ぶ中から、ヒマワリみたいなお花を無言のままに指さして見せた。いや、彼としてはちゃんと『これを下さい』と言うつもりだったのだけれども。何本ですか? 10本ですね。リボンは赤にしますか? お花に合わせてオレンジが良いですか? カスミ草もおつけしましょうね、これはバレンタインのサービスですから。カードはよろしいですか? 愛想の良いお姉さんに一方的に話を進められ、あっと言う間に見事な花束を手渡されており。それでも…セロファンと和紙にくるりと包まれた花束は、春めいたパステルの色が何とも華やかで。渡された彼自身には…ちと似合わなかったものの、あの子にはきっと似合うだろう、それと喜んでもくれるだろうと。レース風の柄の入ったセロファンを時折そよぐ甘い風にしゃわしゃわと鳴らしながら、目的のお家までの道を辿った彼であり。門扉前の呼鈴のボタンを押すと、遠くから"はぁ〜い"という愛らしいお声。とたとたとお廊下を駆けてくるのだろう足音まで聞こえる…ような気がするのは、そんなにも彼が好きだからだろうか。かちゃりと開いた玄関ドアから、勢い余って"おとと…"とたたらを踏みながら出てくるほどだから、彼の側からだってそれほどまで、あのその、喜んで迎えてくれるほどには好いてくれている証拠では? 大慌てでサンダルをつっかけながら、いらっしゃいませと満面の笑みで迎えてくれたセナくんへ、進さん、お土産の花束を差し出した。


  ――― 去年は君からもらったから、今度はこちらからの贈り物。
       まるでお陽様みたいな大きなガーベラの花束を。
       君みたいに暖かで優しい、春が早く来ますように…。








  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 さてさてvv こちらさん…桜庭くんが愛しい人へとご用意したのは、やけに大きな箱であり。仮にもスポーツマンである彼が、息が切れかかりそうなくらいになって運び込んだ大物へ、
「………。」
 何なんだこれは、13日の金曜日は昨日だぞ、と。
おいおい 細い眉をぐぐいと吊り上げ、切れ上がった目許を眇め、いかにも怪訝そうな、怪しいものでも見るようなお顔になった妖一さんだったのだが。運び込んだお気楽アイドルさんに"開けて開けてvv"と急かされて。已なく…簡単に包装されてあった包みを解いて、見るからに"段ボール箱です"という箱の蓋を開いたところが。

  「…おおっvv

 ぶつけないようにと気を使ったがために息が切れたのも当たり前。そこにジャジャンと効果音つきで収まっていたものこそは、有名な映画「○ーミネイター3」で主演男優が打ちまくってた大型マシンガン…のレプリカチョコではなかろうか。さすがのガンマニアで一目でそれと分かったらしき妖一さんは、同時に満面の笑みを浮かべてたいそう気に入ってくれたらしく、
「凄げぇな、こりゃ。」
「でしょ、でしょvv
 意を得たりと、桜庭くんもますますの得意満面な笑顔を見せる。知り合いのディレクターさんがね、発注して作ったレプリカを持ってたの。それを聞いてたんで、お願いして型を取らせてもらったんだよ?
"…その代わり、春先の単発ドラマに出る約束させられちゃったけどネ。"
 これは妖一さんには内緒の秘密で。
「触っても良いのか?」
 触ると溶けやしないかと、ちょこっと遠慮している様子へと、
「あまり砂糖やクリームは入れてないの。それだけ純度が高いから、よほど暖めない限りは溶けないと思うよ。」
 そんなお声を掛けてやり。それでもそろぉっと持ち上げて、目の先、間近に掲げてあちこちの細部を見入る彼の、まるで小さな子供みたいなワクワクとしたお顔にこそ、

  "うわあぁぁぁVVvvvv"

 至福を覚えた桜庭くんである。何の飾りも虚勢もなく、それは素直に…嬉しそうにほころんでいる笑顔。他の人物ならばいざ知らず、この蛭魔妖一さんのそんなお顔だなんてのは、どんな奇跡が重なったってそうは見られない代物ではなかろうか。
"ううう、苦労した甲斐があったよう〜〜。"
 何しろ物が大きいだけに、ただ溶かしたチョコを流し込めば良いというものではなくて。有名なパティシエさんにも意見を聞いたし、チョコレート会社の人にもさりげなく訊いた。時期が時期なだけに、そのお返しにとあちこちで宣伝の"リップサービス"もして。そのせいなのか、

  《 桜庭くんは、○○っていうパティシエのチョコが好きらしい 》
  《 うそ、▽▽▽社のトリュフが好きなんだってば 》

 なんていう情報が流れてしまって、事務所には同じ包装紙のチョコばかりが山のように届いてるそうだけど。まま、売上に貢献したんだから善しとしよう。
"えへへ…vv"
 どっちがチョコレートを送られた側なのやら、矯つ眇めつ、チョコのマシンガンを眺め回していた愛しい人を、蕩けそうなお顔になって眺めていたアイドルさんへ、

  「えと…。////////

 そこは…妖一さんの側だって、日頃から好もしく思っているお相手だもの。こうまで自分の好みへストレートにも大当たりしたプレゼントをくれたことへ、照れ臭そうに"ありがとう"のキスをしてくれて。……………そんな思わぬご褒美が重ね重なったお陰様で。腰が抜けてしまってお泊まりすることとなってしまったのは、ここだけの秘密である。それと………。





 よっぽどお気に召したのか。せっかくのチョコが溶けないようにと、保管用に納戸を整理し、1日中 微冷房をかけておくようにした妖一さんだったのだが。

 「…桜庭、あの部屋にジャガ芋とかハクサイとかを置くのはやめてくれ。」
 「え〜、だって冷房かけてることを利用しないなんて、なんか勿体ないじゃんか。」

 そのうち、自分で漬けた梅干の桶とかも置きかねません。
(笑)




   〜 何だか良く分からないお話しになっちゃいましたが…Fine 〜


  *しまった、もうバレンタインだと焦りながら書いたものだから、
   何だか訳の分からないお話になってしまいましたね。
   突貫で書けるほどの腕ではありません。大反省。////////

ご感想などはこちらへvv


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