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それでなくとも ぼんやりしていると自然と欠伸が洩れ出しそうな。ほややんと暖かで穏やかな、それはそれは良いお日和。お久し振りに接することが叶った愛しい人の、毅然としたお顔や声や、威勢のいい物言いも、勿論全部大好きなんだけれど。撓やかな身をちょろっと抱きすくめたことであっさりついた火は、この肌にもこの胸にもじりじりと燃え続けて…なかなか冷めてくれなくて。せっかくの日和を避けるよに、ブラインドを降ろした室内の底近く。切れ切れながらも秘めやかに、途切れぬまま響き続けているものは。甘い睦言と淫らな囁きと、ちょっぴり悲鳴にも似た喘ぎの声と。せっかくのぽかぽかな春なのに………即物的なケダモノでごめんなさい。
「…ん。////////」
冷然としたお顔でつんと澄ましてたり、尖った細い肩を聳そびやかして強かそうに悪魔っぽく笑って見せたり。どちらかというと攻撃的というか挑発的なお顔を見せることの多い妖一さんは、恋人さんの腕の中でそれ以上はないくらいに甘く蕩けている時でさえ、それは鮮烈な華やいだお顔でいる。絶頂の中、白い痩躯をうねらせて、みだらに喘ぐ顔さえ…切なげな声を上げながらも、もっともっと どうにかしてしまいたくなるよな気を起こさせかねない、華やかなまでに嫣然としたお顔になるものだから、
"…危ない、危ない。"
実はまだまだ初心うぶな人だってことを、ついつい忘れそうになるのが困りもの。ホントは襲い来る淫悦の勢いが怖くって、流されそうなのへ助けを求めて…それでこんなにキツクしがみついて来てるんだってことを、こっちでちゃんと判断してあげないと、
"怖い、だなんて、死んでも絶対に自分からは言わないんだろからな。"
睦声さえ こらえる意地っ張り。なのにね、ちょっとでも意地悪に構えて、執拗に弄ったりすると…たちまち瞳が潤んでしまう。朱に染まった目許を辛そうにぎゅううって瞑ってて。見開いたら その途端に、ぽろぽろって潤みが零れてしまう人だから。計算してなくたって それってちょっと狡いよな、でもそういうトコがまた、か〜いいんだよなvvと、こっちも懲りない桜庭くんだったりするのであるが。一方で、
「はい、お水だよ。」
胸が上下するほどに荒々しかった呼吸を宥め、何とか一息ついたところへ。甘い余熱をじんわり蓄えたままな体をそぉっと抱えられ、ミネラルウォーターの入ったグラスが手際よく口元へと寄せられる。ファンや制作関係者たちから ちやほやされる側というイメージの強い筈の、ホントに芸能界のアイドルなのかと疑うほど、何につけ至れり尽くせりな恋人さんは、殺人的なスケジュールを精力的にこなしているだけはあるスタミナの持ち主で。
"体力は互角だと思ってたんだがな。"
この痩躯に見合わないほどタフだと自負している自分を、こうまでクタクタに消耗させておいて。なのに、それは甲斐甲斐しく世話を焼ける余裕と、それは幸せそうにニコニコしている"アイドルスマイル"が、時には この野郎〜〜〜とばかりに恨めしくもなる。
"けど……。"
口惜しいけれど…こうしてもらえるのが気持ち良いのも確かなこと。いやいや、あのその。具体的に"SEXが"と言いたいのではなくて。//////// 一緒にいること、こうやって最も間近い懐ろに入れてもらえることが、何にも替え難い安らぎだから。逢えないでいた間、何となく物足りない気分になったことも、ついつい集中出来なくて困ったことも。なのにメールや電話をこちらからは意地でも打たなかった可愛げのない意固地さも、今なら素直に認めてしまえるくらいに。詰まらない見栄も強がりも、仄かに ささくれ立ってた蟠わだかまりも全部。とろりと蕩かしてとろとろと、それは暖かな温もりに変えてくれるから。ああ、やっと触れてもらえたんだなって、ちょいと乙女チックな感傷さえ滲んでくる。こればっかは"与えてもらうもの"だという点だけ途轍もなく癪で、しかも、
「? もう良いの?」
グラスを片手に かくりと小首を傾げて見せる姿も優しげな、この、桜庭春人という人物にしか施してもらえないというのが、どうにも悔しいのだけれど。もう満足しましたと頷いたそのまま、猫の仔が甘えるみたいにすりすりと頬を擦りつけた懐ろは、その撓やかな肉置きの陰影もくっきりと、頼もしいまでの精悍さを増しつつも、とても優しい温みに満ちており。どんなに宝を積まれても、若しくは世界中からの妨害を受けようとも、全力で叩き伏せてやろうと思うほど、絶対絶対手放したくはない。
"…そうまで思っちまうのが口惜しいのも事実、なんだけどもな。"
知ってるか? どうしても欲しいものってのはそのまま弱みにもなる。かざされると生唾が垂れそうなもの。それを餌にされると否応無く相手の思惑に従ってしまうもの。そういうものはサ、手に入れれば入れたで…今度は失うのが怖いものになっちまう。だから、そんなものは極力作らないに越したことはないのにな。殊に、金で買えないような"限定物"なんて話にでもなりゃあ、これはもう嵌まったが最後、身を滅ぼしかねないくらいに危険なブツで。
"しかも"生まもの"と来た日にゃあ…。"
………って。一体何の話でしょうか、妖一さん? おややと怪訝そうに眉を顰めてしまった"出歯亀"筆者の独り言なんざには耳も貸さずに、(いやん)
"……………。"
何事かを考え込み始めた美人さんであり。沈思黙考の構えになっている彼に気づいて、
「? どうしたの?」
桜庭くんまでもが怪訝そうなお顔になって声をかける。いくら余韻に耽るといっても限度があろうし、とろんとしているというよりも、何事かを思い詰めているような…冴えた面差しの妖一さんだったものだから。何かしら機嫌を損ねちゃったのかな、やっぱお胸ばっか弄ったのはヤだったのかななんて、見当違いな事へと心配し始めかかったところへ、
「………あのな?」
やっとのこと、意を決したという感にて顔を上げ、けれど、お相手の深色の瞳からの見つめ返しに会うと、
「………。」
戸惑いに視線を揺らし、唇をもぞもぞと震わせて黙り込む。そんな妖一さんの態度にますます怪訝そうな顔をする桜庭くんの胸板へと、綺麗な白い手を載せて、
「あの、な。お前がいなかった間にな。俺、検診を受けてたんだ。」
「検診?」
訊き返すと こくりと頷き、
「ウチの掛かり付けのセンセーに、毎年春に診てもらってるんだが。」
掛かり付けのセンセーと来て、おやこれはと。もしかして真面目なお話かも知れないと気がついて。桜庭くん、ついつい気持ちを引き締める。無茶の多い彼だから、鍛え方に無理でもあってどこか傷めたのかしら。それとも不摂生が祟って、内臓疾患の予兆でも出たのかしら。………あ、それはないかな? ちょこっとだけ先回りしかかった桜庭くんへ、妖一さんは…まだ少々躊躇の気配を見せながらも、えいと思い切るように、そのお口を開いて見せて。
「あのな。三カ月だって言われた。」
「………………………………………はい?」
三カ月というと、約90日。季刊誌の発行スパンであり、四半期決算の…じゃなくってだな。
「………三カ月?」
どこか呆然としたままに訊き返すと、間近い懐ろの中から上目遣いになって見上げて来ていたお顔が真摯なままに頷いて見せて。
「言ってなくて悪かった。俺、子供を産める体なんだ。」
「はいいぃ〜〜〜?」
玲瓏なまでに整った綺麗なお顔が、その頬をまだ少し桜色に染めたまま、至って大真面目なままに…とんでもないことを仰有る。騒音けたたましい環境でなし、二人しかいない静かな寝室のこんなに間近。聞こえなかった筈はない"爆弾発言"を受け止めて、
「………。」
深色をした眸を見張ったままな桜庭くんの沈黙にもさして構わず、妖一さんは途轍もない告白を更に続けた。
「俺にも詳しいところはよく判らんのだがな、ウチの親と加藤さんと主治医のセンセーとしか知らないことで。まあ、見てくれが"男"なんだから、そうそう"間違い"ってのも起こらんだろうし、さして問題は起きなかろうって事で今まで気にしちゃあいなかったんだが。」
「………あ。」
見てくれが"男"だから。男に組み敷かれるという"妊娠"に通じるよな"間違い"は起きないだろうと思ってたと。具体的に言われて、まだどこか呆然としていた桜庭くんがハッとする。
「それって………。」
表情を決めかねてか、呆然としたままなお顔。そんな相手に合わせるように、こちらも…照れたり開き直ったりして笑うでなく、憤然と詰め寄りたげに怒るでなく、無表情に近い真顔のまま。口を閉ざして、まじっと今時の二枚目顔を見つめていると。
「それって、間違いなく………ボクの子供だよね?」
「…………………………………え?」
背中に回されていた腕が、きゅうと力を増している。腕の輪が縮まったことで軽く引き寄せられた格好になり、胸板の上へと上体の半分ほども抱え上げられ、真下から瞬まじろぎもしないままのお顔に見つめられて、
「だって。だって妖一、他の誰かとは付き合ってないんだし。だったらサ…。」
そんな風に問われて…相手の言わんとしていることが何とか判り、
「あ、ああ。」
そうだぞと、ほんのちょっとばかり怖々としつつも頷けば、
「うわぁああぁ〜〜〜〜〜っ!」
ついつい"ひぃいぃぃっっ!"と身をすくめて反射的に悲鳴を上げたくなったほど唐突に、いきなりぎゅううと抱き締められて、歓喜の大声を間近で上げられてしまったから。
"…はい?"
この思わぬ反応へ、蛭魔くんのお顔が…ピキンと固まった。何ですって、あなた、ちょっと待って下さいな、それって一体…。もしかして、リアクションを間違ってや いませんか?
「どうしよ、どうしよvv 嬉しいなぁvv」
はい?
「三カ月かぁ、じゃあ秋頃だね、生まれるの。待ち遠しいなぁvv」
はいぃ?
「夏場の妊婦さんって大変なんだってね、色々と気をつけなきゃね。」
……………。
何と申しましょうか、手放しで満面の笑みになっている彼であり。どっちかって言うと女の子がいいな、あ・でも妖一にそっくりの子とかだったらお嫁に出したくなくなっちゃうよね、どんな可愛くても芸能人にはしたくないしな、男の子なら絶対にアメフトやらせるんでしょ? それは嬉しそうに、先々のことなんぞを並べ立てる彼であり。キョトンとしたままに見上げているこちらに気がついて、
「あ、あっ。ごめんね。乱暴にしちゃあいけないんだよね。」
慌ててから そぉっと、抱いていた腕を緩めてくれて。喜々としていた表情が、ここでふと真顔に近いそれになった。
「大丈夫かな。妖一ってこんな細いのにサ。」
「…え?」
何がでしょうか? …あ、ああ。妊娠が、ですか? 案じるような真剣なお顔を差し向けられて、寝崩れてしまった髪を大きな手でそぉっと撫でてくれて、
「マシンガンとかやたらと発砲しちゃあいけないよ?」
「え?」
「だって、凄い振動でしょうが。胎教にだってよくないしさ。」
きりりと引き締まって男らしい、至って大真面目なお顔はどう見ても…妖一の発言へ悪ふざけして乗って来てという雰囲気のそれではない。
「それと、アメフトだってやっちゃダメなんだからね。」
「はいぃい?」
当たり前でしょ? あんな激しいスポーツ、やれると思ってたの? せっかくチームを立ちあげたばっかで悪いけど、この1年は諦めなさい。いいね?
「う………。」
そうまで言われては…もはや呆気に取られてばかりもいられない。早くブレーキかけないと、
"親御さんに逢って挨拶したいとか言い出しかねんぞ。"
それは大変、急がなくっちゃと、我に返った妖一さん。困ったようなお顔になって、目許をきゅうと眇めてから、
「このバカが。ウソに決まってんだろうがよ。」
「…はい?」
「今日は何月何日だ?」
「え? …四月、だよね。」
カレンダーを見る間もないほど忙しい人。それでもね、こういう行事や歳時記は話題のネタの基本だから、てっきりチェックしてるもんだと思ってた。
「……………。」
ふっと。黙りこくってしまったから。恐る恐るに訊いてみる。
「怒ったのか?」
「当たり前だろ?」
今度は、おおうとのけ反るほどのむっかりしたお顔になって見せる桜庭くんで。
いくらエイプリルフールでも、ついていい嘘と悪い嘘ってのがあるんだからね。もうもう、すっかり本気にしたサ、どんな取材されても僕が体を張って守るからねとか、芸能人としてのお仕事が来ないようなら、転職してでも頑張って、石に齧りついてでも不自由はさせないぞとか。そりゃあ色々と思ったのに…と。
先程までの幸せそうな羅列に負けないくらい、一杯いっぱい並べてくれて。憤慨しつつも…ぎゅうと抱き締めたままでいてくれる優しい人で。その優しさにくるまれながら、されど・でも、
"…むっかりしたのは、こっちもなんだかんな。"
ついつい。むむうと唇を尖らせる妖一さんだ。相変わらずに臍曲がりの威張りん坊。だってサ、桜庭くんたらあんまり手放しで喜んでくれたものだから、
"子供を産めないのが口惜しくなっちまっただろうがよ。"
…おやおや。意外な一言を胸中にて転がして、温かな懐ろに こしこし・ふにふに…となめらかな頬を擦りつける。
――― ……………。
なあ、まだ怒ってるのか?
知らないもん。
お〜い。
バカって言ったしサ。酷いよな。
なあなあ。
ごめんなさいは?
う…。
謝らなきゃ許してやんない。
…なぁって。
そんなとこ触ってもダ〜メvv こっちの方が上手なんだからね。
あっ、んぅ…。////////
やってなさいっての。(笑)
おまけ 
Q街で一番に有名なパティスリィ『らふてぃ』の、苺のパフェとクレームブリュレをお土産に、二人が楽しげに帰って来た進さんのお家では、
「あら、おかえりなさいvv」
淡いピンクのカーディガンに丸襟のブラウス。若草色の長いフレアスカートを丸ぁるく広げて、陽当たりのいい縁側に座っていた たまきさんが、何やら懐かしいものに挑戦中。綺麗な白い手の中でクルクルとこねくり回していたのが、
「あ、それってテレビで観たことあります。」
カラフルな6色に色分けされた小さなパネルを、各面にそれぞれ全て集めて揃える立体ゲーム、所謂"ルービックキューブ"という代物で。
「あ〜。やっぱ、難しいや。」
手のひらが真っ赤になるほど随分健闘したらしいのだが、どうしても途中までしか色が揃わないらしい。お姉様から"はいvv"と手渡された瀬那にしてみれば、実物を触るのさえ初めてであるらしく、
「不思議ですねぇ。縦にも横にも回るなんて。」
かしゃかしゃとなめらかに動くスライドを回してみるものの、理屈すら判らないもの、手のつけようがない。せっかく揃っていた色まで散らしてしまい、あややと首をすくめたその手からブツを取り上げたのが…、
"…え?"
なんと清十郎さんであり。
"確かゲームとか苦手だって言ってなかったっけ?"
こういう複雑なものってもっと難しいのでは?と、小首を傾げたセナくんだったが、
「清ちゃんはこれ、得意なのよ?」
たまきさんも、そして、お茶と一緒にお皿に取り分けたケーキを持って来て下さったお母様もただにこにこと笑っていらっしゃるばかり。
「???」
いくら今日が"エイプリル・フール"だからって言っても、そんな突拍子もない"嘘"なんて…と。怪訝に思って、次にはからかわれているのかなって、もっともっと小首を傾げたセナくんのすぐ傍らから、
――― かしゃかしゃ、かしゃかしゃ、かしゃかしゃかしゃ…と。
軽快だけれど何だか忙せわしない音がしたかと思ったら。
「…あ。」
はい、と。手元へ差し出されたのが、全面きっちり色が揃った完成形。
「久し振りだったから ちょこっとかかったかな?」
「そうね。以前だったらよそ見しながらだって出来たのにね。」
にっこりはんなり、楽しげに笑ってらっしゃる女性陣には、さして奇異なことではないらしいのだけれど…。
「………えっとぉ?」
ついつい信じたくなるよな美味しくて罪な嘘と、あまりにも突拍子もない、嘘みたいな現実と。果たしてどちらが罪深いのでしょうかしら?
〜Fine〜 03.3.27.〜3.31.
*なんか変な人たちですね。あ、いつものことか。こらこら
進さんの例のリュックの中身に、
いまだに理解が追いついてない筆者でして。
何でそうそう片っ端から奇天烈にする必要があるのだろうか。
彼はその存在からして、既にかなり奇天烈なのにねぇと、
ファンとは思えないような言いようをしてしまった人が約1名…。
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