明け星・碇星
  *進さんBD記念作品(DLF
 



          




 七月に入ってすぐのこの時期は、梅雨明け間近の折り返しであるにもかかわらず、後半の本降りや曇天が続く不安定な時期で。今年も、もしかしたらこのまま“から梅雨”なのかなって思っていたら、急転直下の土砂降りが続いて。そんなせいでアメフトのトレーニングも、いきおい屋内での筋トレ主体のが続いてた。去年新設されたという“アスレチックジム”には、一通りの設備が揃ってはいるけれど、どっちかというと走るのが主体の仕事な後衛
(バックス)の瀬那や雷門くんには、あのね、ちょっとね。黙々と基礎トレとかストレッチばかりに明け暮れるのって。蓄えられる力が偏ってしまわないかなっていうのか、身のうちに溜まるばかりじゃあ、この小さなところになどすぐにも目一杯になってしまうような気がして。早い話が…、
『湿気は案外とくせ者だからな。』
 悪寒が来てからじゃあ遅いんだ、汗を冷やさねぇように、重々 気をつけな。先にそうと言い置いた蛭魔さんだったのは、夏休み前に前期試験が始まった頃合い、試験がある学科とない学科がまちまちなのでと、七月第1週までが自主トレへ割り振られた時のこと。大学生は六月のうちから夏休みも同然という身になるものの、前期試験をその時に実施する教授と9月に入ってすぐに設ける教授とがいるR大学であり、再試験や補習やらがあるので、七月半ばまでは全員が顔を揃えることもなかなか適わないのだとかで。
『11日から合宿を張る。』
 春の交流戦をこなすことで、せっかく身体に勘が戻りの、エンジンがかかりのしたものが、試験期間中の一旦停止でなまってしまい切らないうちに。秋の本戦、星取り戦に向けての本格的なチーム作りを進めておかねばということで。猛暑が襲い来る前の七月中から“始動”ということであるらしい。梅雨による足止めにジリジリしてた自分たちよりも もちょっと先を既に見やっていた先輩さんからの助言を受けて、体を冷やさぬようにと心掛けつつも、少しでも雨脚が聞こえてなさそうならば朝か晩のジョギングを欠かさないでいたセナだったけれど、
「…うわ〜、湿気が凄いなぁ。」
 汗と一応の防寒用にとタオルを首にかけた、目の詰んだスェット姿なのが、却って多い目に汗をかいてしまいそうなほど、ねっとりとした厚みのある空気を頬に感じて閉口する。まだ陽が射す前という黎明の時間帯でこれだもの、晴れたら晴れたで暑くなりそうだようとげんなりしつつも、軽くストレッチをこなしてから、さてと。深呼吸をしてから、いつものコースへのランニングへと走り出す。町中なのに、どこからか小鳥のさえずりが聞こえるのが唯一の音という早朝。そのさえずり声を追うように、セナの足元からアスファルトを蹴る音が小さく響く。幸いにして受けた試験には全部何とか、及第点が取れたセナだったものの、他の方々はそうも行かなかったらしく。やっぱり合宿に入るまでは、総合練習には漕ぎ着けられないらしくって。
『賊学の連中との話もある程度はついてたんだがな。』
 隷属関係はとっくの昔のお話で、後半はご近所の同じアメフトがあるガッコ同士という仲の良さ
(?)にて。交流試合やら試合想定の合同練習やら、ご一緒することの多かった賊徒学園の“カメレオンズ”さんたちは。殆ど、とまではいかないがそれでも半分くらいは、同じ顔触れが付属の大学へ進学し、大学のアメフト部“フリルド・リザーズ”へ編入していたから。頭数があった方がいい“試合形式”のトレーニングなどでは、相変わらずの“口喧嘩込み”ながら、悪魔さんに召喚されては葉柱さん率いる面々がR大まで顔を出してもくれていたが。さすがにこの時期は向こうさんも“事情”は同じであるらしく、再スタートはやはり来週の頭からと相なってしまった。リズミカルな足取りに、弾むような息遣いが重なる。吸い込む空気はそれでも少しは冷んやりしていて、まだドッと汗が出るほどにはまだ至らない。春先などはすれ違う人も結構いたのだが、湿気が関節に響いてか、このところの不安定な天候から敬遠する人が多いのか、この何日かは…早くても明るくなって来たのにね、土手に到着するまでは誰の姿も見ないような。
“進さんは雨の日でも走ってそうだな。”
 勿論、無闇な根性論からではなく、きっちりと防寒対策を取った上での、管理されたトレーニング・スケジュールの一環として。あくまでも合理的な管理と本人は言っていたが、それでもどうしてだか。彼
(か)の人の鍛練への姿勢には…修験者などが折り目正しく姿勢を正してこなすような“修養”というイメージがついて回る。本人の雰囲気や重厚な存在感のせいだろうか。それとも、ただひたすら黙々と脇目も振らないでという集中の度合いに、過ぎるほどの真摯さが込められているからだろうか。
“真摯には違いないものね。”
 今の時点で既にあんなに強い進さんでも、もっともっとといつだって向上を目指してる。何処をとゴールにしないで、敢えて言うなら昨日の自分より強い自分へと。駆け上がり続けられる気力気概もまた、人並み外れて強い人だから、
“凄いよなぁ…。”
 憧れてやまないセナとしては、その背中、どうしても追いかけ続けずにはいられない。…と。
「あ…。」
 鼓膜を少しほど引っ掻くように、少し離れた何処かの道から自転車のブレーキが軋む音が上がる。体が温まって来て、頭の中が少しずつ冴えて来る。ぼんやりと考えごとをしていたが、いけないいけないと我に返って向かう先を見据え直した。走るということへの習慣づけは一旦途切れると元に戻すのがなかなか難しいし、妨害や障害物のない直線を駆ける陸上種目とはまた別の、持久力やら粘り腰へのスタミナや、はたまた、切れのある反射を支える柔軟性を備えた足腰とやらも必要とされる身。少しでもそこへの蓄積にしたい“ランニング”は、セナだって欠かしたくはない。強い人と競い合える機会には必ず、居ても立っても居られなくなってたのも、伸び盛りの脚が“もっと早くもっと強くなりたい”と声なき声を上げていたからで。前向きな闘志の下に、地味にこつこつ積み上げられたものの成果。日々の蓄積は、真摯なアスリートを決して裏切らない。
「あ…。」
 辿り着いた土手の縁、上り始めた陽の最初の一条があふれ始めてて。手前の通りを左右を確かめてから渡ると、少しだけピッチを上げて土手を駆け上がる。

  「…わあ。」

 雲が多くて太陽も部分部分が隠れていたが、それでも世界が金色になる瞬間。川風が凪いで、遠くの鉄橋を渡る電車の轍の音がここまで届く。やっぱり湿気が多いけど、それでも腕を伸ばしての深呼吸をしていると、
“…え?”
 首条からタオルが持ち上げられて、ぽそりと頭に乗っけられた。あ…と気づくより先に、大きな手のひらが髪をタオルごと もしゃもしゃとまさぐって下さり、
「風邪を引くぞ。」
 ああ、聞きたかった声だと…こんな時にごめんなさい。口許や頬が嬉しくて嬉しくてと緩んでしまって、もうどうしようもない。おでこや鬢までをぐいっと拭ってくれた手が、タオルを取り去り、跳ね上がった髪を撫でつけようとしているのに気がついて、
「あやや…あのあの、おはようございます。///////
 いや、そこまではと慌ててお顔を上へと振り上げれば、
「ああ。」
 かすかながら…驚いたように目を見張った進さんの精悍なお顔と向かい合う。あ、振り払ったみたいになっちゃったかな? でもあの、そうじゃなくって、あのあの。汗かいた髪の毛だし、えとあの…っ。/////// こちらさんの反応も相変わらずで、気ばかりが焦って、でも器用な物言いは出来なくて。ああ、他意は無いんだと言いたいんだなって、いくら何でも…そういう機微へは勘の鈍い方な進さんでも判るのに。しどもど焦る様子が、あのね? 可愛らしくも可笑しかったのだろう。表情乏しいこともこっそりと有名な仁王様、キョトンとしておいでだったものが、柔らかく目許を細めて下さって、
「………。」
 大きな手のひらが降りて来て、ぽふぽふと、セナの頭ごと覆うようにくせっ毛を撫でて下さる。そうすると、
「あ…。///////
 わたわたと慌てるばかりな小さなランニングバッカーくんが、真っ赤になりつつも…フィールドで強引に引き倒されたよりも素早く、ぴたりとわたつきを止めてしまったから。鬼神様の神通力の物凄いこと。
(おいおい)
「…ごめんなさい。」
 やっと落ち着いたものの、選りにも選って当の相手から宥められたものだから。重ね重ね申し訳ありませんと言たげな、上目遣いになっちゃった小さな韋駄天くんへ、ますますのこと表情を和ませて、進さんはゆっくりとかぶりを振っただけ。アメフトにまつわることへは、試合中とかトレーニング中の厳しくて凛然としたお顔を崩さない人なのに。セナのしでかす、ちょこっと覚束無いあれこれへは、こんな風に柔らかい眼差しを向けてくれるようになっていて。そういえばもうどのくらいになるんだろうか。戸惑うこちらと同じくらいに、どうしたらいいものかと困ったようなお顔ばかりをしてらした時期もあったのにね。手を伸べることにさえ、どこかぎこちなく。飛び込んで来たものをがっつり受け止めるか、逃げる標的を取っ捕まえることしか知らない果敢で強靭な手が、守るように包むように受け止めること、苦もなくこなせるようになってしまったのって、そういえば何時からのこと? いつもいつもセナのどぎまぎを宥めてくれた大きな手。ひょいっと軽々抱えてくれて、そのまま暖かな懐ろに入れてくれる手際を覚えてしまったのは何時から?
「〜〜〜〜〜。///////
 人と要領よく接するのが不慣れだったのは本当で、そこだけが唯一の欠陥とばかり、ずっとずっと不器用な人だったのにね。
“…ズルいなぁ。”
 一体いつの間に。こんなにも、もっとずっと魅力の増した人になってしまったんだろうか。視線だってもっと高いままだった筈なのにね。人を見下すのではなく、近間にいる誰のことだって、あんまり見てはいなかったそうなのに。真剣さを剥き出しにした、突き通すような挑むような、強くて真摯な視線ではなくて。どうした?と覗き込むような眼差しが出来るようになった人。
“もっとも、優しくて情の厚いところは前から持ってたみたいなのにね。”
 だから、小さくて壊れものみたいなセナのこと、どう扱えばいいのかが判らなかったらしいエピソードも一杯あって。どうでもいいなら困らない筈ですものねと“くすん”と笑えば、やっと落ち着いたと判ったか、取り上げてた格好のセナのタオルを返してくれた。…それからね?

  「今日は、いや、今晩になるのだが。時間を取ってもらえないだろうか。」
  「はい?」

 セナが大好きな深みのあるお声で、進さんはそんな風にお誘いの一言を下さったのだった。














          




 進清十郎、19歳。U大二回生、アメフト部所属。ポジションはラインバッカーで守備が専門だが、インターセプトによるターンオーバーに転じての、タッチダウン数も馬鹿に出来ないほど記録しているスーパー・プレイヤー。音速の騎士との異名を持つ俊足と、駆け去ろうとする相手を片腕だけで引き倒せる瞬殺の剛腕と。それらを隙なく生かせる洞察力も持ち合わせての安定したプレイは、正に鮮烈にして鋭、峻烈にして閃。実業団の方々からも早くに注目されていた逸材でありながら、寡黙で寡慾で、人付き合いでは礼儀正しくはあるけれど少々不器用でもあって。それだからなのか、いつだって一途で。ひねるということを恐らくは知らない人。


   『その…七夕祭りとやらをしたいと言われたのでな。』


 大学卒業後、Q街にある旅行代理店に勤めてらっしゃるお姉さんのたまきさんが、
『最近セナくんに逢えてない〜〜〜っ』
 門弟さんたちが庭先、軒端に立てた、竹じゃないかというほど立派な笹を、お飾りや短冊で飾り付けつつ、いきなりのように言い立て出したのが発端だそうで。
『清ちゃんは良いわよね。試合とかで逢えるしさ。第一、大学の合宿所からしてセナくんチのご近所なんだし。』
 夏休みったって、あんたたちってどうせアメフト三昧に明け暮れるんでしょう? ねえねえその前に、一遍で良いからセナくんをお招きしてようという“おねだり”をされた。
『聞いてくんなきゃ、夏場の子供たちの朝の習練、あんたに指導員やらすからね。』
 合気道の道場へと通って来る小中学生たちの指導のことであり、夏休みに入るとラジオ体操のついでという涼しい朝へと“お稽古の時間帯”が変わる。今さっき“どうせアメフト三昧に明け暮れるんでしょう?”と言ったくせに、それと平行してやらせるからねとのこのお言葉。次代のとはいえ“師範様”からのお言葉だけに逆らうのは難儀だし、かといって、いくら何でも…体力には自信ありな清十郎さんでも、時間的な問題として不可能で。それで、セナくん次第という形へ頼ることになるが、どうか聞いてもらえませんかというご依頼をされた。当然、
『構いませんよvv
 そういえば去年はあの神社の夏祭りにもお伺い出来ませんでしたよね、ボクの方こそ楽しみですと、にっこり笑ってのお返事をし、清十郎さんを見るからにホッとさせたのが今朝のお話だったのだが。
“えと。ちょっと早かったかな。”
 降っても俄雨以上にはならないみたいだけれど、慣れない浴衣と下駄ばきになるからと。少し早い目に家を出たセナだったが、進さんのご実家がある町には予定より随分早くに着いてしまった。陽は沈んだが、まだまだはっきり明るい時間帯。電車では浴衣姿の人が多かったのにね。ホームに降り立つと、セナしかこんな格好の人はいないみたいで。ありゃりゃ//////とちょっぴり恥ずかしくなる。そうだ、Q街でも七夕祭りの催しがあったんだっけ。それで、ここから出掛ける人ならともかくも、ここに降りる人の中にはいないんだなと。あらためて…ちょっぴりの照れを噛みしめる。
“しかも男だし…。”
 女の子なら、今時は夏のファッションの一つで済む傾向にあるらしいが。さすがに男の子では、お祭りでもないのに浴衣というのはちょっと珍しいいで立ちだろうから。恥ずかしいなと、もじもじ。そんな照れが出てのこと、ついつい足元の鼻緒を見下ろしながら歩いていると、
「………あやや?」
 ぱふりと何かにぶつかった。そんなにも端っこを選んではいなかったのに。何でまた、改札を出たばっかりのところに何か置いてあるんだろと。顔を上げれば…藍色の壁。それから、大きな暖かい感触が頭へ。
「こら。」
 また俯いてたぞと、でも久々に。お叱りのお言葉を手短にそそがれて。あやや//////と頬が赤くなる。お声がした頭上を見上げれば、間近になり過ぎたからと顎を引いた進さんのお顔。よくよく締まった上背をなお引き締める藍色の浴衣が、それはよく似合ってらして。
「あのあの、えっと。///////
 ごめんなさいです…と、妙なご挨拶から始まってしまった逢瀬だったが。セナくんのふわふかな髪、もしゃりと一撫でしてから、やわらかく微笑って下さった進さんだったので。なんだか目立ってるみたいで恥ずかしいよう…から立ち上がってたドキドキが、やっとのこと落ち着いて、一心地つけた小さなセナくんだったようです。



 さっき、男の子は意味なく浴衣なんて着ていると珍しがられるなんて、含羞んでいたセナくんだったが。
“進さんてば、何だか馴染んでない?”
 日頃…といっても最近は機会がめっきり減ったそうだけれど、武道の道着を着ることも多々あるという人で。その合気道の心得があってのことだろうか、落ち着いた足さばきで下駄も余裕で履きこなしておいでなので。和装自体への慣れがそのまま、態度や風情からも不自然さを感じさせずにいるようで。直線的なシャツ姿に比べれば、肩先などは肉づきの厚さがそのまんま、なだらかな輪郭となって晒されてもいるというのにね? 凛として冴えた印象しか伝わっては来ず、広々とした背中が頼もしいほど。
“気概からして、きりりとした人だもんな。”
 冷たい人だとか つれない人だってことは決してないのにね? ただ、取り付く島がないというタイプの人ではあったらしくって。その雄々しき肉体だけでなく心まで、あまりに強くてあまりに真っ直ぐだったから。出来ないことは出来るまでやればいいだけのこと。だから、今は出来ないと口にすることを恥ずかしいとは思わない。万事が万事そんな風で、しかも言った通りにやり遂げてしまう人でもあって。努力と向上心さえあれば何だってこなせるとして来た“強い人”だったから、自分に出来るそんな基本が他の人には苦行だったりついて行けなかったりするの、理解しようとしなかった、独りでだって平気でそのまま前進し続けられた、強くて真っ直ぐな人だったから。そんな潔白さが、弱い者や脆い者にはいっそ痛いほどに眩しくて。誰も傷つけたくなくて、実は…自分が傷つきたくなくて。弱さからついつい選んでしまった逃げや嘘。誰にだってあるだろうそんな弱さを、なのに、持ち合わせていない彼だったから。傍にあれば無言のまま責められてしまいそうなほど、頑迷で融通の利かない人だと思われてもいて、そんなこんなで…結構早い時期から既に“特別な人”扱いで遠巻きにされてた進さんみたいで。
『そんな“強さ”へは、嫉妬…も一杯してたかな?』
 一番長く一番傍らにいた桜庭さんでさえ、そう言って苦笑してたほど。勿論、セナだって最初のうちは、遠い高みにいる存在への“凄い人”という認識しかなかったのにね。それが今では、
「…?」
 ずっと何にも話し出さないセナだったから。そのくせ、自分の方をじっと見やってる気配だけは届くから。擽ったくてかこちらを見やり“どうした?”と言いたげな視線を向けてくる進さんへ、
「何でもないんですよ。」
 ちょっとばかり、ぼんやりしていただけ。ただね? あのね? 向かい合うと…ゆったりと着付けておいでの浴衣の合わせが、そこに覗いたほのかな陰が。
“…あ。///////
 ありゃりゃ、ちょこっと眩しいかも。/////// だってもう、眺めてるだけな人ではないから。さっき間近になった時にもドキンとしたの。だって、セナが大好きな匂いや温みが、こちらの肌に触れるほどの至近にあったから。競い合う対象として“一番”とした相手への。相手からも一番でありたいと思い、負けるものかと自分を高めようとする、誰にも譲れない闘争心とは別口の。強い強い思い入れ。

  ――― 愛しいと、離れ難いと。

 強く強く“想う”気持ちがほわりと沸いて、胸の底の方を切なく締めつける。互いを一番大切だと思う優しい気持ち。案じて見つめてくれてる眼差しへ、幸せで堪らないという笑顔を返せば、
「…そうか。」
 凄いでしょ? ちゃんと通じてるの。目許を和ませて、進さんも笑ってくれるの。そこから再び歩き出して。帯の上、背中へと添えられた手の温みが、少しほど増したような気がして…あのね? ご近所の人に見られたら、進さんは恥ずかしくないかなって。ちょろっと伺うような視線を上げれば、
「………。」
 進さんは何も言わないまま。でも、和んだまんまのお顔だったから。きっとこのままでいいんだろなって、ボクも訊くのは辞めにした。時々思わないではないことが、あるにはあるけれど。独りで空回りするのは、進さんへも失礼だから。二人で考えることだと、いつだったか言われたから。

  『…こうしてくっついていると気持ちがいいから、
   きっとこれは自然なことなんだろう。』

 互いの心音を聞き、寄り添う幸せ。永遠とか、絶対とか、そんな約束なんて要らない。時々、見つめ合うだけでいい。そのまま蕩けて1つになれるのではないかと思うほどにも間近にあって、でも、二人、別々の存在で。触れ合った唇の、肌と肌との、その温もりが、その熱が。同じなことが、ただそれだけで切なくなるほど愛しくて。長い腕で、広くて深い胸元で、小さなセナをすっぽりと、余裕でくるみ込んでくれる進さんなのに。あのね? セナのことを、懐ろが深くて、際限なく優しいって、いつも言うの。
『傷つけまいと非を全部飲んでしまうのは、甘やかしになるから良くないぞ?』
なんて、難しいことを言っては優しく叱ってくれる人で。でもね、
『自分が良いならそれで良いとばかりは言ってられない、年や立場にも すぐになろうが。だったら尚更、小早川だけが考え込むことではなかろうよ。』
 俺が気がつかないでいるようならば、蛭魔に加勢を頼んででも良い、そこへ座れと呼んでくれ。本人様は至って真面目に、そんな言いようをなさってから。

  『お前が、知らないところで傷ついていた、なんてのは。もう勘弁だ。』

 セナが倒れるほどにも悩みあぐね、その結果、泣きながらさよならを言おうとしたのは、そんなにも遠い冬の話ではないから。進を困らせまいとして、それでそうまで自身を追い詰めていた、そんなセナに気づけなかった…うっかりしていることの多かった自分が悪いのだと。抱き締めた腕の中へ、何度も何度も“好きだ”と囁いてくれた、やっぱり…実直な人だから。傷つけたくないなんて言いながら、ホントは…少しは。自分が傷つかないでいたくて逃げ道を探してた、そんな自分だったのかもってことにも、最近になって気がつけたし。

  ――― あ、そういえば。明後日は進さん、お誕生日ですよね?
       そうだったかな。

 そうですようと念を押し、去年は遠慮して下さって、何にも出来ませんでしたけど、今年は…そうですね。Q街まで映画を観に行きましょうか、土曜日ですけど高校なんかはそれこそ試験中でしょうし、まだそんなに込み合っては、あ…もしかして練習とかありますか? 愛らしい声で並べてくれる、小さくて、なのに胸がいっぱいになるほどにも愛しい人へ。怖いものなしの鬼神様、魔法にかかっているかのごとく、視線を外せず。これは困った、何がこの笑顔以上の宝と優先されて断れようかと。一時に2つのことがこなせる身ではないながら、自分のスケジュールを一生懸命思い出しておいでだったそうである。


  ――― んもうっ、清ちゃんたら遅いっ!
       あ、たまきさん、こんばんわです♪
       セナくん、いらっしゃ〜いvv 今日はお泊まり覚悟でいてね?
       ははは、はい?
       姉さん………。
       なによ。焦らした清ちゃんが悪いんだからね。


 さ、行きましょvvと。強引にセナの手を取ったお姉様が今夜の“織女”なのか、それとも、浴衣姿の“牽牛さん”が慌てて取り返そうとしたセナこそが“織姫”なのか。空も地上も びみょーな空模様になりそうな、そんな七夕ナイトなようでございますvv



    HAPPY BIRTHDAY!  SEIJYUUROU SHINvv




  〜Fine〜  05.7.08.


  *結局、関東地方の七夕は少しでも晴れ間があったのでしょうか。
   別コーナーのちびセナくんの作ったマスコットが、
   進さんの手に無事に渡ったのかどうかが実は気になってる筆者でございます。
(おいおい)


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